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その後は特にこれといって大きなトラブルはなく、僕は無事に山の麓へと辿り着く。
移動だけではあったけど、川熊の一件では思わぬ緊張を強いられたので多少の疲労を感じている。
本来ならば此処からが漸く依頼の本番なのだが、僕は一度休憩を取る事に決めた。
日の光を避ける為に林へ入って、木を背もたれに座り込み、持参した弁当を広げる。
午後にはまだ随分時間があるが、今食べて置かねば次にゆっくりと休憩を取れるのは採取が終わってからになると考えたからだ。
無論こんな場所での食事は大した物は食べられやしない。
朝にもっとゆっくりと準備の時間が取れるならマシな弁当を用意出来たが、生憎と今日の出発は早朝だった。
僕が背嚢から取り出したのは、ビスケットと毎度御馴染み干し肉だ。
ビスケットは乾かしたパンをもう一度焼いて作られた日持ちのする携帯食料で、味気は無いが持ち運びにはとても便利である。
小さく割って、ひとかけらを口に放り込む。
この時に欲張って大きく割ると、口の中の水気が全部吸われて大変な事になるので注意が必要だ。
決して美味しい物じゃないけど、噛み潰して行く感触は満足感をくれるし、腹持ちも良い。
けれどやはりヨルムは味気ないビスケットより干し肉が欲しいらしく、鼻先でしきりに肉の塊をつついてる。
僕は水筒の水を一口飲んで喉を潤してから、干し肉にナイフを当てて削ぎ落とす。
削られた肉片を、ヨルムは大きく口を開けて飲み込んだ。
……何時も通りの食事風景だったのだが、其処で僕は動きを止める。
何処か遠くで草を踏む音がした。風に揺れた音とは明らかに違う、小さいけれど異質で重い音。
気配を殺して木の影より伺えば、遠くより人影……と言うには些か丸みを帯び過ぎた姿、そう、オークが2体此方に向かって歩いて来ていた。
動くオークには2種類ある。
一つは魔術師がオークウッド、樫の木から魔術で生み出す従僕のオークサーバントで、もう一つが妖魔の一種である豚人のオークだ。
今此方に迫って来ているのは後者、豚人のオークであり、要するに出会ってしまえば和解の余地が無い相手であった。
何だか今日は随分と運が悪い。
見れば2匹のオークは随分と傷付いており、まるで何かから少しでも遠ざかろうとでもするかの様に急ぎ足で移動している。
恐らくこのオーク達は北山での生存競争に敗れた群れの生き残りか何かなのだろう。
無駄な戦いを強いられる事になる僕も運が悪いが、逃げた先で冒険者に出会う彼等はもっと運命に見放されている様子だ。
哀れな存在と言えなくも無いけれど、見逃す事を選びはしない。
逃げ延びれたオーク達は異種族の胎を借りて勢力を取り戻そうとするだろうから、人を狙って襲う可能性は充分にある。
そもそも隠れた所で僕がやり過ごせるかどうかは運次第だし、だったら最初から速やかな殲滅を狙うべきだろう。
僕はヨルムの身体を軽く二度叩く。オークとの戦いに参戦を要請する合図だ。
オークは以前倒したゴブリンよりも少し格上の相手である。
2匹を同時に相手取るとなれば、奇襲を仕掛けても多少は手間取るかも知れない。
負ける気は然程しないが、オーク等が逃げる事になった相手が万一近くに居た場合に、戦闘音を聞き付けて向かって来られたら厄介だ。
速やかに片付ける為にも、ここはヨルムの力を借りるべきだと判断した。あとあまりに頼らなさ過ぎても、ヨルムがちょっと拗ねるので。
近付いて来たオークの上から、木の枝に移動したヨルムが巨大化しながら落下する。
「ぶぅっひぃぃぃぃ?!」
オーク達からすれば文字通り降って湧いた巨大な質量に、押し潰された側だけでなくもう一匹のオークも驚愕の悲鳴を上げた。
