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しおりを挟む最近少し膝が痛い。
擦ったりしてたら痛みが和らぐので、気のせいかなとも思ったのだけど、でも膝を見ると一寸腫れてる気もした。
宿のおじさんに聞いてみると、僕位の年の子にはたまにある事らしく、念の為一度診て貰えと言われてしまう。
少し大げさかなと思わなくも無かったけれど、冒険者は体が資本との言葉には反論の余地が無い。
そして今、僕はエルロー薬店で、店主のエルローさんに診察を受けていた。
幾つかの質問を受け、それから少し腫れてそうな部分を、周囲から少しずつ指で押して痛みを確かめる。
エルローさんは頷きながら太腿も押し、少し笑う。
「うん、成長痛だね。ユーディッド君、最近随分背が伸びてるから」
何でもエルローさんが言うには、身長の伸びが早いと、骨の成長に筋肉が付いて行かないとの事だ。
特に僕の様に太腿の骨の伸びが原因で、膝の下が痛くなる事が多いらしい。
確かに此処最近僕の身長は目に見えて伸びており、身長の変化による剣や弓の扱いに狂いが出ない様、訓練の量も増やしていた。
多分それも原因の一つなんだそうだ。
ただでさえ骨の伸びについて行けない筋肉が、増えた訓練で使われてより強い負荷がかかり、膝下を引っ張っている。
エルローさんは腫れた部分に冷やす塗り薬を塗布し、太腿の筋肉を揉んでほぐす。
割と痛いが、冒険者ならこれ位は平気だねと言われると、頷くしかない。
そして最後に太い紐の様な物を器用に巻いて膝を固定してくれた。
「依頼があるのもわかるけど、今日は少し安静にしなさい。筋肉を伸ばす柔軟の運動をしっかりすれば、比較的早く元通りに動けるようになるから」
普段と変わらず優しい言葉遣いだけど、何だか妙に威圧感を感じるエルローさんに、僕は首を何度も縦に振る。
しかし、やすみかぁ。一体何をしよう……。
エルローさんにお昼を誘われたけれど、やっぱり僕は断った。
だってあの家、子供が生まれたばかりだから、奥さんはとても大変な筈だ。
赤ん坊は少し見たかったけれど、もう少し大きくなるまでは体力も病への抵抗力も無いので、僕みたいに色んな場所に出入りする人間はあまり近寄らない方が良いと思うし。
宿に戻った僕は、外套を吊るして靴を脱ぎ、ごろりとベッドに寝転がる。
……安静か。どうしよう、安静にするって何してたら良いんだろう。
取り敢えず寝転んでみたが、このままだと凄く暇だ。
夜でも無いのに僕が寝転んだ事を不審に思ったのか、胸元からヨルムが這い出して来た。
指で突っつくと頭をぶつけて反撃して来るので、暫し戯れる。
最近は王国まで行ったり、帰って来ても雑用依頼や訓練に明け暮れてたので、こんな風にヨルムと遊ぶのも久しぶりだ。
頑張り過ぎて痛みが出たらしいし、ちょっと訓練も減らしてヨルムと接する時間を増やそう。
早く強くはなりたいけど、急ぎ過ぎて身体を壊すのは馬鹿らしい。
勿論背が伸びる事でずれる感覚の補正は必要だ。でも身体の成長自体は僕にとって喜ばしい事なのだから、焦る必要は無いかな。
口から欠伸が一つ漏れた。
何だか妙に眠い。やっぱり疲れが溜まってたんだろうか。
思考も纏まらないし、意識がトロトロと溶けて行きそうな、強い眠気に襲われる。
ちょっと抗えそうにない。ヨルムの顎を指で撫で、呟く。
「少し寝るよ。お休みヨルム」
瞼を閉じる時、ヨルムの目が僕を見てた。
夢の中で僕は蛇だった。とても大きくて長い蛇。
ある時は城壁をぐるりと身体で取り囲んで、門から出入りする人達を見守る。
変化に乏しい日々だったけど、それに不満は無い。城壁の中の人達が僕を慕ってくれてる事は何となく判ったから。
人は生まれては直ぐに死んで行く。だから僕は人の個体の見分けは付かない。でもその人達が好きだった。
けれどある時大きな戦いが起きてしまう。人と人の戦いじゃない。もっと大きな存在のぶつかり合いだ。
戦いの規模はどんどん大きくなって行く。
