少年と白蛇

らる鳥

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 闇を裂いて迫り来る爪牙を、クレンは槍の柄を使って受け止めた。
 ギチギチと相手と競り合うが、膂力と、そして重さは金属の鎧を身に着けたクレンに分がある。
 クレンの力を込めた蹴り飛ばしが炸裂し、ギャンと甲高い悲鳴が闇夜に響く。
 そして離れた大きく弾かれた相手を、僕の放った矢が貫き仕留めた。
「ぐぁぁぁ、また持って行かれたッ。いや未だだ。未だ勝負は付いて無い!」
 僕はクレンと連携してる心算だったのだが、どうやらクレンは僕と討伐数を競おうとしてる様子だ。
 いやいや、連携しようよ。その方が効率良いんだし。
 矢を、放つ。再び甲高い悲鳴が上がり、じゃあまあ僕は討伐数を一つ伸ばす。
 そもそも前衛のクレンと、前衛に守られて悠々と矢を放てる僕では役割が違うのだから、競ってもあまりしょうがないのだけれども。
 それに本来クレンが競うべき相手は、サクサクと相手を切り伏せるトーゾーさんや、素早い相手に大剣は不利と悟って素手で殴り殺し始めたカリッサさんなのだ。
 ……まあ、うん。クレンがあっちじゃなくて僕と競いたくなる気持ちは少しわかる。
 マイレ王国を目指す旅の14日目、野営をしてた僕等を襲撃して来たのは、ダイアーウルフの群れだった。
 ダイア―ウルフとは例えるならば、火を吐かないヘルハウンドだ。
 動きが素早く、爪牙が鋭い。他には群れを作る事も特徴だろう。
 ランク3の狼型下級魔獣だが、群れの数次第では時に中級の魔物よりも遥かに恐ろしい相手となる事もある。
 ……のだが、流石にこのチームの敵では無い。
 トーゾーさんとカリッサさんが斬り込んで引き付け、クレンが僕を守って、僕は弓で兎に角相手の数を減らす。
 馬達や馬車、商隊のメンバーを守るのはルリスさんとクーリさん、そして彼女達のフォローをパラクスさんがしていた。
 ダイア―ウルフ如きには崩しようが無い布陣。
 それでもダイア―ウルフの数は、多少辟易とする程には多い。普通の狼よりも二回りほど大きい魔狼の死体がごろごろしている。
 今回の旅では初めての魔物の襲撃だが、何も旅も終わりの見えたこのタイミングで、今までの分もとばかりに纏めて出て来なくても良いだろうに。
 下級冒険者ばかりのチームだったなら、成す術も無く全滅していたかも知れない数に、解体の手間を考えた僕はこっそりと溜息を吐いた。

 幸いそれ以降は魔物と遭遇する事も無く、無事にマイレ王国内の、件の大貴族が治める都市へと辿り着く。
 其処は一言で表現するなら、大都会だった。先ず都市を囲う城壁が物凄く広い。
 何でも人口が増える度に新たな城壁を周囲に張り巡らせて大きくなってる都市で、その城壁は中央に辿り着くまでに何と8枚を数える。
 通称は東都で、王国東部では最も栄えてる場所だそうだ。
 件の貴族、東部辺境伯に支援の物資を届けるのは商隊の人達に任せ、僕等は一足先に用意された宿で休ませて貰う事にした。
 旅の疲れも勿論あったが、それ以上にこの東都に圧倒されてしまっていたから。
 見て回りたい気持ちを1とするなら、出かけたら迷子になりそうで怖い気持ちが10位である。
 勿論そんな風にこの都市に呑まれてるのは僕だけじゃない。ルリスさんもクーリさんも、クレンだって似た様な感じだ。
 マイレ王国出身のカリッサさんやパラクスさんは別に動じてないけれど、トーゾーさんも平然としてるのは何だか釈然としない。
 でも良く考えれば、海の向こうからやって来たトーゾーさんは一番見識が広いのだから、もっと凄い場所も知ってるのだろうか。
 想像も出来無いけれど、でもこの東都は『王国東部では最も栄えてる場所』だそうなので、王国内にはこれ以上があるのは確かなのだ。
 王都とかどんなの何だろう。7賢人とかいるらしいし、もしかしたらいっそ都市が空を飛んでたりとか、……いや流石にないかな。

 想像は膨らむが、取り敢えずは東都を満喫したい。
 勿論一人で出掛けるのは怖いので、ルリスさんとクーリさんはカリッサさんが、僕とクレンはパラクスさんが、其々王国に詳しい引率が付いてくれる事になる。
 単独で動くトーゾーさんは、一寸察したのでこっそり聞いたら、やっぱり東都の娼館に行くそうだ。
 何でも同好の士であるメルトロさんに、娼館への紹介状を書いて貰っているらしい。
 出発前にトーゾーさんをメルトロさんに紹介したのは僕だけれど、二人は直ぐに打ち解けて、その後それぞれが贔屓の娼婦の良さに関して熱い議論を交わしていた。
 まあトーゾーさんは別に良いや。多分パラクスさんも察してるだろうけど、一応内緒にしておこう。
 さて東都を目の当たりにした衝撃も和らぎ、改めて見てみれば用意された宿はかなり良い宿だ。
 まず個室で、部屋も綺麗だし、ベッドの質も高い。食事に関しても香辛料が上手に、且つ贅沢に使われていて美味しかった。
 大都会の宿ってだけでも高そうなのに、しかも個室で質も高いとなれば、それなりに宿賃も値は張るに違いない。
 それだけ今回の件はパオム商会にとっても大きな商機だったのだろう。
 こんな巨大都市を治める貴族に恩を売れるって機会が、金銭に変えられない価値がある事位は僕にだって想像が付く。
「なので別に気後れせずにこの待遇を楽しめば良いと思うんですが、……無理です?」
 僕の言葉にコクコクと首を縦に振るのは、まだ都会に受けた衝撃が抜け切ってない様子のクーリさんと、此方は少し持ち直してそうなルリスさんだ。
 二人とも、あまりの好待遇に部屋に居ても落ち着かないので僕の部屋に来ようって事になったらしい。
 何で良く面倒を見ようとしてくれるカリッサさんや、最近大分打ち解けたクレンじゃなくて僕の所に来たかと言えば、
「寧ろ何でユーはそんなに平気そうなのよ。カリッサ姐やクレンは兎も角、何かズルくない?」
 僕が二人と同じく、正確には二人以上に田舎の出身だから、不安をわかり合えるかと思ったからだそうだ。
 カリッサさんは王国出身だし、クレンも何だかんだでミステン公国の首都である公都で活動する冒険者である。
 確かに僕はライサ出身ですらなく、皆が名前も知らないような小さな村の出だった。
「ズルくないよ。単に二人より早く冒険者をやってるから、色々見る機会があって慣れてるだけだしね」
 けれど例えば大きな都市と言うのなら、既に遺跡にはなってたけれど古代都市ミズルガは此処以上に大きい。
 良い宿で過ごす事に関しても、娼館で3週間も寝泊りして過ごした経験があるのだ。
 豪華さで言えばあの娼館はこの宿よりもずっと上になる。
 比べる対象としては間違ってる気がしなくも無いが、僕がルリスさんとクーリさんに比べても動揺が少ないのはその為だろうと思う。
 娼館云々の話は、二人が冒険者になるか娼婦になるかの選択を突き付けられてた過去を考えたら、態々話そうとは思わないけど。
 部屋で立ってられると、今度は僕が落ち着かないので椅子かベッドに腰掛けるように二人に伝える。
 ついでに服の中からヨルムを引っ張り出し、クーリさんの首に巻いた。
 ヨルムは扱いに抗議するかの様にシャーシャー鳴いて居たが、クーリさんの様子に気付いたのだろう、直ぐにチロチロと頬を舐めて慰め出す。
 商隊が荷を卸し、持ち帰る商品の仕入れを終えたら僕等も護衛としてミステン公国に帰るのだ。
 東都を見て回れる日数はそんなに多くないだろう。

「二人はマルゴットお婆さんとマーレさんへのお土産ってどうします?」
 土産も皆に買わねばならなかった。到着したばかりで考えるのも何だが、早目に準備をしないと買い忘れが怖いのだ。
 ライサの町の娼館にも顔を出す心算だし、何か買っていった方が良いかも知れない。
 多分メルトロさんは僕と会って王国への商隊の護衛を頼んだ話は、シャーネさんとか娼婦のお姉さん達にするだろう。
 本当に何が良いだろうか。お土産は選ぶのに何時も悩む。
 食べ物は日持ちがし難いので、距離のある今回は避けるとしよう。
 しかし今回有り難いのは馬車に荷を積めるので、キチンと梱包すれば壊れ易い物でも持ち帰れる事だ。
 酒なんかが良いかも知れない。宿のおじさんなんかは喜ぶと思う。
 娼館のお姉さん達への土産はかなり困る。衣類や装飾品等はダメだ。お客さんに沢山贈られてるだろうから、半端な物を渡しても邪魔になる筈。
 矢張り酒が無難かもしれないが、花瓶やティーカップ等はどうだろうか。王国製の陶器は質が良いと聞く。
 花を飾る花瓶は、あの場所ならあっても然程困らないだろうし、良く一緒にお茶もしたし、良いかも知れない。
 そう考えれば、今回のお土産は花瓶やカップ、食器の類をメインに用意するのが良い気がして来た。
 明日その手のお店を探してみようと思う。勿論探すのは僕じゃ無くて、案内役のパラクスさんだが。
 でもガジルさん一家には、……酒、かなあ。下手に陶器を買って行っても、ちびっ子達に壊される未来が見えるから。
「アタシはマーレとお婆さんにはクーリと一緒にペンダント辺りを買うのが良いと思ってるけど、……でもクーリが落ち着いてから相談ね」
 ルリスさんはそう言って、無心にヨルムに頬を擦り寄せてるクーリさんをチラ見して、溜息を吐く。
 ヨルムは楽しそうだからまあ良いかな。
 でも出来れば僕が眠たくなる前には落ち着いて欲しい物である。
 クーリさんが落ち着いて、二人が部屋から出て行けば、僕はお風呂に行きたいのだ。
 この宿には別館があり、其処には大きなお風呂があるらしい。とても贅沢な話だと思う。
 お風呂に入って旅の疲れを洗い流してしまってから、ゆっくりと睡眠を貪りたかった。
 うん、でも別に急かす訳じゃないから、のんびりしてくれて良いよ。
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