少年と白蛇

らる鳥

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「おいおいユー、すっげえよな。アレなんだよアレ。真っ赤だったぞ。本当にアレに勝ったのかよ」
 目の前で興奮気味に手足をバタバタさせて暴れているのは皮革職人のマーレンお爺さんの孫であるモーレン。
 僕の3つ年下の友人である。
 マーレンお爺さんがキラータイガーの毛皮をマントに加工する見積もりを出す間、僕はモーレンと喋って時間を潰す。
 多分あのバタバタは剣を振るポーズなんだと思うけど、……モーレンは少なくとも剣は向いて無さそうだ。
「勝ってないよ。他の魔物と戦って死にかけまで弱ってるとこに遭遇しただけ。それでも危うく殺されかけたし」
 自慢したい気持ちが皆無な訳じゃないけれど、僕程度がキラータイガーを倒せると勘違いさせるのは、ただでさえ冒険者に憧れるモーレンには良い事じゃないだろう。
 僕の言葉に、彼はバタバタを止めて珍しく神妙な表情をする。
「怪我とか、大丈夫なのかよ? ユーは俺が冒険者になって組むまでくたばるなよ。俺が冒険者になったらユーが弱くても守ってやれるんだからよ」
 どうやら僕の心配をしてくれたらしい。
 心配は有り難いがチームを組む約束をした覚えはないし、そもそもモーレンがマーレンお爺さんを含めた家族達の反対に打ち勝てるかは未知数だ。
 彼の語る憧れの冒険者像は、言い換えれば強さと自由を象徴した物だろう。
 確かに強ければ自由に世界を見て回れるし、脅威に首を垂れる必要は無い。
 でも実際にはそんな風に振る舞える冒険者は、才能と運に恵まれたごく一部のみである。
 モーレンがそうなれるかどうかは、勿論やってみなければ判らないが、とても可能性が低い事は確かなのだ。
 彼の人生に対して僕は責任を取れないので、行く末に口を出したりはしない。其れはモーレンの家族の役割だろう。
 けれど一人の友人としての希望を敢えて述べるなら彼には町で、この皮革を取り扱う店で、訪れる僕を出迎えて欲しい。
「怪我はもう大丈夫かな。上に押しかかられて喰われそうになったのが怖かったけどね。その後殺された冒険者も見つけちゃったし……」
 だから活躍よりも危なかった話を多めにして置く。
 口は出さないし干渉もしないが、此れ位は許されると思うのだ。

 加工費の大銀貨2枚とを先払いで支払った僕は町をうろつく事にした。
 そろそろ時間は昼になる。僕もそうだが、ヨルムもきっとお腹が空いてるだろう。
 思った以上の収入があった事から町用の外套も購入したので、もうヨルムに出て来て貰っても大丈夫。
 お腹からずるずると出て来たヨルムが、服の胸元から顔を出す。
 ヨルムの顔を指でくすぐりつつ、町を歩く。お昼、お昼、お昼は何にしようかな。
 そういえば最近噂で聞いたのだけど、とても贅沢なパン屋さんがあるらしい。
 そのパン屋のパンはふわっふわの白パンで、挽く前に小麦の中身、胚乳だけを取り出してから粉にした上物を使って焼き上げる贅沢品なんだそうだ。
 小麦のパンってだけでも贅沢だと思うのに、胚乳だけを使って作るパンなんて想像も出来ない。
 当然それなり以上に値の張る高級品だろう。けれど味に魅了された常連客が付いてると言うのだから、多分本当に美味しいのだろう。
 僕が普段食べてるのは当然黒麦で作った黒パンだ。両者の値段は比較にならない筈。
 でも纏まった収入を得たばかりの僕なら、何とそんな贅沢も可能なのだ。
 食事が大好きなカリッサさんが帰って来たらそのパンの事は教えてあげたいし、一度試しに食べてみよう。

 白パン2つと果実の絞り汁を買い、ハムと朝の羊肉スープを宿のおじさんに分けて貰って自室へと戻る。
 パンを買う時は少し恥ずかしかった。
 店頭で注文すれば、店員さんが店内から商品を持って来てくれるのだが、流石に噂になるだけあって少し客が列を作って並んでいたのだ。
 僕もその列に並んだのだけど、客層がお金持ちそうな奥様か、或いは買い付けを命じられた使用人風の人達ばかりで、正直僕だと少し浮く。
 別に見下される風では無かったのだけど、僕の前に並んでた若い奥様が妙に親切にしてくれて、店のパンの事やら何やらを丁寧に教えてくれた。
 勿論悪い出来事では全然なくて、親切はとても嬉しいのだけど、知らない人に急に親切にされるのは一寸恥ずかしい。
 だって浮いてる場所であんまり目立ちたくないし。
 でも白パンにもスープが良く合うとか、果実の絞り汁を売ってるお店の話等は凄く有り難かった。
 御蔭でとても豪勢な昼食である。
 黒パンは銅貨で買えるのに、白パンは大銅貨どころか銀貨が必要だったのには流石に内心吃驚したけれど、顔には出なかったと信じたい。

 果汁で口の中を湿らせてから、小さく千切った白パンを一口食べてみる。
 まず千切った時に驚いた。パンが千切る際に、少し伸びたのだ。あと手で千切るにも凄く柔らかくて裂き易い。
 何でだろう。小麦だからってだけじゃ無くて、何か作り方にも秘密があるのだろうか。
 口の中でも、パサつく感じが全然しない。
 味というよりも、食感が未体験の其れなのでそっちに先ず驚いてしまう。
 勿論味も美味しいのだが、表現がし難い優しい味だ。美味しいのに印象に残り難いなんてとても不思議である。
 僕が白パンを食べて驚いていたら、ヨルムも好奇心を刺激されたらしく、早く寄越せと頭を振ってる。
 千切った白パンを一切れヨルムの大きく開いた口に放り込む。
 丸呑みなので食感はあんまり関係なさそうなのに、尻尾がビタビタ僕の身体を叩くから、何だか喜んでいるのが伝わって来る。
 では次の一切れはスープに浸けて食べてみよう。
 折角の高いパンなのに何時もと同じ様にスープに浸すなんて勿体ないと思って居たが、あまり上品な食べ方じゃないけど美味しいわよと教えて貰ったのだ。
 当然例の奥さんにである。他には乳から作るバターなども良く合うそうなのだが、そちらは準備が出来なかった。
 スープを吸ったパンは、何だか一寸凄い。
 ふわふわと軽かったパンに足りなかった食べ応えが出ており、噛めばスープが口の中に飛び出して広がる。
 塩気の濃いスープの味が、パンに妙に合っていた。ヨルムにもスープに浸したパンをあげてみよう。
 食べ終わったら午後は宿の掃除でも手伝って……、それから武器の手入れかな。
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