まあ僕にオークの表情の見分けは付かないので、多分驚愕だろうと思うだけだが、隙だらけになっている事に間違いはない。
木の影から飛び出し、その太い首目掛けて鋼の剣を振う。
新品であるからか、はたまたあの鍛冶師の腕が良かったのか、購入に浮かれて磨きまくったのが功を奏したのか、剣は驚く程に軽く振り抜けた。
驚愕の表情のまま此方を向いたオークの、半ば断たれた首から鮮血が迸る。
今の一撃は確実に致命傷となったのだろう。反撃にと振り上げるオークの斧は驚く程に遅い。
振り下ろされた斧を盾で弾けば、その衝撃だけでオークは地へと倒れ伏した。
少しばかり拍子抜けをしたが、妖魔とはいえ無駄に苦しめる心算は無い。とどめの一撃を心臓に突きさし、見ればヨルムの方ももう一頭のオークを締め潰し終えている。
僕は兎も角、ヨルムの相手はオークでは役者が不足過ぎなのだ。
完勝と言えるだろう。
けれど、剣を鞘に納める為に拭う布を取り出そうとした僕にヨルムが警告の声を上げる。
顔を上げた僕の視界に映るのは、真っ直ぐに此方に向かって駆けて来る四足の獣の影。
とてつもない速さで突っ込んで来たソイツに、僕は剣を構える余裕も無く弾き飛ばされて地を転がった。
痛みに震える暇さえ与えられずに、僕は上から圧し掛かる圧迫感に対して盾を突き出す。
ガチリと牙が食い込むが、買い替えたばかりの新品の盾はその役割を果たして、僕の命を奪わんとした一撃を止めてくれた。
買い替える前の盾だったなら、もしかしたら砕け散っていたかも知れない攻撃の重み、感じた濃厚な死の気配に、僕の身体から嫌な汗が一斉に噴き出る。
窮地で普段より力を振り絞れているとはいえ、大型獣の力には敵わずジリジリと盾が押し込まれて行く。
奇襲をかけたら、別の相手に奇襲し返されたとか冗談にもならない。
身体は痛いし、状況判断が全くできないままに、命が危険に晒されている。
とても不快で、そして怖かった。
だけど、そう簡単には諦めてやらない。獣が僕を先に狙ったのは、より手強いヨルムを相手にする前に邪魔者を排除しておきたかったからだろう。
僕を侮った報いは絶対に受けさせてやる。盾とは逆の手に握りしめたままだった鋼の剣を、獣の腹に突き刺して思い切り抉り込む。
腹はおおよそ大体の生き物の弱点だ。皮と筋肉の向こうには、骨に守られない内臓があるが故に。
思わぬ反撃に腹に剣を突き刺したまま飛び退った獣に、反応する暇を与えずヨルムが絡み付く。
組み付かれたままの時に介入すれば、巨体で僕まで潰しかねないのでヨルムは手を出しあぐねていたのだろう。
ヨルムが滅茶苦茶に怒ってるのが伝わって来る。
起き上がった僕は、漸くハッキリとソイツの姿を視認出来た。
3mを超える大型の虎。それも只の虎じゃ無く、大きな牙と赤々と燃える瞳と深紅の毛皮を持つキラータイガー、虎型の中位魔獣である。
この種の魔獣がライサ周辺に居ると聞いた事はないから、他所から流れて来た魔物だろう。
先程のオークが逃げていたのは恐らくこのキラータイガーからだ。
並の肉食獣は腹が満ちれば狩りを行わないが、キラータイガーは目の前の餌を貪る事より殺戮を優先する残忍な魔獣である。
恐らくオークの群れを壊滅させた後に逃げた生き残りを狩ろうとして、僕を見つけたといった所か。
手は動く。足も問題ない。
あんな魔獣に圧し掛かられて、五体満足で命も無事だった幸運を喜ぶべきか、それともそもそもあんなのと出会ってしまった不運を呪うべきか。
剣を持っていかれた僕は弓を取り出して矢を番える。予備武器を持たなかったのは失敗だった。
飛び道具で絡み合うヨルムとキラータイガーの戦いに介入する事は難しい。誤射がとても怖いからだ。
