93 / 113
93
しおりを挟むとは言え今やる事は乗馬の練習だった。
馬は可愛いが、乗るとなると話は変わる。滅茶苦茶高くて怖い。
頭では理解してるのだ。
彼等は賢い生き物で、ちゃんと接すれば普通に乗せてくれるし、此方を気遣ってもくれたりするのだと。
けれど高い場所で、しかも自分の足が地に付かないって事に対して不安にならないのは難しい。
僕が不安になれば馬も不安になるそうだ。
馬が不安になれば挙動が乱れ、僕はより恐怖を感じる負のスパイラル。
それでも僕が振り落とされなかったのは、選んだ馬がとても優しい子だったからに他ならなかった。
フィオさんの御勧めの栗毛の馬は、本当に素直で良い子だったのだ。
僕の不甲斐なさで不安にさせてるのに、この子は其れを我慢してくれている。其れが申し訳なくて仕方が無い。
詫びの意図を込めて撫でると、馬はやはりさっきと同じ様に僕の手に顔を擦り付けて来た。
この子は僕を慰めてくれてるのだろう。ヨルムに意思を伝達して貰わなくてもそれ位はわかる。
「そう言えば大事な事を言い忘れてたね。この子の名前はミネリア、3歳の雌馬だよ。人で言えば少女かな」
僕が馬を無心で撫でていると、練習をじっと見守っていたフィオさんがやって来てひらりと栗毛の馬、ミネリアの背に跨った。
この子の名前を知れた事は嬉しいけれど、でも最後の一言いらないよね。
何だか余計に乗り難くなった気がする。
「ユーディッド君はバランス感覚は良いし、姿勢も良い。優れた射手だから当然かも知れないけど、乗馬にも向いてる筈だよ」
そう言いながらフィオさんは、ミネリアの首を優しく叩いて何事かを囁く。
するとミネリアは其れに応じる様に、ぶるると嘶いて首を縦に振った。
「問題は君の警戒心の強さだね。野生の獣を思わせる。勿論それはユーディッド君の良い所だよ。少なくとも私は好きだ。懐かせてみたくなる」
フィオさんはそんな風に言って笑う。何だか少し怖い。
彼女が僕が思うよりもずっと優しい人だとわかってるのに、そんな風に感じてしまうのは、やはり言われたとおりに警戒心が強いのだろうか。
ミネリアが首を下げ、フィオさんは少し後ろに詰める。
「だから今の君に必要なのは良い形を体験して、慣れる事だと私は思う。と言う訳で、弓を持って来て此処に乗りたまえ」
え、此処って、フィオさんの前の事?
……今、僕はとても恥ずかしい思いをしている。
騎士団の人達もかなり此方を注目していた。半分位は微笑まし気に、そしてもう半分は羨まし気に。
代わって欲しい人が居るなら是非代わってあげたいと思う。
幾ら練習の為とは言え、馬を操るフィオさんの前に乗るのは照れ臭いどころじゃない。
しかも安定の為に少し抱え込まれてるのだ。
羞恥に首まで熱くなってるのが自分でもわかる。
けれど恥ずかしがってる余裕があるのもそこまでだった。
「ユーディッド君、集中して。そろそろ少し速めて行くよ」
フィオさんの声に、ミネリアの歩様が並足から速足に変わったのだ。
突き上げる様な縦揺れが襲い掛かって来た。
一瞬焦りかけるが、僕の背に身をくっつけたフィオさんが縦揺れの反動を上手く殺してくれる。
「固まらない。私とミネリアに体を預けてリズムを掴むんだ。ゆっくりで良いからこの速度に慣れようか」
リズム。成る程、確かにリズムはほぼ一定だ。
多分フィオさんとミネリアが一定にしてくれてるんだろう。
縦揺れも来るタイミングがわかってるなら、揺れへの対処も行える。
フォローもフィオさんがしてくれるのだから、失敗した所で落馬もしない。
少しずつ、感覚の理解が頭の理解に追い付いて来た。今の状況は絶対に安全だと。
安全だとわかれば余裕も出て来て、余裕が出れば感覚が広がり、感覚が広がればミネリアの動きが手にとる様に伝わって来る。
「次は駈歩」
フィオさんの言葉にミネリアの速度は増すけれど、動きの予兆は感じ取れていたので特に問題なく付いて行けた。
揺れの質が前後の揺れに変わったのには少し驚いたけど、ミネリアの動きが作るリズムに合わせて流す。
上手く乗れないで不安だったり申し訳なかったりしたのが嘘の様に、今は楽しい。
流れる景色、身が風を切る感覚、どちらもとても新鮮だ。
「的用意!」
急にフィオさんが大声を出す。
その声に見物していた騎士団員達が慌てて動き、練兵場に弓の的が立てられた。
「さてじゃあ最後はあの的を射貫いてみようか。ふふ、君ならもう出来るだろう?」
何でフィオさんは僕を過大評価するのだろう。
それでも一応挑戦はしてみるかと思い、揺れの合間に抱えていた弓を構える。
構えて初めて気づいたけれど、左手で弓を構えると右側に向かって横には射れない。
下半身が前を向いたまま固定されるから、身体を捻って射れる範囲は限られてるのか。
覚えておくと何かの役に立ちそうだ。
けれどまあ、それは今はさて置いて、そろそろ的を射るとしよう。
風は強いし揺れるけど、風の強さも揺れのリズムも一定である。
この身を切る風と揺れが射撃にどんな影響を及ぼすのか、僕の身に経験の蓄積が無いのでイマイチ読み難いが、過去の似た状況を思い起こしてイメージを形作って行く。
集中だ。
風に、リズムに、ミネリアの動きに、意識を集中して行くとある事に気付いた。
それはミネリアも僕が射撃を行おうとしているとわかって、合わせようとしてくれている事。
