宮廷魔術師のお仕事日誌

らる鳥

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16歳の章

ダンジョンと冒険者と始まる争い3

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 オウルベアの死体がドロップだけを残して迷宮に吸収されると、マルトス達が歓声を上げた。
 はじめて中位クラスの敵を屠ったのだ。その喜びは大きいだろう。
 残るドロップは胆嚢だ。マルトス達四人はこのドロップに少しがっかりした様だが、実のところは大当たりである。
 薬にして摂取すれば消化器系の不調に非常によく効く。一般人には縁遠い薬だが、大商人や貴族等に需要があるのだ。
 熊系の魔獣のドロップとしては一番価値があるんじゃないだろうか。オウルベアは中位の魔獣なので、その価値は下位の魔獣から獲れた物より当然上だ。
 まあ後のギルド支部での買取で驚けば良いと思う。その方が楽しみがあって良い。
 けれど問題はその後だった。
 マルトスが痛めた個所を神聖魔法で治癒した後、では一戦したし帰りましょうかと僕が帰還を提案したのだが、メリエとパトリーシャがそれに反対したのだ。
 メリエは単純に先の失敗を未だ取り返せていないと思っているのだろう。さっきの戦いで調子は戻したし次こそは最初から、と言った所か。
 パトリーシャは、戦闘の興奮が残ってて引きずられてる感じだ。自分の消耗が軽くて興奮状態だから、前衛達の消耗が見えて居ない。
 魔術師はその辺も見て取れる必要はあるのだけど、経験不足が現れてる。
 一方反対しなかった二人だが、マルトスは何故僕が帰還を提案したか理解している風に見えた。
 責任感もあり、良く考え、そして慎重である。彼がリーダーなのだから、このチームは中位になっても安定してやっていけると思う。
 でもとりあえず今は口を出さずに見守る様子だ。
 さて最後に残ったセラティスだが、……特に何も考えて無い風に見えた。僕が言ったからじゃあそうしようか位の軽さを感じる。
 此れは此れで問題と言うか、自分たちの事なんだから少し考えて欲しいのだけど、まあ今は良い。

 このまま進むという選択肢も、まあ有りと言えば有りなのだ。何故なら今は僕が居るから。
 今、前衛の二人はそれなりに消耗している。物資や怪我とかの話でなく、精神的にだ。
 自分より遥かに膂力のある相手と近接戦闘をしていたのだから、極度の集中力を必要とし、緊張も相まって精神的に疲労している。
 精神的な疲労があればどうしてもミスは増えてしまうだろう。自分より格上の相手にミスをすれば一気に前衛が突き崩される可能性があった。
 だがまあ勿論僕やドグラが居ればそれでもフォローは可能である。マルトスの神聖魔法もあるのだから、怪我が即死に繋がる可能性も低いのだ。
 次の戦闘でも何とか致命的なミス無く勝利する事だってあり得なくはないし、進む事が完全に間違いとまでは言えない。
 しかし次の一戦を行えば、もし帰り道で更に敵に出会えば、其処からは完全に僕頼りになるだろう。
 ちょっと焦りを感じてるメリエは兎も角、パトリーシャは僕が居るからこそ進もうと言ってるのだろうし。
 もしかしたら、僕はチャリクルやキールの指導に比べてパトリーシャを甘やかしてしまってるのだろうか……。
 まあでも唯一つ思う事は、
「折角初戦闘は自分達だけで勝利を納めたのに、後は僕に手助けして貰う……が、貴方達のダンジョンへの初挑戦の結果で良いんです?」
 勿体ないと。
 折角自分たちで乗り越えたのだ。チャリクルやキール、彼等を指導した冒険者に胸を張って報告出来るし、今日の打ち上げだって楽しい筈なのに。
 其れを僕に助けて貰って未熟な冒険者が一つ経験を積みましたって結果にしてしまうのは、とても勿体ない。
 今回は訓練と割り切るならそれも別に悪くはないだろう。今回の結果がどうあれ、彼等はきっと良い冒険者になれる。
 長い目で見ればどちらを選んでも大差はないのだ。今日この日の満足度の話だけの事。

 僕以外の四人が話し合う。結論は帰還に決まった。
 マルクスが熱心に帰還を主張し、メリエが落ち着いて意見を変えた事でチーム内の意見が帰還の流れになったのだ。
 パトリーシャはその結果に不満だったようだが、マルクスならフォローもきちんとするだろう。
 意見の食い違いをすり合わせるのも必要な経験である。僕もアイツとはしょっちゅう揉めた。
 それにこのダンジョンに挑むのも今日だけの事じゃない。
 毎日挑むのは修羅に至る心の病気だが、日を開けて見えない疲労が抜ければまた挑戦すれば良いのだ。
 僕が次の目的地に向かうまで、まだ時間は充分にある。何度かは挑む機会があるのだから。