だけど反省は後回しである。必ず攻撃のタイミングは来ると信じ、気持ちを落ち着かせて弦を引く。
戦いはヨルムが圧倒的有利に進めていた。
キラータイガーがヨルムに勝る部分があるとすれば、其れは四足を活かした移動速度だろうけれど、その優位は既に完全に封じ込められている。
絡み付いた状態はヨルムに有利な体勢であるし、膂力自体も上回っている様子だ。締め付けと上手い位置取りで相手の牙を届かせていない。
とはいえキラータイガーも強敵だ。先程のオークの様に絞め殺して終わりとは到底いかない様子。
ガパと開いたヨルムの口に光る牙から、糸引く液体が滲み出しているのが見える。あれは恐らく毒だろう。
噛み付かれて毒を流し込まれたキラータイガーが、より一層ヨルムを振りほどかんと暴れ出す。
身体を地へ、或いは木へと打ち付けて、一瞬ヨルムの締め付けた緩んだ隙に、キラータイガーはヨルムの拘束から逃げ出した。
けれどそれは僕が待ってた瞬間でもある。
拘束から逃れたキラータイガーが威嚇の咆哮を上げんと口を開いた瞬間に、放たれた矢が口に吸い込まれて体内を貫く。
人や妖魔なら致命傷となるであろう一撃だったが、タフな中位魔獣はそれでも死なない。
されど流石に喉の奥に矢が突き刺さった事は堪らない苦痛だったようで、顔を大きく振って矢を抜こうと足掻いてる。
僕やヨルムに隙を大きな晒して。
鋼の剣、ヨルムの牙の噛み付き、そして毒と、既に多くの傷を受けていたキラータイガーが、更なる攻撃に地に伏した姿を晒すのはもうそう遠い事では無いだろう。
中位以上の魔物は体内にその力の結晶、魔石を宿す事が多い。
このキラータイガーも例外では無く魔石を持ってた様で、僕はキラータイガーの毛皮と牙、そして魔石を解体して剥ぎ取る。
オークからは討伐の証明である両耳と鉄の斧だけを収得した。
普段の狩りなら不要部位は地に埋めて森へと返すが、此処は森でも無いし相手は魔物だ。そんな礼は無用である。
アンデッド化を怖れるならば燃やすのが一番だけれど、放置しても何らかの獣が餌とするだろう。
其れよりも問題は、戦いによる疲労と思わぬ荷物が増えたので僕が撤退を余儀なくされている事だ。
本来の目的は賦活石の採取なのだが、血に塗れたこの状態でこれ以上北山付近をうろつきたくはない。
全滅しているであろうオークの群れが居た巣も気になる所だが、此処で変に欲を出せば死ぬ繋がる恐れだってある。
幸いオークがやって来た方向はハッキリと覚えているし、辺りの木には目印を刻んだ。
此処は一度撤退しよう。
未だ少し怒りが冷めない様子のヨルムを、今は敢えて体内に戻す。
僕も疲労は感じているが、それ以上にキラータイガーと取っ組み合いをしたヨルムは消耗している筈なのだ。
怒った姿で隠そうとしてもわかる。僕とヨルムは繋がっているから。
血を拭き取り、水筒に残った水を被って匂いを少しでも消して、僕はその場を後にした。
オークの住処が他の魔物に荒らされる前に、恐らくは明日もう一度此処に来るだろう。
キラータイガーの素材は想定外の、そして想像以上の収入だが、だからといって落ち穂を拾わない理由も特に無い。
オークは魔物の中でも知恵が働く存在で、巣穴に何らかの財貨を溜め込んでいる可能性は充分にある。
まあさしあたっての問題はどうやってヨルムの存在を隠してキラータイガーの素材をギルドで買い取って貰うかだ。
此れは少しばかり悩ましい。
僕一人でキラータイガーを狩れよう筈が無いのは明白で、買い取りの際にどうやって入手したかは当然尋ねられるだろう。
他の魔物と争って死にかけていたキラータイガーを見つけて、トドメだけ刺した事にするのが無難だろうか?
妙な幸運はやっかみの原因となるけれど、ヨルムの存在がばれるよりは余程マシだ。
そう、どう考えても今回の事は結果だけ見れば幸運である。
魔石や牙だけでも望外の収入となるだろう。毛皮はマントに仕立てて貰うのも良いかも知れない。
だから機嫌を直して欲しいと思って、僕はヨルムが体内に入った事で浮かんだ刺青を撫でる。
だってヨルムが居たからこそ、命を失ったであろう不幸な魔獣との遭遇が幸運に化けたのだから。
ユーディッド
age13
color hair 茶色 eye 緑色
job 狩人/戦士 rank2(下級冒険者)
skill 片手剣3(↑) 盾2 格闘術1 弓4 野外活動2 隠密1 気配察知3 罠1 鍵知識1 調薬1
unknown 召喚術(ヨルム)
所持武装 鋼のブロードソード(高) 革の小盾(高) 弓(並) 厚手の服(並) 厚手のマント(並) 革の部分鎧(高)
ヨルム
age? rank5(中位相当)
skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
unknown 契約(ユーディッド)
川熊(enemy)
rank3
水辺に出現する熊系の下位魔獣。
下位魔獣の中では手強い部類に属し、その毛皮は水の魔力を宿す。
また胆嚢は胃腸の薬として用いられる。
オーク(enemy)
rank2
下位妖魔。動きは鈍いが力が強く、斧などの武器を使用する。
ゴブリンに並ぶ強い繁殖力を持つ。
キラータイガー(enemy)
rank5
殺戮を好む好戦的な虎系の中位魔獣。
発達した大きな牙と真っ赤な瞳、そして燃えるような深紅の毛皮が特徴。
強敵との戦闘によりユーディッドの片手剣が上昇しました。
移動だけではあったけど、川熊の一件では思わぬ緊張を強いられたので多少の疲労を感じている。
本来ならば此処からが漸く依頼の本番なのだが、僕は一度休憩を取る事に決めた。
日の光を避ける為に林へ入って、木を背もたれに座り込み、持参した弁当を広げる。
午後にはまだ随分時間があるが、今食べて置かねば次にゆっくりと休憩を取れるのは採取が終わってからになると考えたからだ。
無論こんな場所での食事は大した物は食べられやしない。
朝にもっとゆっくりと準備の時間が取れるならマシな弁当を用意出来たが、生憎と今日の出発は早朝だった。
僕が背嚢から取り出したのは、ビスケットと毎度御馴染み干し肉だ。
ビスケットは乾かしたパンをもう一度焼いて作られた日持ちのする携帯食料で、味気は無いが持ち運びにはとても便利である。
小さく割って、ひとかけらを口に放り込む。
この時に欲張って大きく割ると、口の中の水気が全部吸われて大変な事になるので注意が必要だ。
決して美味しい物じゃないけど、噛み潰して行く感触は満足感をくれるし、腹持ちも良い。
けれどやはりヨルムは味気ないビスケットより干し肉が欲しいらしく、鼻先でしきりに肉の塊をつついてる。
僕は水筒の水を一口飲んで喉を潤してから、干し肉にナイフを当てて削ぎ落とす。
削られた肉片を、ヨルムは大きく口を開けて飲み込んだ。
……何時も通りの食事風景だったのだが、其処で僕は動きを止める。
何処か遠くで草を踏む音がした。風に揺れた音とは明らかに違う、小さいけれど異質で重い音。
気配を殺して木の影より伺えば、遠くより人影……と言うには些か丸みを帯び過ぎた姿、そう、オークが2体此方に向かって歩いて来ていた。
動くオークには2種類ある。
一つは魔術師がオークウッド、樫の木から魔術で生み出す従僕のオークサーバントで、もう一つが妖魔の一種である豚人のオークだ。
今此方に迫って来ているのは後者、豚人のオークであり、要するに出会ってしまえば和解の余地が無い相手であった。
何だか今日は随分と運が悪い。
見れば2匹のオークは随分と傷付いており、まるで何かから少しでも遠ざかろうとでもするかの様に急ぎ足で移動している。
恐らくこのオーク達は北山での生存競争に敗れた群れの生き残りか何かなのだろう。
無駄な戦いを強いられる事になる僕も運が悪いが、逃げた先で冒険者に出会う彼等はもっと運命に見放されている様子だ。
哀れな存在と言えなくも無いけれど、見逃す事を選びはしない。
逃げ延びれたオーク達は異種族の胎を借りて勢力を取り戻そうとするだろうから、人を狙って襲う可能性は充分にある。
そもそも隠れた所で僕がやり過ごせるかどうかは運次第だし、だったら最初から速やかな殲滅を狙うべきだろう。
僕はヨルムの身体を軽く二度叩く。オークとの戦いに参戦を要請する合図だ。
オークは以前倒したゴブリンよりも少し格上の相手である。
2匹を同時に相手取るとなれば、奇襲を仕掛けても多少は手間取るかも知れない。
負ける気は然程しないが、オーク等が逃げる事になった相手が万一近くに居た場合に、戦闘音を聞き付けて向かって来られたら厄介だ。
速やかに片付ける為にも、ここはヨルムの力を借りるべきだと判断した。あとあまりに頼らなさ過ぎても、ヨルムがちょっと拗ねるので。
近付いて来たオークの上から、木の枝に移動したヨルムが巨大化しながら落下する。
「ぶぅっひぃぃぃぃ?!」
オーク達からすれば文字通り降って湧いた巨大な質量に、押し潰された側だけでなくもう一匹のオークも驚愕の悲鳴を上げた。
まあ僕にオークの表情の見分けは付かないので、多分驚愕だろうと思うだけだが、隙だらけになっている事に間違いはない。
木の影から飛び出し、その太い首目掛けて鋼の剣を振う。
新品であるからか、はたまたあの鍛冶師の腕が良かったのか、購入に浮かれて磨きまくったのが功を奏したのか、剣は驚く程に軽く振り抜けた。
驚愕の表情のまま此方を向いたオークの、半ば断たれた首から鮮血が迸る。
今の一撃は確実に致命傷となったのだろう。反撃にと振り上げるオークの斧は驚く程に遅い。
振り下ろされた斧を盾で弾けば、その衝撃だけでオークは地へと倒れ伏した。
少しばかり拍子抜けをしたが、妖魔とはいえ無駄に苦しめる心算は無い。とどめの一撃を心臓に突きさし、見ればヨルムの方ももう一頭のオークを締め潰し終えている。
僕は兎も角、ヨルムの相手はオークでは役者が不足過ぎなのだ。
完勝と言えるだろう。
けれど、剣を鞘に納める為に拭う布を取り出そうとした僕にヨルムが警告の声を上げる。
顔を上げた僕の視界に映るのは、真っ直ぐに此方に向かって駆けて来る四足の獣の影。
とてつもない速さで突っ込んで来たソイツに、僕は剣を構える余裕も無く弾き飛ばされて地を転がった。
痛みに震える暇さえ与えられずに、僕は上から圧し掛かる圧迫感に対して盾を突き出す。
ガチリと牙が食い込むが、買い替えたばかりの新品の盾はその役割を果たして、僕の命を奪わんとした一撃を止めてくれた。
買い替える前の盾だったなら、もしかしたら砕け散っていたかも知れない攻撃の重み、感じた濃厚な死の気配に、僕の身体から嫌な汗が一斉に噴き出る。
窮地で普段より力を振り絞れているとはいえ、大型獣の力には敵わずジリジリと盾が押し込まれて行く。
奇襲をかけたら、別の相手に奇襲し返されたとか冗談にもならない。
身体は痛いし、状況判断が全くできないままに、命が危険に晒されている。
とても不快で、そして怖かった。
だけど、そう簡単には諦めてやらない。獣が僕を先に狙ったのは、より手強いヨルムを相手にする前に邪魔者を排除しておきたかったからだろう。
僕を侮った報いは絶対に受けさせてやる。盾とは逆の手に握りしめたままだった鋼の剣を、獣の腹に突き刺して思い切り抉り込む。
腹はおおよそ大体の生き物の弱点だ。皮と筋肉の向こうには、骨に守られない内臓があるが故に。
思わぬ反撃に腹に剣を突き刺したまま飛び退った獣に、反応する暇を与えずヨルムが絡み付く。
組み付かれたままの時に介入すれば、巨体で僕まで潰しかねないのでヨルムは手を出しあぐねていたのだろう。
ヨルムが滅茶苦茶に怒ってるのが伝わって来る。
起き上がった僕は、漸くハッキリとソイツの姿を視認出来た。
3mを超える大型の虎。それも只の虎じゃ無く、大きな牙と赤々と燃える瞳と深紅の毛皮を持つキラータイガー、虎型の中位魔獣である。
