少年と白蛇

らる鳥

文字の大きさ
96 / 113

96

しおりを挟む

 久しぶりに帰還したミステン公国、ライサの町は、一見以前と然程大きな違いは無いように見えた。
 でも注意深く観察すれば、行き交う人達の表情には何処か不安の色がある。
 恐らく戦争が近い事を、皆察しているのだろう。城塞都市内は兎も角、村々では跡取りでは無い次男三男の徴兵も始まっているのかも知れない。
 市場の食料品も少し値上がり気味だった。
 すぐに生活に影響が出るほどじゃないけれど、それでも充分に不安感は煽られる。
 けれど逆に言えば影響はその程度なのだ。
 戦争が近そうな雰囲気に不安を感じてはいても、裕福な人が町から逃げ出したり、そうで無い人が暴れて治安が悪化したりするような事は起きて無い。
 滅ぼしたり滅ぼされたりするような大きな戦じゃ無く、会戦の1つも行って優劣を決めて賠償を取る、そんな戦なら数年に一度は周辺の何処かで起きている。
 そしてその規模の戦なら、戦場に近い村は頻繁に略奪対象にされるけれど、ある程度の規模がある町なら襲われる事はそうそうは無い筈。

 僕はそんな普段よりも少し暗いライサの町中を、アーチェットさんを案内しながら歩いていた。
 トルネアスの時とは真逆の立ち位置になったけど、残念ながら僕は彼女程に案内を得手としていない。
 しかし其処は今回の案内は依頼として受けたのではなく、アーチェットさんをこの国に連れて来た一人として、或いは友人としての案内なので多少拙くても勘弁して欲しいと思う。
 まあライサの町は、トルネアスに比べれば見所はとても少ないのである。
 闘技場は勿論無いし、城壁も低いし、店の数も人の数だってトルネアスとは到底比べられない位少ないけれど、でも僕はこのライサの町が好きだ。
 案内は、彼女が町中での依頼を行う前提でしていく。
 大きな所では守衛の詰め所、出入りが危険な貧民街、意外と依頼で訪れたりする歓楽街、町の主要部である中央通りに、生活をして行く上では欠かせない市場等。
 小さな場所は例えば雑用依頼を良く出してくれるお婆さんの家や……、あ、序にマルゴットお婆さんには孫のマーレさんの分も一緒にお土産を渡しておこう。
 ……えっと、他にも食料品の安い店や、鍛冶屋などの御勧め店に、やはり彼女の特技から言って良く利用しそうなエルロー薬店も。
 パラクスさん曰く、アーチェットさんは錬金術師としては店を出せるだけの実力は既に充分にあるそうだけど、彼女は今は未だ冒険者としての活動を優先するらしい。
「見て見て少年君! この傷薬すっごく安いですよ。加工も凄く丁寧にしてあるのに、凄い凄い!」
 エルローさんにトルネアス国のお土産を渡して世間話に興じて居た僕に、店の中を見て回っていたアーチェットさんが興奮気味に駆け寄って来る。
 そんな彼女の様子に、エルローさんの口元には優しい笑みが浮かぶ。
 この店の傷薬は確かに安い。
 トルネアスと比べればライサの町はそもそも輸入品以外の物価が安いのも勿論あるけれど、エルローさんは庶民向けの薬は出来るだけ多くの人に届けたいと値段を抑えめにしているからだ。
 薬草の類が豊富な森が近くにあり、エルローさんの調薬技術が高いから加工時の材料にも無駄が出ず、そして精力剤等の富裕層向けの薬品で儲けが出ている事が、庶民向けの薬の値段を抑えれる理由である。
 ともあれアーチェットさんのこの店の印象が良さげなのは良い事だった。
 彼女がライサの町中で依頼をこなすなら、能力的にもこのエルロー薬店からの依頼を受ける機会はきっと多くなるだろうから。