この子は特に協力的なのだろうけど、背に乗せてくれる馬は信頼して身を任せてしまって大丈夫なのだと。
自分の得意な弓を構えてみて、初めてその事がストンと胸に落ちる。
よし、早く射よう。手早く済ませて、ミネリアを一杯撫でて野菜を食べさせてあげるのだ。
そんな気持ちで行った一射は、まあ真ん中には当たらなかった。風と揺れの影響が僕の想像以上だったから。
けれど的の隅っこには当たっていて、僕はそれが遥か遠くの的に普通に当てるよりもずっと嬉しい。
多分きっと何度か繰り返せば真ん中に当てれるだろうし、今ならフィオさんの補助なしでもミネリアにはきっと乗れる。
フィオさんに補助無しで良いって言ったら、一寸複雑そうな顔をされたけど、でももう大丈夫だから。
パオム商会の商隊がやって来るまでの数週間、僕は行為に甘えてかなりの時間を乗馬の練習に割いた。
結局騎射はミネリアの背の上でしか行えなかったが、他の馬達にも一応は乗れるようにはなったので、フィオさんからも合格を貰う。
乗馬の練習をして考えが変わった事が2つある。
1つは折角覚えた乗馬の技術は錆び付かせない様に、機会があれば逃さず練習しようと思った事。
だって乗馬はとても楽しかったから。まあ冒険者の身だと乗馬の機会には中々巡り合えないだろうけれども。
そして2つ目が、何時かもう一度絶対にトルネアス国に来ようと考えてる事だった。
闘技会とかはさて置いて、僕はもう一度ミネリアに乗りたい。
乗馬の機会自体は、数少なくとも他国でだって無い事は無い筈だけど、ミネリアにはトルネアス国でしか会えないのだ。
だから僕は、何時かまたこの国を訪れるだろう。
それがどれだけ先になるかはまだ分からないけれど、何時か必ず。
ユーディッド
age13
color hair 茶色 eye 緑色
job 狩人/戦士 rank6(中級冒険者)
skill
片手剣5 盾4 格闘術4 弓7 短剣3 逆手武器2
野外活動5 隠密5 気配察知6 罠3 鍵知識3 調薬2 乗馬1
unknown 召喚術(ヨルム) 集中(new)(射撃精度上昇、精密作業時の精度上昇)
所持武装
鋼のブロードソード(高) 鋼のショートソード×2(高) 複合弓(高)
革の小盾(高) 中位魔獣の毛皮マント(高) 革の部分鎧(高) デススパイダーシルクの手袋(最高)
ヨルム
age? rank8(上位相当)
skill 縮小化 巨大化 硬化 再生 毒分泌 特殊感覚 脱皮
unknown 契約(ユーディッド) 感覚共有(ユーディッド) skill共有(硬化・ユーディッド)
訓練によりユーディッドがskill乗馬を習得しました。
1
あなたにおすすめの小説
貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~
みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。
何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。
第一部(領地でスローライフ)
5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。
お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。
しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。
貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。
第二部(学園無双)
貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。
貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。
だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。
そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。
ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・
学園無双の痛快コメディ
カクヨムで240万PV頂いています。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ガチャから始まる錬金ライフ
盾乃あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。
手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。
他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。
どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。
自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる