少年と白蛇

らる鳥

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 ガラガラと音を立てて馬車は移動する。
 乗ってる馬車はとても贅沢なつくりをしていて、何と言うか非常に落ち着かない。
 大きな都市では街中を馬車に乗って移動する人が居る事は知っていたけど、まさか自分がそんな体験をするとは思っても無かった。
 内城壁を越え、立派な建物が立ち並ぶ貴族街も通り過ぎ、見えて来たのは王城だ。
 ……今からでも逃げようかな。
 そんな考えが頭を過ぎる。勿論そんな事が今更出来よう筈は無いけれど。
 この国の将軍である弓姫、フィオリーナ・マシリカの呼び出しに応じたならば、行き先が王城である可能性位は考慮しておくべきだったのだ。
 特に何も考えずにギルドに赴き、呼び出しに応じる旨を告げた所、暫く待たされた後にいきなり馬車へと案内された。
 馬車の豪華さに戸惑っていると、ギルドの職員に早く乗る様にと急かされたので、勢いのままに搭乗してしまう。
 安易に呼び出しを受けた事を少し後悔していると、しかし有り難い事に馬車は王城の前で方向を変える。
 目指す先は、どうやら騎士団の練兵場の様子。
 それはそれであまり良い予感がしないけど、王城よりは大分マシだ。
 練兵場の前で停止した馬車を下りると、僕を出迎えたのは青毛の黒馬に跨ったフィオさんだった。
「ユーディッド君、トルネアス騎士団へようこそ。さあ、君の好きな馬を選ぶと良い」
 いやようこそと言われても、僕は騎士団には入りませんけど、……馬?

 言葉の足りてないフィオさんに詳しい話を聞いてみると、僕が馬に乗れなくて騎射出来ずに失格になった事が、彼女は未だに不満なんだそうだ。
 闘技会の運営にも抗議はしたそうだが、射撃部門は普通に競うだけでは変化に乏しく観客の受けがイマイチ良くない。
 その為に様々な変化を付ける形で競技を行っているので、その中でも迫力のある騎射はどうしても外したくないと言われたのだとか。
 まあ他の部門と違って直接戦わないのだから当然だろう。
 別段僕には騎射が行えずに失格となったとて特に不満も無かった。
 ただ、そういう事もあるのかと思っただけだ。
 冒険者である僕には縁遠過ぎて思い付きもしなかったが、言われてみれば成る程、馬に乗って騎射が出来れば射手の弱味の幾つかが解消される。
 徒歩の兵が相手なら圧倒的だろうし、馬に乗った者同士でも立ち回り方が上手ければかなりの優位に立てるかも知れない。
 だから国が主催の大会で、騎射を求められたとしても、然程不思議には思わなかった。
 とは言え冒険者である僕には、やはり乗馬は縁遠いと思う。
 先ず馬は維持が大変だ。
 食費もかかるし、世話の手間も大きい。
 当然ほったらかしには出来ないので、受けれる依頼の幅も多分狭くなるだろう。
 例えば以前に行ったような泊まり込みでの娼館の護衛等は受けるのも辛くなる筈。
 馬を預かって世話をしてくれる宿に泊まれば良いのかも知れないが、そんな宿がある場所ばかりじゃないし、何よりそう言う宿は高いし。
 依頼中に魔物、例えば素早く動く魔獣にでも出くわせば、自分の身だけじゃ無くて馬の身の心配もせねばならない。
 要するに自分の身で手一杯の冒険者では運用し切れないのが馬なのだ。