そんなある日、その大きな存在の一つが僕と、僕の守る都市の人達にも戦いに加われと言って来た。
僕は兎も角、何故大きな存在の争いに小さな彼等を巻き込むのがわからなかったので、その申し出は拒絶する。
すると僕と都市は、彼の存在と其れに従う人達との戦いになってしまう。
軍門に下らぬなら滅ぼすと宣言した彼の存在はとても嬉しそうだったので、もしかしたら最初から僕と戦いたかっただけなのかも知れない。
ならばせめて都市の人達、そして彼の存在に従う人達は巻き込まないでくれれば良かったのに。
相手は僕よりもずっと大きな力の持ち主だ。同種の存在の中でも特に強い力の持ち主だったらしい。
当然僕に勝ち目は無かったが、負ける訳にも行かなかった。負ければ都市が蹂躙されてしまうかも知れなかったから。
身を裂かれながらも、僕は相手の腕に喰らい付く。御業を振わず、己が手で僕を仕留めに来たのは、彼の存在の傲慢さ故にだろう。
千載一遇の好機に、僕は毒を注ぎ込む。殺す為の毒じゃない。相手の存在自体を破壊する、僕を生み出した父に与えられた、この世界で最も恐ろしい毒だ。
しかし相手は自らの腕を引き千切る事で、存在の破壊を片腕だけに留める。
もう僕に、打つ手は残されていない。怒りに震える彼の存在が突き出した槍は、僕の身体を地に縫い止めた。
僕は戦いに敗れてしまったのだ。
けれどもはや戦う力を失った僕に興味は無いとばかりに、彼の存在は配下を連れて去って行く。
つまり都市は無事のままに戦いを終える事が出来たのだと、僕はその時は喜び安堵した。
でも僕は戦いに傷付き、都市を守る力を失ってしまっていたのだ。
いや、そもそも彼の存在に付けられた傷は、不死である筈の僕の存在すら揺らがせている。
脱皮をすれば一時的に傷は癒えるけど、何れ再び傷口が開くだろう。傷を癒す為に脱皮を繰り返せば、僕の存在はどんどん小さくなって行く。
そして多分彼の存在の仕業だろう。僕の守護を失った都市には、魔種が湧く様になってしまった。
多くの人々が、都市を捨てて逃げる事を選ぶ。とても寂しく、悲しいけど、其れはまだ良い。
問題はそれでも都市に残って僕を崇めようとする人達だ。
もう守る力は無いのに。そこはとても危険なのに。
都市を捨てて逃げるよう懇願する僕に、自分達の為に戦ってくれた貴方を見捨てる事はしないと彼等は言う。
最後の一人になろうとも貴方を守り崇め続けると。
彼等が僕を見捨てないなら、僕が彼等を見捨てるしかなかった。
都市に湧いた魔種が憎い。戦いを仕掛けてきた彼の存在が憎い。
僕はあの平穏な日々を愛していたのに。
時は流れる。僕は脱皮を繰り返し、もう嘗ての姿は見る影もない。
楽しみは遠見の力で人の営みを眺める事だけ。
もう以前のようには近づけないから。
近頃では小さな魔種を相手にしてすら、手間取る程に僕の存在は小さくなった。
また傷が開く。後何度脱皮が可能なのだろう。
不死の蛇が、最後まで擦り切れたら、訪れるのは死なのだろうか。
でもその時だ。
森の中で僕は僕に出会った。強さ、肉質、性格、思考、そんな表面の物でなく、魂よりももっと深くの本質が驚く程近しい僕に。
こんな事はあり得ない。何かが導かねば、絶対に起こり得ないそんな奇跡である。
僕は奇跡に縋り付く。もっと生きたかったからじゃない。
都市を見捨てる事になってからずっと、ずっと、とても寂しかったから。
目覚めると、既に日は暮れていた。
どの位の時間を寝ていたのだろう。ヤバい。宿のおじさんが寝ちゃってたら夕食を食べ損ねる。
ただでさえ昼食を抜いて寝ていたのだ。此れで夕食まで食べ損ねたら朝まで到底持ちそうにない。
「ヨルム、起きて起きて。下に行くよ。ご飯食べ損ねちゃう」
僕の身体の上で蜷局を巻いて寝てるヨルムを、ぺちぺちと叩いて起こす。
何か夢を見てた気がするけど、内容はあんまり覚えていない。
取り敢えず御飯、今日の糧、食べて食べて、明日に備える事が先決だ。
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