少年と白蛇

らる鳥

文字の大きさ
上 下
90 / 113

90

しおりを挟む

 闘技大会、武器部門の決勝翌日、トルネアスの都は何だか死屍累々としていた。
 別に五将を下してトーゾーさんが優勝を果たしたからではないと思うが、でも確実にトーゾーさんのせいでもある。
 其れと言うのも閉会式の時に、授与された優勝賞金と自身に賭けていた賭博の払い戻しを合わせたお金で、都市中の酒を全て買い占めて都市民全員に振る舞うと宣言したのだ。
 大会の参加選手は、参加部門の賭博に関しては己にのみ賭ける事が許されているから、トーゾーさんは当然自分にお金を賭けていた。
 ちなみに今回の大会で一番儲けたのは間違いなくパラクスさんだ。
 ずっと賭博に貼り付いていたから、恐ろしい金額を稼ぎ出してる。
 目標金額達成と笑っていたので、多分何かに使う心算の筈だけど、あんな大量のお金を一体どうする心算なんだろう。
 積み上がった白金貨の使い道とか、凄く怖い。
 まあさて置き、故に昨晩は、多くの人が酒を浴びる様に呑んだそうだ。
 何だか都市中がお酒臭い気すらする。
 トーゾーさんを称える声も、罵る声も両方あったみたいだけど、催しとしては楽しめたんじゃないだろうかと思う。
 僕等の様子を見に来た諜報員のワイダリさんは、此れが毎回恒例になったらどうしてくれるんだって笑いながら言っていた。
 確かに、トルネアスの都市民は次の優勝者にも同じ事を期待するかも知れない。
 でもだったらそれは次の優勝者の問題だし、もしまた優勝が五将の独占になるのなら、いっそ国が酒を振る舞えば良いのに。
 トルネアスの都中が大騒ぎの中、トーゾーさんは静かに噛み締める様に呑んでた。
 多分惜しんでたんじゃないだろうか。
 決勝でのトーゾーさんは楽しそうで、満足そうだった。
 けれどあの戦いを経験したから、同じか、より強い満足を味わうにはもう五将の格じゃ物足らなくなった筈だ。
 だから思い出し、噛み締め、惜しんでたんだと思う。
 でもまあ一夜明けた今日からは数日娼館に泊まり込んで、娼婦のお姉さん達にチヤホヤされて来るらしい。
 うん、トーゾーさんらしくて良いんじゃないかな。

 さて僕は、アーチェットさんと一緒に大通りを歩く。
 目指す先は冒険者ギルドの訓練場である。
 何でも昨日のトーゾーさんの活躍を見て、アーチェットさんも武器を覚えてみる気になったらしい。
 とても良い事だ。
 魔術師が頼るべき最大の武器は魔術だけど、その最大の武器を活かす為にも身体の動かし方は覚えた方がきっと良いから。
 とは言えトーゾーさんは娼館に行っちゃったし、カリッサさんも教会へ行くと言ってた。
 別に消去法と言う訳では無いけれど、まあ基本的な扱い方位なら僕でも教えれるので、アーチェットさんには僕が教える事になる。
 それにトーゾーさんの教え方って、アーチェットさんには刺激が強いと思う。
 握り方と振り方を教えて、目の前に動けなくなった魔物を用意して、さあ斬ってみろって言うのがトーゾーさんの初心者への教え方だ。
 斬れば覚えるから、どんどん斬らせて、妙な癖が付いたら修正して、技術の話はそれかららしい。
 斬り方も知らないのにその他の工夫を教えても無意味と言うのがトーゾーさんの、或いはトーゾーさんの流派の考え方なんだとか。
 とても物騒な極論なのに、真顔で言われるとそうなのかなって思わされるからとても危険だ。

 途中で武器屋に立ち寄り、アーチェットさんに手に合う武器を選んで貰う。
 扱い方を教えるにしても、先ずは扱う武器を決めないと話にならない。
 多分短剣を手に取るだろうと思って居たのだが、彼女が選んだのは鉄の小剣、スモールソード。
 剣としては少し小ぶりだが、短剣の分類には収まらない、扱いやすい片手剣だ。
 僕が昔使っていたタイプの剣でもある。最初に使う武器としては、良い選択だと個人的には思う。
 買い求めれば、店主さんは少しお酒の残る顔色をしてたので、ここぞとばかりに交渉して鞘とベルトはサービスして貰った。
 此れは僕からのアーチェットさんへのプレゼントである。
 彼女はしきりに恐縮してたが、僕の方がお金持ちだから構わない。だって僕もトーゾーさんに賭けてて大儲けしたもの。
 実際の所、今のアーチェットさんは収入に乏しい。僕等の誰かに護衛をされて居ないと危険な為、気楽に依頼を受けると言う訳には行かないから。
 ちまちまと錬金薬は作っているので、パオム商会の商隊が付いたら買い取って貰って纏まったお金になるだろうけど、それにはもう少し時間がかかる。
 僕が都市を案内して貰う時は以前の契約通りの報酬を支払ってるけど、アーチェットさんはそれも申し訳なく思ってるみたいだ。
 人間関係って難しい。特にお金が絡むと、親しい間柄でも複雑になってしまう。
 まあでも其処は僕が悩んでも仕方が無い事なので、今は剣の訓練だ。
 その人間関係のフォローは、カリッサさんやパラクスさんにお任せである。
 アーチェットさんだってその辺りは年下よりも、頼りになる年上の方が話し易いだろうし。