 けれども態々時間を割いて乗馬を教えてくれようとしているフィオさんに、別に馬に乗らないから要らないなんて到底僕には言えなかった。
 一朝一夕に乗れるようになる訳じゃ無いだろうけど、馬に乗れて損がある訳でもないから。
「私の御勧めは栗毛のこの子だよ。人が好きで素直な良い子だ」
 あと馬ってとても可愛い。フィオさんの御勧めの栗毛の馬に手を伸ばすと、顔を手にこすりつけて来た。
 思わず頬が緩む。
 勿論ヨルムもとても可愛いから、妬かなくて良いよ。帰ったら一杯構うから。
 服の中でヨルムが精一杯自己主張をして来るので、ポンポンと服の上から軽く叩き、僕はフィオさんに御勧めの馬を選ぶ事を告げる。
 ただしその前に、僕はどうしてもフィオさんに言っておかねばならぬ話が2つあった。
 1つは弓部門の決勝を見なかった件の謝罪。正直トーゾーさんが武器部門の決勝に進んだ事でその他の事はすっぽりと頭から抜けたのだ。
 そして2つ目は、例え乗馬を教えてくれても、半年後の大会の為に僕がこの国にやってくる可能性が低いと言う話だ。
 今回僕等がこのトルネアス国にやって来たのは、ミステン公国を暫く離れて国との関係を落ち着かせたかった事と、トーゾーさんが闘技会に出たがったからである。
 しかし今回の大会で五将と斬り合うと言う目的を果たして満足したトーゾーさんが、大会連覇の為に半年後もこの国にと言いだすとは考え難い。
 それにミステン公国に帰れば、多分隣国との戦争が待っている。
 半年後がどうなっているかは全くわからないけど、フィオさんの希望通りに闘技会で競える可能性はとても低いと思う。
「あぁ、あの異国の剣士。確かに彼は同じ相手に勝利する事に価値を見出しそうにないタイプに見えたけど。再戦の機会すらないとは、剣と盾も哀れね……」
 そう言って、フィオさんは少し考え込む。
 もしかして怒らせてしまっただろうか。
 勿論半年後の再戦を了解するのも、口約束だけなら簡単なのだけど、何故かとても良くしてくれる彼女に出来れば嘘は吐きたくなかったのだ。
「ユーディッド君、ミステンに帰るまでの間、出来るだけ此処に顔を出して馬術の練習をしなさい。戦争に出るなら猶更馬に乗れた方が良い。撤退時に、主を失った馬を見つけたけど乗れなくて逃げ切れませんでしたって事が無いとも限らないから」
 機嫌を損ねたのかと少し不安になった僕に、けれどもフィオさんは優しく笑ってそう言った。
 杞憂だったと言うか、フィオさんを軽く見ていたと言うか、どうやら僕が思うよりもずっと彼女は優しい人なのだろう。
 成る程。確かに戦争が控えてると考えるなら、今一番練習して利がある技術は乗馬かも知れない。
 僕がやるかどうかは兎も角として、物見や伝令等の仕事も馬が操れるなら出来る事の幅が広がる。
 頷く僕の頭をフィオさんが撫でた。
「君達の証言を疑う訳じゃ無いけど、ミステンからの要請無しには私達は動けない。申し訳なく思う。でも万一敗れる事があっても、この国に落ち延びてくれれば後は私が絶対守るよ」
 トルネアスの将軍が、冒険者の証言なんかで動けないのは当たり前だ。
 寧ろ動かれる方が途轍もなく拙い。
 そもそもミステン公国とトルネアス国の間には、2つ程別の小国が挟まっている。その国土を越えて軍を出すのは、並大抵の事情じゃ不可能だ。
 もし本当にアイアス公国で邪教が蔓延り、国が支配されていたりしたならば話は変わるのだが……。
 取り敢えず現段階ではミステン公国は他国からの介入は避けたい筈。
 元々ミステン、アイアス、シルバルの3つの公国は1つの国だったから、その国土に関係ない国の軍勢が踏み入る事には、現状では敵対している敵地であっても強い忌避感があるらしい。
「どんな事があっても生き延びて欲しい。そして別に大会に出なくとも良いから、何時か顔を見せて。私は君の成長がとても見たい」
 フィオさんの言葉に、僕は頷く。
 成長って、身長って意味じゃないよね。勿論弓の腕の事だよね。
 そっちだったら、きっと努力で何とかなる。
 弓姫と呼ばれるフィオさんに追い付けるかどうかはわからないけど、かけて貰った期待に恥じないだけの努力は惜しまない。
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