 店を出て、次に向かう先は冒険者ギルド。
 僕等がライサの町に戻って来た報告と、アーチェットさんの紹介が主目的である。
 冒険者ギルドは冒険者の為の組織だが、けれど全ての冒険者に公平かと言えばそんな事は無い。
 素行の悪い冒険者は当然信用に欠けるし、其れは流れ者も同様だった。
 同じ町に住む顔見知りで、人柄や適正を知ってる人間の方が信用出来るのは当然だろう。
 そして冒険者ギルドの職員が信用出来ると判断した冒険者には、個々の裁量である程度の便宜を図ってくれたりもするのだ。
 無論其れは単なる贔屓では無いし、一方的に与えられる恩恵でも無い。
 ギルド職員と冒険者の間に信頼関係があれば、例えば緊急を要する依頼が飛び込んだ際に、職員の願いで冒険者が動いたりもする。
 他にもデリケートな依頼が舞い込めば、やはりギルド職員は信頼出来る冒険者に頼むだろう。
 能力が足りなかったり、人柄に信の置けない冒険者に対処の難しい依頼を回してトラブルが起きれば、依頼主からの信用を失うのは冒険者ギルドなのだから。
 勿論贔屓し過ぎても、今度は流れの冒険者達からの信用をギルドが失うので、あくまで個々の裁量の範囲になるのだけれども。
 とまあ大仰な言い方になってしまったが、要するにトルネアスでアーチェットさんが受付嬢のセレネラさんに親身にして貰っていたような感じである。
 僕もこの町のギルドには、お世話になってる受付嬢のエミリアさんが居るので、彼女にアーチェットさんを紹介しておこうと思ったのだ。

 ギルドの中に入って直ぐに、僕は受付で作業中だったエミリアさんと目が合った。
 驚きに目を見開いた彼女に向かって、僕は手を振って挨拶をする。
「ユーさん! ユーさんじゃないですか! お帰りなさい。報告来てますよ。ランク上がったんですよね。酷いじゃないですか。ユーさんのランクアップの手続きは私がやりたかったのに……」
 受付カウンターを飛び出してやって来たエミリアさんが、僕の肩を掴んでガックガックと揺さぶり出す。
 少し激しいが、親愛の籠ったエミリアさんからの帰還の歓迎。
 僕等がトルネアスに行ったのは闘技会への参加と、そして一度ミステン公国を離れる事で国からの抱え込みを拒否する意思表示の為だった。
 自分達は自由な冒険者で、国を離れての活動も行う。無理に抱え込もうとすれば国を離れる。
 その意思を態度で示す事が、僕等のトルネアス行きの目的だった。
 勿論その辺りの経緯は冒険者ギルドにも伝えてあるので、エミリアさんも事情は知ってる筈。
「ランクは僕も吃驚したんですよ。だって依頼もこなしてないのに、大会の結果を受けてランクを2つ上げるって急に言われましたしね」
 だからエミリアさんの言葉は本気じゃ無くて、寧ろ祝福である事は充分にわかってる。
 エミリアさんとじゃれ合うのは久しぶりで楽しいけれど、でも此処に来た主目的は帰還の報告以外にももう一つあるのだ。
 僕はエミリアさんの手から逃れると、少し置いてけぼりになってしまっていたアーチェットさんを呼ぶ。
「こちらは事情があってトルネアスより連れ帰ったアーチェットさんです。ライサで冒険者活動をする予定なので、エミリアさんに紹介しようと連れて来ました」
 その言葉に少し首を傾げたエミリアさんだったが、僕と、そしてアーチェットさんをみて一つ頷く。
 僕の言う事情が此処では話辛い類の物である事は察してくれたらしい。
「ライサへようこそアーチェットさん。私はギルド職員をしておりますエミリアです。折角紹介されたのでお話も伺いたいですし、個室を借りて来るので少しお待ちくださいね」

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

ガチャから始まる錬金ライフ

盾乃あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

処理中です...