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しおりを挟む僕は魔術に関して詳しくはない。
けれどそんな僕でも、魔術師に対しては思う所があった。
其れは魔術師は、とてもズルい存在だと言う事だ。
魔術を操れるのは、生まれ付きの才能を持った者だけである。
まあ此れは魔術に限った事じゃ無く、精霊使いも、神聖魔法の使い手だって大差無い。
神秘の力は、選ばれた者のみが振るえる力なのだ。
しかしその中でも、魔術師って存在は群を抜いて性質が悪いと僕は、パラクスさんを見ていて思う。
まず彼等は賢かった。
魔術の力は知識の力らしいので、基本的に彼等は知識人である。
勿論中には力に溺れた傲慢な愚か者も居るらしいけれど、僕の知る限りでは理知的で思慮深く、好奇心の旺盛な人が多い。
そして理知的で思慮深い彼等は、考える力があるので知恵がやたらと回るのだ。
だからこそ、物語等でも宮廷魔術師が軍師や宰相を兼ねていたりするのだろう。
つまり神秘の力である魔術を、知恵の回る彼等が便利に使い、或いはより便利な術を編み出して使用するのである。
そんなのはズルいとしか言いようがない。
今回パラクスさんは、魔術で音を消して精密な幻で自分達の姿を隠し、木々の間に潜んでた。
ただそれだけの事しかしてないのに、僕を追いかけて、追い詰めていたユルクト・マイアスはパラクスさん達に気付かずに、雷光の魔術でダメージを負う。
咄嗟に身を捻って直撃を避けたのは、流石は裏の世界で名を響かせながらも生き延びてる達人と言う他に無い。
僕はユルクト・マイアスがどれだけ格上の存在かを身に染みて知ってるだけに、そんな彼を単純な待ち伏せであっさりと嵌めたパラクスさん、魔術師はやはりズルいと思ったのだ。
何せ此処までの作戦で苦労したのは、殆ど僕だけなのだから。
ユルクト・マイアスが懐から取り出したポーションをグイと飲み干す。
退路が既に断たれている事を直ぐに悟り、傷の治癒を優先したのだ。
「さて、随分とうちのユー殿を苛めてくれた様子だが、覚悟はよろしいか? 若作りのご老人」
達人である彼の退路を断てるのは、当然同じく達人であるトーゾーさん。
既に腰の刀の鯉口は切られ、何時でも抜ける状態である。
恐らく僕が追い詰められていたからだろう。トーゾーさんは静かに怒りを発していた。
正直僕も今のトーゾーさんは少し怖い。
けれどユルクト・マイアスはその怒りを意に介した風も無く、傷を負った方の手を、握って開いて調子を確かめている。
「子鬼を追っていたら親鬼が出たか。その若さで随分な血の匂いをさせおるわ。まあしかし未だ些か青そうではあるがのぅ」
ユルクト・マイアスがそう言葉を発した次の瞬間、両者は同時に動いた。
打ち合いの音はしない。お互いの持つ獲物のリーチが大きく違うせいである。
トーゾーさんの刀を受けるには、ユルクト・マイアスが両の手に握るナイフでは心許ない。
しかしその斬撃を回避して懐に潜り込めば、次は間近から繰り出されるナイフを受け止めるには、刀の長さが些かじゃまだ。
2人の達人はお互いに相手の攻撃を回避しながら、己が得手とする間合いを確保しようと動き回る。
その様は斬り合いと言うよりも、寧ろ盤上遊戯の如く相手の手を読んで陣地を奪い合う、高度な戦術のぶつかり合いだった。
此処まで高度な斬り合いを繰り広げられれば、其処に介入出来る剣技を僕は、或いはカリッサさんも持ち合わせてはいないだろう。
でも、其れでも僕等は、四人で一つのチームなのだ。
トーゾーさんの身体をユルクト・マイアスのナイフが掠めた瞬間、カリッサさんから解毒の奇跡が飛ぶ。
あのナイフに、高位モンスターであるヒュドラから採取された毒が塗布されている事は既に知っている。
ヒュドラの毒は、例え少量であろうとも傷口から侵入すれば、激痛と高熱と共に体内を巡って死を齎す致命の毒だ。
ナイフの攻撃力の低さを補って余りある、寧ろナイフを用いた攻撃の手数の多さは、この毒を活かすのに最適にも思える。
対策無しに傷を負えば、毒で死に至る前に痛みと熱で動きと判断力が鈍り、ナイフで切り刻まれる事になるだろう。
だがそれも、ハイレベルな神官であるカリッサさんの前では効果を成さない。
