少年と白蛇

らる鳥

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 しかし判って居た事ではあるけれど、やはりその後が大変だった。
 血抜きの処理は速度が勝負だ。倒れた雄鹿を木に吊るし、其の下に穴を掘ってから血抜きを始める。
 この処理が遅ければ死んだ血が肉の中に残って、食べた際の臭みとなってしまう。
 血の匂いが辺りに漂い始めた。
 此処からは別の意味での速度勝負も始まる。血の匂いを嗅ぎ付けた獣がやって来る前に処理を終えて去らねばならない。
 普通の獣は血の匂いを嗅いでも人の前に姿を見せやしないが、逆に言えば姿を見せる獣は人を襲える獣だ。
 例えば仮に熊が出たところでヨルムが居れば問題は無いが、それこそこれ以上は成果持っても帰れないのに無駄な殺しをする、或いはさせる羽目になる。
 もしくはそれこそ万に一つの可能性だけど、手強い魔物や魔獣がやって来たら、その時は折角狩った獲物を置いて撤退する事すらあるだろう。
 故に仕事は肉を傷付けない様に丁寧にしつつも、手早く急ぐ。
 血が抜ければ木から下ろして内臓も抜いた。頭部と手足を切り離し、胴体部分の皮を剥いでから肉を切り出して行く。
 切った肉を部位ごとに布で包み、厚手の背負い袋に放り込む。ギリギリではあるが背負い袋に何とか収まる。
 そして皮に付いた脂肪をこそぎ落としてから丸め、紐で縛って束にした。
 最後に鹿の頭部から角を貰い、残りを全て穴に入れて土を戻す。
 全てを手早く終わらせて、一度周辺を確認する。
 此方を窺う気配はない。速度勝負には無事に勝利を納めれた様子。
 森の女神と糧となる魂に祈りを捧げ、一纏めにした荷物を背負い込む。
 ……ああ、やっぱりめちゃくちゃ重たい。一瞬心がめげそうになるけど、ここでくじけても意味は無いのだ。
 気合を入れて森からの撤退を開始した。もう森の空気と気配を一つにとか言ってられないし、そんな余裕は無いから。
 騒がしくして申し訳ない気持ちで一杯だけど、直ぐに出て行くのでどうか目を瞑って許して欲しい。

 宿に辿り着いた僕と、持ち帰った肉を見て、宿のおじさんは手を打って僕を褒め称えてくれた。
 けれど僕にそれに応じる気力はもはや残って居らず、沸かした湯を貰って一度部屋で休憩を取る事にする。
 勿論そのまま寝入ったりはしない。何故なら夕食を逃すから。
 取って来たばかりの鹿肉の良い所、具体的には一番血が抜けて臭みの少ない後ろ足から腰の部分へと繋がるヒレ肉をステーキにしてくれる約束なのだ。
 でも寝入ったら寝入った奴が悪いと言う事で、おじさんはもしかしたら自分で食べて仕舞うかも知れない。
 絶対に寝入ったりは出来なかった。ヒレ肉は一頭からでも取れる量は限られている。
 食べれる時には是非食べておきたい代物だ。頑張った自分へのご褒美としても。
 だけど先ずは身を清めよう。僕が服を脱ぐと、ヨルムはさっさと湯で満ちた桶の中に身を浸す。
 とてもズルい。こんな時は大きさを小さく出来るヨルムがを羨ましく思う。
 布を湯に浸し、先ずは顔を拭った。熱さが心地よく、疲労が汚れごと拭い取れてしまった様な気分になる。
 しかし顔に熱を感じた分、裸となった他の部分がちょっと寒い。やはり湯に浸かれるヨルムはズルいと思った。
 もう一度湯に布を入れ、次に髪の汚れを拭う。
 そして耳、耳の後ろから顎の下にかけて、首、肩、腕、胸、腹、背と上から順番に下へと身体を清めて行く。
 その頃には湯も少しずつ汚れて行くので、綺麗好きなヨルムはとっくに湯から出て僕が終わるのを待っている。
 僕も湯が冷めてしまう前に清め終わると、最後に乾いた布で身体の水気を取って終了だ。
 ヨルムの水気も取ってやれば、するすると僕の身体に巻き付いてきた。
 身体を綺麗にし終わった頃には、感じていた疲労も幾分はマシになっている。
 とは言え、鹿の角を届けるのは明日にしよう。鹿皮もどうするかは後回しで良い。
 そう、今最も大事なのは夕食だ。


