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しおりを挟む久しぶりに帰還したミステン公国、ライサの町は、一見以前と然程大きな違いは無いように見えた。
でも注意深く観察すれば、行き交う人達の表情には何処か不安の色がある。
恐らく戦争が近い事を、皆察しているのだろう。城塞都市内は兎も角、村々では跡取りでは無い次男三男の徴兵も始まっているのかも知れない。
市場の食料品も少し値上がり気味だった。
すぐに生活に影響が出るほどじゃないけれど、それでも充分に不安感は煽られる。
けれど逆に言えば影響はその程度なのだ。
戦争が近そうな雰囲気に不安を感じてはいても、裕福な人が町から逃げ出したり、そうで無い人が暴れて治安が悪化したりするような事は起きて無い。
滅ぼしたり滅ぼされたりするような大きな戦じゃ無く、会戦の1つも行って優劣を決めて賠償を取る、そんな戦なら数年に一度は周辺の何処かで起きている。
そしてその規模の戦なら、戦場に近い村は頻繁に略奪対象にされるけれど、ある程度の規模がある町なら襲われる事はそうそうは無い筈。
僕はそんな普段よりも少し暗いライサの町中を、アーチェットさんを案内しながら歩いていた。
トルネアスの時とは真逆の立ち位置になったけど、残念ながら僕は彼女程に案内を得手としていない。
しかし其処は今回の案内は依頼として受けたのではなく、アーチェットさんをこの国に連れて来た一人として、或いは友人としての案内なので多少拙くても勘弁して欲しいと思う。
まあライサの町は、トルネアスに比べれば見所はとても少ないのである。
闘技場は勿論無いし、城壁も低いし、店の数も人の数だってトルネアスとは到底比べられない位少ないけれど、でも僕はこのライサの町が好きだ。
案内は、彼女が町中での依頼を行う前提でしていく。
大きな所では守衛の詰め所、出入りが危険な貧民街、意外と依頼で訪れたりする歓楽街、町の主要部である中央通りに、生活をして行く上では欠かせない市場等。
小さな場所は例えば雑用依頼を良く出してくれるお婆さんの家や……、あ、序にマルゴットお婆さんには孫のマーレさんの分も一緒にお土産を渡しておこう。
……えっと、他にも食料品の安い店や、鍛冶屋などの御勧め店に、やはり彼女の特技から言って良く利用しそうなエルロー薬店も。
パラクスさん曰く、アーチェットさんは錬金術師としては店を出せるだけの実力は既に充分にあるそうだけど、彼女は今は未だ冒険者としての活動を優先するらしい。
「見て見て少年君! この傷薬すっごく安いですよ。加工も凄く丁寧にしてあるのに、凄い凄い!」
エルローさんにトルネアス国のお土産を渡して世間話に興じて居た僕に、店の中を見て回っていたアーチェットさんが興奮気味に駆け寄って来る。
そんな彼女の様子に、エルローさんの口元には優しい笑みが浮かぶ。
この店の傷薬は確かに安い。
トルネアスと比べればライサの町はそもそも輸入品以外の物価が安いのも勿論あるけれど、エルローさんは庶民向けの薬は出来るだけ多くの人に届けたいと値段を抑えめにしているからだ。
薬草の類が豊富な森が近くにあり、エルローさんの調薬技術が高いから加工時の材料にも無駄が出ず、そして精力剤等の富裕層向けの薬品で儲けが出ている事が、庶民向けの薬の値段を抑えれる理由である。
ともあれアーチェットさんのこの店の印象が良さげなのは良い事だった。
彼女がライサの町中で依頼をこなすなら、能力的にもこのエルロー薬店からの依頼を受ける機会はきっと多くなるだろうから。
店を出て、次に向かう先は冒険者ギルド。
僕等がライサの町に戻って来た報告と、アーチェットさんの紹介が主目的である。
冒険者ギルドは冒険者の為の組織だが、けれど全ての冒険者に公平かと言えばそんな事は無い。
素行の悪い冒険者は当然信用に欠けるし、其れは流れ者も同様だった。
同じ町に住む顔見知りで、人柄や適正を知ってる人間の方が信用出来るのは当然だろう。
そして冒険者ギルドの職員が信用出来ると判断した冒険者には、個々の裁量である程度の便宜を図ってくれたりもするのだ。
無論其れは単なる贔屓では無いし、一方的に与えられる恩恵でも無い。
ギルド職員と冒険者の間に信頼関係があれば、例えば緊急を要する依頼が飛び込んだ際に、職員の願いで冒険者が動いたりもする。
他にもデリケートな依頼が舞い込めば、やはりギルド職員は信頼出来る冒険者に頼むだろう。
能力が足りなかったり、人柄に信の置けない冒険者に対処の難しい依頼を回してトラブルが起きれば、依頼主からの信用を失うのは冒険者ギルドなのだから。
勿論贔屓し過ぎても、今度は流れの冒険者達からの信用をギルドが失うので、あくまで個々の裁量の範囲になるのだけれども。
とまあ大仰な言い方になってしまったが、要するにトルネアスでアーチェットさんが受付嬢のセレネラさんに親身にして貰っていたような感じである。
僕もこの町のギルドには、お世話になってる受付嬢のエミリアさんが居るので、彼女にアーチェットさんを紹介しておこうと思ったのだ。
ギルドの中に入って直ぐに、僕は受付で作業中だったエミリアさんと目が合った。
驚きに目を見開いた彼女に向かって、僕は手を振って挨拶をする。
「ユーさん! ユーさんじゃないですか! お帰りなさい。報告来てますよ。ランク上がったんですよね。酷いじゃないですか。ユーさんのランクアップの手続きは私がやりたかったのに……」
受付カウンターを飛び出してやって来たエミリアさんが、僕の肩を掴んでガックガックと揺さぶり出す。
少し激しいが、親愛の籠ったエミリアさんからの帰還の歓迎。
僕等がトルネアスに行ったのは闘技会への参加と、そして一度ミステン公国を離れる事で国からの抱え込みを拒否する意思表示の為だった。
自分達は自由な冒険者で、国を離れての活動も行う。無理に抱え込もうとすれば国を離れる。
その意思を態度で示す事が、僕等のトルネアス行きの目的だった。
勿論その辺りの経緯は冒険者ギルドにも伝えてあるので、エミリアさんも事情は知ってる筈。
「ランクは僕も吃驚したんですよ。だって依頼もこなしてないのに、大会の結果を受けてランクを2つ上げるって急に言われましたしね」
だからエミリアさんの言葉は本気じゃ無くて、寧ろ祝福である事は充分にわかってる。
エミリアさんとじゃれ合うのは久しぶりで楽しいけれど、でも此処に来た主目的は帰還の報告以外にももう一つあるのだ。
僕はエミリアさんの手から逃れると、少し置いてけぼりになってしまっていたアーチェットさんを呼ぶ。
「こちらは事情があってトルネアスより連れ帰ったアーチェットさんです。ライサで冒険者活動をする予定なので、エミリアさんに紹介しようと連れて来ました」
その言葉に少し首を傾げたエミリアさんだったが、僕と、そしてアーチェットさんをみて一つ頷く。
僕の言う事情が此処では話辛い類の物である事は察してくれたらしい。
「ライサへようこそアーチェットさん。私はギルド職員をしておりますエミリアです。折角紹介されたのでお話も伺いたいですし、個室を借りて来るので少しお待ちくださいね」
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