毒だけで無く、ナイフが掠めた傷も消えている所を見るに、癒しの奇跡も併用して飛ばしている様子。
つまりカリッサさんが居る以上、一撃で即死させられない限りは、この勝負にトーゾーさんの負けは無いのだ。
もしカリッサさんに投げナイフを飛ばし、激痛と高熱で祈りの集中力を奪おうとしても、彼女を守る様に前に立つのは、何と魔術師のパラクスさんである。
パラクスさんは強力な矢避けの術を自らに施している為、飛び道具なら例えバリスタの矢であろうともその身には届かない。
そしてその横に僕が並び、万一ユルクト・マイアスがトーゾーさんに背を向けて此方に斬り込んできた場合に備えていた。
アーティファクトの剣を持つ僕は、ユルクト・マイアスが相手であろうとも数合ならば切り結べる。
故にそんな選択を取ったなら、僕に手間取る間にトーゾーさんの刃が背中から彼の身を貫くだろう。
今なら自信を持って言えるが、僕等はライサの町でも、そしてミステン公国の中でも、TOPに位置する冒険者のチームなのだ。
例えユルクト・マイアスがアイアス公国で随一の使い手だったとしても、たった一人で四人揃った僕等に勝てる道理は無い。
カチンと、鞘に刃が収まる音と共に、身体から切り離されたユルクト・マイアスの首が地を転がる。
気の抜けない戦闘の終わりに、誰かが大きな溜息を吐いた。
いや或いは、その溜息は僕が漏らした物だったのかも知れない。
「いやはや、恐ろしい老人もいたものよ。この藤蔵、此処まで腕の立つ忍びの者は他に知らん」
トーゾーさんの言う様に、ユルクト・マイアスは僕等が四人で万全の体制を敷いても尚、最後まで気の抜けない相手だったから。
彼は常に全員の隙を探っていたように思う。
僕に隙があればパラクスさんが、パラクスさんに隙があればカリッサさんが、カリッサさんに隙があればトーゾーさんが、そしてトーゾーさんに隙があれば僕等全員が、一息の間に命を落とす事だってあり得た。
「ユー君もご苦労様。ただでさえ囮は危ない役割なのに、此処までの相手だったなんて……。念の為に癒しの奇跡を願うからこっちに」
カリッサさんは、作戦を立案したパラクスさんを睨みながら、僕に向かって手招きをする。
彼女は相も変わらず僕には甘い。
でも此処まで危ない相手だからこそ、おびき寄せる役割は僕にしか出来なかったと思う。
自分の役割、立ち位置がこのチーム内にある事は、僕にとってはとても嬉しく誇りなのだ。
「いや、私もまさか本当に藤蔵と切り結べる様な密偵が居るとは思わなかったんだよ。ま、まあ、本当にユーディッドも良くやってくれた。此れでこの戦いも後は公都攻めを残すだけだ」
カリッサさんの視線に怯みながらも、パラクスさんも作戦の無事の終了を本当に喜んでいるのがわかる。
確かにこの戦争の山場も、後はアイアスの公都攻めを残すばかり。
そして其処で活躍すべきは僕等の様な個人では無く、軍である。防壁の破壊も既に出来てる事だし、僕等の出番はないだろう。
冒険者のチームの手柄としては、ユルクト・マイアスの首だけでも充分以上過ぎた。
死人の首を運ぶのは、決して気分の良い事ではないけれど、功績の証明に持ち帰らねばならないのだ。
僕は最後の仕事を果たそうと、転がる彼の首を拾う為に地に視線を落とし、そして背筋に怖気が走る。
地に首は無く、それどころか身体も転がっていない。
確かにトーゾーさんは確実にユルクト・マイアスの首を刎ねていた。
其れは疑いようのない事実で、首を刎ねられて生き延びれる人間が存在しよう筈は……、けれどそんな事を考える時間は無い。
僕は咄嗟に、カリッサさんを突き飛ばす。
もし万が一にユルクト・マイアスが生きていたなら、戦いが終わったと思い込んで気を抜いた僕等に気付かれぬ様、真っ先に狙うのは癒し手の彼女であろうから。
次の瞬間、僕の胸に熱い何かが刺し込まれる。
「気付いたか。本当に坊は優秀よな。実に惜しい。しかし儂が彼の神に戴いたのは若き肉体のみにあらず、若さと不老不死なのだよ。故に後継も最早不要」
僕の胸を突き刺したのは、ユルクト・マイアスのナイフ。
そして言葉と共にナイフの刃がぐるりと捻られ、僕は毒の効果を待たずして、相手をズルいと思う暇も無く命を落とした。
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