少年と白蛇

らる鳥

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 町の傍の川を、川沿いに遡ること数時間でその山は見えて来る。
 山の名前は北ライサ山と言うらしい。川の名前はライサ川で、町の名前もライサ。
 正式に言えばミステン公国第三都市ライサと呼ぶそうだ。
 まあでも住人は普段、北山、川、町としか言わない。同じ名前が頭にくっつく方がややこしいし。
 僕は北山に用事がある時、日の出前から町を出る。
 そうしなければ日帰りが出来ない程度の、ギリギリの距離に北山はあるのだ。
 ちなみに北以外に西にも山はあるけれど、此方は更に遠くて日帰りが難しいので行った事は無い。
 山は普段良く行く森に比べて、危険度がかなり高めに評価されている。
 ギルドには近隣の危険度指標ってのが一応あって、確か北山はrank4以上からのチームを組んでの立ち入り推奨地域だ。
 過去に確認された魔物によってその地域の危険度評価が決まるとか。
 北ライサ山は妖魔種の住処になっており、この周辺地域の中ではTOPクラスに危ない。中でも厄介なのがオーガとハーピーである。
 オーガは人食鬼とも呼ばれる大型の中位妖魔で、巨体に見合った怪力とタフネスを持つ化け物だ。
 木製の建造物位なら軽々と破壊して人を喰らうので、村の近辺等で目撃されたなら例え単体でも村ごとの避難を検討する必要すらあると聞く。
 もう一種のハーピーは鳥と人の合いの子みたいな有翼の妖魔で、群れで空から襲って来るので此方も対処は難しいらしい。
 見た目はそれなりに整った女性の容姿をしているそうだが、残念ながら僕は未だ近くで見た事はない。
 北山では山頂付近に大規模な巣を造っており、麓からでも山頂付近に何かが飛んでいるのは見える。
 まあこの距離だと知らなければ大きな鳥にしか見えないのだけど。
 僕のrankは未だ2なので、本来北山へ行く事はギルドの受付さんに真顔で叱られる行為だ。
 冒険者の生死は自己責任とは言え、流石にあからさまな自殺行為に対しては忠告してくれる。
 けれど僕は厳密にいうと山に立ち入る訳じゃ無く、麓で少しばかり採取を行うだけなので、苦い顔をされる程度で其処まで五月蠅く言われはしない。
 勿論それでも普段行く場所より大幅に危険なのは間違いが無いから、油断は決して出来ないけれど。

 川沿いを歩いて北山を目指す。辺りはまだ薄暗く、そして川付近の空気は冷たい。
 今回北山へ行く目的は薬用の鉱石、賦活石の採取だ。
 賦活石は砕いて傷薬や病気の治療薬等に混ぜると薬効が上がる不思議な石で、錬金術でポーション等を作る際にも使用するらしい。
 大昔の生物の骸が地中に埋まり、地の魔力を吸い上げて結晶化した物だとかなんとか。
 僕はあまり詳しく無いが、当然それなりに貴重な代物だ。
 エルロー薬店に持ち込めば良い値段で買い取ってくれるので、金欠気味な今の僕には多少のリスクを冒してでも採取に出向く価値は充分にある。
 服の上からヨルムを撫でるが、寒気を嫌うヨルムは顔を出さずに、服の中で僕のお腹に顔をこすりつけて来た。
 まあ日が出て来たらそのうち出て来てくれるだろうから、今はとにかく黙々と歩く。
 ふと見れば川の水面で魚が跳ねた。この時間帯は魚も大人しい筈なのに、珍しい事もあるものだ。
 魚といえば、カリッサさんは今朝から暫く旅に出るとらしい。
 何でも先日僕に故郷の話をして、久しぶりに魚が食べたくなったのだと言っていた。
「ユー君も一緒に行こうか。美味しい海魚を御馳走するよ」
 等と言っていたけれど、僕は働かなければならないので残念ながら無理である。
 装備を更新したので懐がとても寂しいのだ。今は少しでも多くの依頼をこなさないと生活が危うくなってしまうのだ。
 こんな状況では旅に出ても楽しめよう筈が無い。
 そもそも食べたい物があるから旅をするとか、僕には発想も出来ない事だからとても驚いた。
 でも食べる事の好きな、食神の神官であるカリッサさんらしいとも思う。
 川魚で良いのなら僕も獲ってこれるけど、海魚と川魚は食べるとなると大きく違うそうだ。
 川と海は、空と大地くらい、例えば鳥と猪くらいに違うんだろうか?
 僕は海は話に聞くだけで見た事が無い。海魚の味も当然未知だ。
 だから本当はとても興味はあったので、誘いを断らなければならないのはとても残念だった。
 ヨルムは海魚を食べた事はあるんだろうか?
 長く生きてる筈だからもしかしたらあるのかも知れない。
 次の機会があったなら、今度は必ず同行したいと思う。
 其の為にも今は稼いで、少しでも貯蓄を増やしておく必要がある。
 年上の友人の、あの食べっぷりを暫く見れないのは少し寂しいけれど、早目に戻って来ると言ってたので再会を楽しみにしていよう。

 日が完全に顔を出し、辺りの寒気も随分と和らいで来た頃に、視界の先に山が見えて来る。
 けれど僕はそこで足を止めた。気配を殺し、しゃがみ込む。
 ゆっくり、這う様に、物蔭へと移動する。隠れた先は近くにあった段差の影だ。
 ヨルムも服の胸元から顔を出してる。となればやはり気のせいじゃないだろう。
 そろりと、岩陰から向こうを覗く。視界の先、遠くに小さな影を見つける。
 この距離で小さな影って事は、実際にはもっと大きい。
 川に入って腕を振って魚を取るあの仕草は、熊だろう。
 でもただの熊じゃない。あの鮮やかな色合いの青い毛皮は川熊、或いは水熊と呼ばれる下位魔獣の特徴だ。
 ちなみに川熊のrankは3である。
 魔物の分類は幾つかあって、ゴブリンやハーピー等の人型である妖魔や、川熊等の獣型である魔獣。
 その他にも毒を持つ種が多い魔虫や、空の脅威である魔鳥等々、様々だ。
 そして魔獣の特徴はタフさと膂力の高さ。つまり単純な強さこそが魔獣の特徴であった。
 要するに今の僕にはちょっと難易度の高い相手である。
 此れが妖魔等だったなら、奇襲を仕掛ければチャンスもあるのだけれど、そんな事を言っても敵が変化する筈も無しだ。
 ヨルムに頼ればもちろん勝てるだろうけど、それには意味を見いだせない。
 肩を並べて……、ヨルムに肩は無いから、共に戦える位に僕が成長してからじゃないと、一方的に頼る事が癖になるのは良くないと思う。
 其れに仮に倒したところで、あんなの持って帰れやしないし。
 カリッサさんなら担げるかな。彼女なら熊肉も喜んで食べそうなのだけど、残念ながら既に旅に出ている。
 ゆっくり、そろりそろりとその場から後退し、迂回路を探す。
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