 冒険者ギルドの中に入り、受付嬢のセレネラさんを探す。
 チラチラと視線は感じるが、好奇ばかりで特に悪性の物は無い。
 僕も一応本戦には出場したので、少し顔が売れたそうだ。
 カリッサさんも本戦で勝利をしたし、トーゾーさんに至っては優勝を果たしたので、チームへの注目度も高いのだとか。
 別に見られる程度なら、見られて困る事をしてる訳じゃ無いので問題は無い。絡んで来たら嫌だけど。
 街中でヨルムと買い食いするのが少し難しくなった位だ。
 ヨルムもその分宿舎で一杯食べてるし、何より周囲からの注目があればアーチェットさんに対する手出しはより難しくなるので、ヨルムも納得はしてくれている。
 そもそも今一、ヨルムは見世物としての戦いにはピンと来ない様で、闘技会に対する反応は鈍い。
 生存の為の戦いでも無いのに、自分の力を衆目に晒すのは、確かに賢い行為では無いのだろう。

 セレネラさんが担当の受付を見つけたので、その列に並ぶ。
 別に依頼を受ける訳じゃ無いけれど、訓練場の使用申請と、アーチェットさんが無事に元気でいる事、そして国外に出る予定になってると伝える為だ。
 ギルドの上役に豪商と繋がってる人間が居る以上、この国のギルドは味方じゃない。
 でも注目度の高い僕達に、今手出しする事は出来ないだろう。
 だからアーチェットさんがずっとお世話になってたと言うセレネラさんに、其れを伝えるにはこのタイミングが一番だった。
 個室を借りて、セレネラさんと少し話し込む。
 アーチェットさんを狙っていたのが豪商である事や、ギルドの上役、国外に出た後に彼女をどうする心算なのかも。
 その後僕は少し離れ、セレネラさんをアーチェットさんを2人にした。勿論何かあった時はすぐに駆け付けれる距離でだけれど。
 話を終えてやって来た2人は、少し涙の滲んだ赤い目をしていた。
 さて後は訓練場を借りてアーチェットさんに剣を教えるだけ、と思って居た所に、セレネラさんから1つ驚く内容が告げられる。
「ユーディッド様は本日よりランク6となります。弓姫様と互角に競える弓手をランク4にはしておけませんので。そしてクチタ・トーゾー様はランク7、上級冒険者に昇格が決まりました」
 え、トーゾーさん上級になるの?
 一度本人に冒険者ギルドに来て貰える様に伝えて欲しいと言われたが、トーゾーさん娼館に籠ったしなあ、どうしよう。
 僕自身の事も驚きはあったが、でもトーゾーさんの上級昇格の方がずっと大きな出来事だ。
 何でも弓姫、フィオさんが僕のランクが4なのはおかしいと、ギルドに文句を言ったらしい。
 最初は上級にとの話だったが、トーゾーさんの様に大会優勝と言った公的な功績無しには、他国との兼ね合いもあるので難しく、妥協してランク6への昇格になったとか。
 いやいや、僕が上級とか本当にまだまだ早いと思う。
 そもそも上級冒険者は、大きな町でも1人居れば良い方と言った存在だ。勿論ライサには1人も居ない……、否、居なかった。
 トーゾーさんはライサの冒険者で良いと思うから、つまりトーゾーさんだけである。
 うん、僕には無理無理。
「あと、ユーディッド様には弓姫様からの呼び出しも掛かっておりますので、もしご都合が付きそうでしたら近日中にギルドにお申し出ください。ご案内いたします」
 何だか、もしかして本当に気に入られてるんだろうか。
 だとしたら光栄ではあるけれど、まあ一度、弓部門の決勝を見て無かった事は謝りたいと思って居たし、後日行ってみるとしよう。

しおりを挟む

処理中です...