 それから暫く休んで、訓練して、ダンジョンへ挑んでのローテーションをマルトス達は繰り返す。
 少しずつ、だが目に見えて成長する彼等を眺めているのはとても楽しい。
 オウルベアには安定して勝てる様になった。
 バカでかい蜘蛛であるヒュージスパイダーが出た時はちょっとパニックになってたけど、其処は慣れて貰わねばどうしようもない。
 二戦するまで進み、帰り道で三戦目があっても問題ない程度の実力も付いて来ている。
 彼等の成長を見届けたい気はするけれど、僕が次の目的地に向かうのはもうそろそろだろう。
 如何に此処が僕を身を寄せるのに向いているとは言え、長く留まれば警戒しなければいけない人間がどうしても増えてしまう。
 食事には今も気を使っているが、もっと安全な場所の準備が出来次第其方へと移る予定なのだ。
 そしてその安全な受け入れ場所と言うのが、今回の件である意味発端となったエルフの里である。
 宮廷魔術師長は僕を王都から出る事になってすぐ、エルフに連絡を取って僕の受け入れを打診したらしい。
 エルフ側もOKしてくれたのだが、しかしそれでも隠された場所である里に僕を受け入れるには色々と準備が必要との事だった。
 故に僕は一先ずこのゴートレック男爵領に身を寄せたのである。
 しかし幾ら僕を受け入れてくれるとは言え、エルフの里に他の者を連れてはいけない。
 エルフからの迎えが来た時点で、僕はマルトス達とは此処で別れる事になる。
 その予定の筈だった。

 けれどカーロを通しての定期連絡で聞かされたのは、僕に急いで王都に帰還して欲しいとの要請だ。
 事情を聞かされたその時に、もしカーロの身体を通してなければ、僕は随分間抜け面をさらす事になったかも知れない。
 何故ならその帰還要請の理由と言うのが、僕の宮廷魔術師としての先輩、エレクシアさんだったからである。
 エレクシアさんは僕が王都を脱出した理由を知ると、王家派に協力して旧貴族派への締め付けに参加し始めた。
 否、締め付け何て言い方は生温い。露骨に敵対を開始し、それに王宮騎士団第五隊や七隊も協力しているらしい。
 宮廷魔術師の四席、五席、六席は此れまで中立の立場を堅持していた。
 其れは己の研究にしか興味が無かったり、国内での勢力争いを馬鹿馬鹿しいと思って居たり色々だ。
 しかし彼等が中立であり、最悪の時にどう動くかの予想が出来なかったから、宮廷魔術師内での王家派と旧貴族派の争いは本格化しなかったという側面がある。
 それは勿論エレクシアさんも判って居た筈なのだけど、彼女が動いた事で僕を含めれば宮廷魔術師内の過半数を王家が占める事となった。
 そしてその動きに第六席、カムセル先輩が追従したのだ。あの人は僕やエレクシアさんを嫌っているが、勝ち馬に乗るのは大好きだから。
 宮廷魔術師達の派手な動きに城内にも経緯が噂として広がり、内政官を中心に旧貴族派への非難が強まっている。
 こうなるともう争いは止められない。王家派は旧貴族派の力を削ごうとするだろう。
 そうせねばまた何時寝首を掻こうとしてくるか判らないから。
 第一席や第二席、そして僕は暗殺者への対処を可能とするが、エレクシアさんや内政官は戦う力には乏しい。其方に手を出される前に、首根っこを押さえねばならないのだ。
 旧貴族派の抵抗は激しい筈だ。大きな騒ぎが起きる。
 その発端が僕の起こした貴族との諍い、それに続いた暗殺騒ぎと言うのがもう何とも言えずやるせない。
 でも親しい人達が僕の為に怒ってくれた事はやはりとても嬉しかった。

 直ぐに城の転移室の使用を要請する。
 転移の魔法はとても危険だ。座標をしっかり認識しなければならないし、万一転移先に何か別の物体が存在したら、術者は其れと混じり合って死亡するだろう。
 だから座標の把握と転移空間の確保が必要となるのだ。そして城への転移の場合は、その手段が専用部屋の設置であった。
 僕の場合はドグラを先ず先に転移させる事で向こうの安全を確保し、それから僕が転移すると言う手順を取れる。
 詠唱も長いし消耗も激しいが、今は少しでも早い帰還が必要な時だ。
 許可が下りるまでの間に、僕へと協力してくれそうな心当たりに手紙を書かねばならない。
 此処から出した手紙なら旧貴族派の目も届きにくい筈だ。あちらが探知し難い手は打てるだけ打って置いた方が後々の有利に繋がるだろう。
 西方辺境伯や海洋伯、貴族以外にも当ては色々と存在している。
 些か想定外の事態ではあるけれど、動揺せずに戦いを始めよう。



 本日のお仕事自己評価70点。ぼくはともかくまるとすたちはがんばりました。
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