 部屋を出て階段を下りれば、例の大食い冒険者さんが凄い勢いで僕が狩って来た鹿肉のステーキを食べていた。
 前に見た時より食べるペースが速い。
 ……凄いなあ。アレだとまた近いうちに狩りをって頼まれそうな気がする。獲物の運搬方法何か考えようかな。
 しかし先ずは僕の食事が優先だ。テーブルにつくと、僕用のステーキ、ヒレ肉のステーキの皿を宿のおじさんが持って来てくれる。
「ユー、改めて礼を言う。本当に助かった。……でな、またピンチの時は助けてくれると有り難い」
 そう言いながらおじさんは、ちらりと例の大食い冒険者さんに視線を向けた。
 キチンと依頼料は貰えてるのだから僕としては、ちょっと大変だけど何も問題は無い。指で輪っかを作って了承の意を伝える。
 おじさんには申し訳ないが、今の僕の注意はステーキに向いているのだ。
 胃もぐうぐうと音を立てて早く食べろと訴えていた。
 そんな僕の様子に苦笑したおじさんは、ごゆっくりと告げて厨房へと戻って行く。

 鹿のヒレステーキは、皿に山盛りになっている。山盛りの肉って何でこんなに気分が高揚するのだろう。
 僕はまだ熱々の肉を大きく切ると、先ずは袖口のヨルムにフォークで差し出した。
 ヨルムも大きく口を開けて肉塊を飲み込むと、機嫌良さそうに頭を左右に振る。
 同じ位の大きさに切った肉を、僕も口へと放り込む。
 途端に肉汁の混ぜて作ったソースの味が口に広がり、噛み締める事で溢れだした肉汁がそれに加わって更に旨味が爆発した。
 肉は寝かせた方が旨いと言う人は居るし、僕も其れを否定はしない。
 だが自らが狩った獲物を疲れの残る身体で口にすると、この上なく生を実感出来、命を身に取り込んで居ると感じられる。
 ステーキの旨さにその実感が加わって、僕はこの上ない幸福をこの食事に感じているのだ。
 もう一切れをヨルムに食べさせ、更にもう一切れを僕が食べる。僕は結構食事は噛む方なのだけど、この肉は口に入れると飲み込みたい欲求に抗うのが難しい。
 食事のペースは自然と早くなる。しかし皿に盛られた量はかなり多いので、早く食べた方が冷めなくて好都合かも知れない。
 旨みは強いのに脂があっさりしてるので幾らでも食べれてしまう。

 けれど不意に袖口のヨルムが奥へと引っ込む。
 おや、と思い視線を上げると、僕の目の前に例の大食い冒険者さんが立って居た。
 真っ赤な髪をポニーテールにした、褐色の肌で凛々しい雰囲気の美人さんだ。
 何か僕に用なのだろうか?
 僕は不思議に思いつつも、肉を切る手を休めずに口に運ぶ。だって食べないと冷めるんだもの。
「すまない、食事の邪魔をする心算は無いんだ。食べながら聞いて欲しい」
 大食いのお姉さんはそう言ってくれたし、僕も勿論その心算だ。頷く事を返事にし、とても美味しいのでモグモグする。
 そう言えば宿のおじさんはこのお姉さんの事を食の神の神官戦士だと言っていた。
 確かに食の神に仕える神官なら、他人の食事の邪魔をするのは本意ではないのだろう。
「君が今日振る舞われている鹿を狩って来てくれたと聞いた。私はその、少し食べる方なので申し訳なくて、抑え気味にしていたんだが、今日は満足するだけ食べられた」
 少し恥ずかし気に言う大食いのお姉さん。
 そうなんだ。あれで抑え気味だったんだ……。
 絶対に少しじゃない。無茶苦茶食べる方だと思ったが、取り敢えず突っ込みはやめておく。女性相手だし。
 そして僕はごくりと口の中の肉塊を飲み込む。はぁ、幸せだ。
「そこで君に感謝を伝えたいと思ったのだが、……君は実に美味しそうに食べるな」
 頷き、肉を切ってフォークを刺すと、お姉さんの視線はその肉に吸い寄せられていた。
 持ち上げた肉を左右に動かすと、彼女の視線も左右に動く。
 何だかちょっと面白い。少し悩んで、ついとヨルムにする様にお姉さんの口元に肉を差し出してみると、そのままパクリと食い付かれる。
 モグモグと咀嚼して、とろけるような笑顔を浮かべながら、ごくりと飲み込むお姉さん。
 けれど肉を飲み込んだ途端に、正気に戻った彼女の顔は真っ赤になった。
「あ、あ、す、すまない。つい、食べてしまって。いや決してたかろうと思って声をかけたんじゃないんだ」
 必死に弁明するお姉さんだが、悪戯したのは僕の方なので別に気にもしないのだけど、まあ良いや。
 悪戯は楽しかったけれど、このステーキは僕とヨルムの物である。
 このままだとヨルムが食べれなくて可哀想なので、そろそろお姉さんには席に戻って貰うとしよう。