この種の魔獣がライサ周辺に居ると聞いた事はないから、他所から流れて来た魔物だろう。
先程のオークが逃げていたのは恐らくこのキラータイガーからだ。
並の肉食獣は腹が満ちれば狩りを行わないが、キラータイガーは目の前の餌を貪る事より殺戮を優先する残忍な魔獣である。
恐らくオークの群れを壊滅させた後に逃げた生き残りを狩ろうとして、僕を見つけたといった所か。
手は動く。足も問題ない。
あんな魔獣に圧し掛かられて、五体満足で命も無事だった幸運を喜ぶべきか、それともそもそもあんなのと出会ってしまった不運を呪うべきか。
剣を持っていかれた僕は弓を取り出して矢を番える。予備武器を持たなかったのは失敗だった。
飛び道具で絡み合うヨルムとキラータイガーの戦いに介入する事は難しい。誤射がとても怖いからだ。
だけど反省は後回しである。必ず攻撃のタイミングは来ると信じ、気持ちを落ち着かせて弦を引く。
戦いはヨルムが圧倒的有利に進めていた。
キラータイガーがヨルムに勝る部分があるとすれば、其れは四足を活かした移動速度だろうけれど、その優位は既に完全に封じ込められている。
絡み付いた状態はヨルムに有利な体勢であるし、膂力自体も上回っている様子だ。締め付けと上手い位置取りで相手の牙を届かせていない。
とはいえキラータイガーも強敵だ。先程のオークの様に絞め殺して終わりとは到底いかない様子。
ガパと開いたヨルムの口に光る牙から、糸引く液体が滲み出しているのが見える。あれは恐らく毒だろう。
噛み付かれて毒を流し込まれたキラータイガーが、より一層ヨルムを振りほどかんと暴れ出す。
身体を地へ、或いは木へと打ち付けて、一瞬ヨルムの締め付けた緩んだ隙に、キラータイガーはヨルムの拘束から逃げ出した。
けれどそれは僕が待ってた瞬間でもある。
拘束から逃れたキラータイガーが威嚇の咆哮を上げんと口を開いた瞬間に、放たれた矢が口に吸い込まれて体内を貫く。
人や妖魔なら致命傷となるであろう一撃だったが、タフな中位魔獣はそれでも死なない。
されど流石に喉の奥に矢が突き刺さった事は堪らない苦痛だったようで、顔を大きく振って矢を抜こうと足掻いてる。
僕やヨルムに隙を大きな晒して。
鋼の剣、ヨルムの牙の噛み付き、そして毒と、既に多くの傷を受けていたキラータイガーが、更なる攻撃に地に伏した姿を晒すのはもうそう遠い事では無いだろう。
中位以上の魔物は体内にその力の結晶、魔石を宿す事が多い。
このキラータイガーも例外では無く魔石を持ってた様で、僕はキラータイガーの毛皮と牙、そして魔石を解体して剥ぎ取る。
オークからは討伐の証明である両耳と鉄の斧だけを収得した。
普段の狩りなら不要部位は地に埋めて森へと返すが、此処は森でも無いし相手は魔物だ。そんな礼は無用である。
アンデッド化を怖れるならば燃やすのが一番だけれど、放置しても何らかの獣が餌とするだろう。
其れよりも問題は、戦いによる疲労と思わぬ荷物が増えたので僕が撤退を余儀なくされている事だ。
本来の目的は賦活石の採取なのだが、血に塗れたこの状態でこれ以上北山付近をうろつきたくはない。
全滅しているであろうオークの群れが居た巣も気になる所だが、此処で変に欲を出せば死ぬ繋がる恐れだってある。
幸いオークがやって来た方向はハッキリと覚えているし、辺りの木には目印を刻んだ。
此処は一度撤退しよう。
未だ少し怒りが冷めない様子のヨルムを、今は敢えて体内に戻す。
僕も疲労は感じているが、それ以上にキラータイガーと取っ組み合いをしたヨルムは消耗している筈なのだ。
怒った姿で隠そうとしてもわかる。僕とヨルムは繋がっているから。
血を拭き取り、水筒に残った水を被って匂いを少しでも消して、僕はその場を後にした。
オークの住処が他の魔物に荒らされる前に、恐らくは明日もう一度此処に来るだろう。
キラータイガーの素材は想定外の、そして想像以上の収入だが、だからといって落ち穂を拾わない理由も特に無い。
オークは魔物の中でも知恵が働く存在で、巣穴に何らかの財貨を溜め込んでいる可能性は充分にある。