「あー、多分ヒレ肉ならおじさんが隠してますよ。多分背肉も。量の少ないトコはメニューに書いて無いけど、注文すれば出て来るんじゃないかな」
 僕は厨房をフォークの先で指し示しながら、彼女の興味の向かう先を逸らしてやる。
 今の一口で、お姉さんの中ではヒレステーキへの欲求に火が付いている筈。
 食にお金を惜しむタイプではまさかなかろうから、こう言えばきっと直ぐに注文しに行くだろう。
「う、うむ。わかった。教えてくれてありがとう。食べて来るからまた後で話そう。私はカリッサ・クラムだ」
 大食いのお姉さん、もといカリッサさんか、クラムさんか、まだどう呼べば良いかわからないけど、取り敢えず彼女は名前を告げるだけ告げると厨房に飛んで行く。
 僕は安心して、出て来たヨルムの為に再び肉を切り分け始める。
 後で話そうと言われたが、どうせあのお姉さんの食事は長いだろう。それを待つ気はあまり無い。
 だってもう割と眠いのだ。今日はたっぷり動いて疲れてて、お腹もだいぶ膨れて来ている。身も既に清めているし。
 後はもう適当に寝るだけだ。
 そう言えば僕はお姉さんの名前を聞いたけど、自分は名乗って居ない事に今更気付く。
 まあ縁があれば名乗る機会もあるだろう。
 カウンターで肉が焼き上がるのを待つお姉さんを見て、頷く。多分縁はありそうだ。
 最後の一切れをヨルムが飲み込むと、僕は欠伸をしてから席を立つ。
 するりとヨルムが奥へと引っ込んだので、僕は服の上からひと撫でする。
 さあ寝よう。今日は良い夢が見れそうだ。



 ユーディッド
 age13
 color hair 茶色 eye 緑色
 job 狩人/戦士 rank2(下級冒険者)
 skill 片手剣1 盾1 弓3 野外活動2 隠密1(new) 気配察知2(↑) 罠1 鍵知識1 調薬1
 unknown 召喚術(ヨルム)
 所持武装 鉄の小剣(並) 軽盾(低) 弓(並) 厚手の服(並) 厚手のマント(並)


 ヨルム
 age? rank4(中位相当)
 skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
 unknown 契約(ユーディッド)


 カリッサ・クラム(guest)
 age18 
 color hair 赤色 eye 赤色 (skin 褐色)
 job 神官(食神)/戦士 rank5(中級冒険者)
 skill 両手剣4 片手剣2 槌鉾3 格闘術3 神聖魔法5 野外活動1 気配察知1 調理3 乗馬3 その他
 unknown 食神の祝福(身体能力上昇、食料消費3倍)
 所持武装 鋼のグレートソード(高) 鉄の槌鉾(並) 鋼のコートオブプレート(高)


 ユーディッドの気配察知が上昇しました。また野外活動で補っていた隠密が上昇し、skillとして独立しました。
 カリッサ・クラムの食神の祝福は珍しい体質です。人並み外れた身体能力、特に怪力を発揮し、また生命維持の為に大量の食糧を必要とします。

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