まあさしあたっての問題はどうやってヨルムの存在を隠してキラータイガーの素材をギルドで買い取って貰うかだ。
此れは少しばかり悩ましい。
僕一人でキラータイガーを狩れよう筈が無いのは明白で、買い取りの際にどうやって入手したかは当然尋ねられるだろう。
他の魔物と争って死にかけていたキラータイガーを見つけて、トドメだけ刺した事にするのが無難だろうか?
妙な幸運はやっかみの原因となるけれど、ヨルムの存在がばれるよりは余程マシだ。
そう、どう考えても今回の事は結果だけ見れば幸運である。
魔石や牙だけでも望外の収入となるだろう。毛皮はマントに仕立てて貰うのも良いかも知れない。
だから機嫌を直して欲しいと思って、僕はヨルムが体内に入った事で浮かんだ刺青を撫でる。
だってヨルムが居たからこそ、命を失ったであろう不幸な魔獣との遭遇が幸運に化けたのだから。
ユーディッド
age13
color hair 茶色 eye 緑色
job 狩人/戦士 rank2(下級冒険者)
skill 片手剣3(↑) 盾2 格闘術1 弓4 野外活動2 隠密1 気配察知3 罠1 鍵知識1 調薬1
unknown 召喚術(ヨルム)
所持武装 鋼のブロードソード(高) 革の小盾(高) 弓(並) 厚手の服(並) 厚手のマント(並) 革の部分鎧(高)
ヨルム
age? rank5(中位相当)
skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚
unknown 契約(ユーディッド)
川熊(enemy)
rank3
水辺に出現する熊系の下位魔獣。
下位魔獣の中では手強い部類に属し、その毛皮は水の魔力を宿す。
また胆嚢は胃腸の薬として用いられる。
オーク(enemy)
rank2
下位妖魔。動きは鈍いが力が強く、斧などの武器を使用する。
ゴブリンに並ぶ強い繁殖力を持つ。
キラータイガー(enemy)
rank5
殺戮を好む好戦的な虎系の中位魔獣。
発達した大きな牙と真っ赤な瞳、そして燃えるような深紅の毛皮が特徴。
強敵との戦闘によりユーディッドの片手剣が上昇しました。
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最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
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最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
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勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ガチャから始まる錬金ライフ
盾乃あに
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河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。
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酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
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酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
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そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
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