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第三章『年を経た友』
28 料理と訓練、そして戦い
しおりを挟む僕がアニーにこの世界に呼ばれてから、一ヶ月程が経過した。
「あぁっ、もうっ、なんなのよっ!」
小屋を拡張して造ったキッチンに、レニスの怒声が響く。
今の彼女は、飛び散った山羊の乳を頭から浴びてベトベトになっている。
何なのと言われれば、ごく単純に魔術の威力が強すぎたからなのだが、そんなのはレニスだって言われなくてもわかっているだろう。
だから今必要なのは、彼女の顔を少し濡らしたタオルで拭いてやる事と、どうすべきだったのかの見本だ。
呆れたりせずに、笑いながら、僕はむくれるレニスを拭いて行く。
この訓練を始めた当初、レニスは頑なに魔術を料理に使う事に抵抗感を示した。
「魔術は特別な力だから、みだりに振るわない」
此れがアニーが身の危険を感じてレニスを連れて逃げるまで、彼女が通っていた魔術学園の教えだったらしい。
成る程、特別な力を得て浮かれがちになってしまう学生には、とても大事な教えだろう。
そんな教えが出来るのに、何で魔術師によるその他の支配なんて発想に行き着くのかはわからないが、まあ其れは其れ此れは此れと言った所か。
だから料理とか、生活の為なんかに魔術は使えないと言うレニスに、僕は問う。
アニーは以前、国の支配から逃れる為に僻地に住む魔術師達に、生活に必要な物資を届ける商人をしていた。
其れは魔術協会からの任務でもあったけど、魔術師達の生活の為で、そしてアニー自身の商売の為でもあったのだ。
生活の為なんかと言うならば、アニーがあの頃やってた活動をも否定する事になりはしないだろうか。
其れにそもそも、自制の為の教えと、上達の為の教えは別物である。
僕がアニーに頼まれたのは魔術を上達させる事で、レニスの心はアニーが育てるべきだろう。
知った事では無いとまでは言わないが、僕が口を挟み過ぎるのも良くは無いと思うのだ。
だからその学園の先生よりも、僕に魔術を教えたグラモンさんや、或いは僕自身の方が魔術の腕は上だから、上達したいなら納得は出来なくても言う通りにした方が良いと、僕はレニスにそう言った。
深めのボウルにバターを入れ、
「熱、熱いやつ、燃えない位」
掌から熱を放出してボウルのバターを溶かして行く。
これはレニスに見せる手本の為、霊子と魔素の操作による魔法じゃ無く、魔力を使った魔術で行う。
尤も詠唱は思いっきり適当だ。まあイメージが伝わればそれで良い。
そして此処まではレニスも上手くやってたのだけど、問題は此処からだ。
「風、綺麗な風」
僕はレニスに見え易いように人差し指を立て、指先に右回転する風の球体を作り出す。
此れは回転の威力が強過ぎても駄目だし、乱回転しても駄目だ。
綺麗に一方向に、そして出来れば指先に対して水平に右回転している事が望ましい。
食い入る様に僕の指先を見るレニスに、回転速度を弱から強に、その後強から弱に戻し、一旦消す。
溶けたバターに山羊のミルクを足し、塩も少し加えてから、片手で確りとボウルを支えて指先を近付ける。
「風、優しい風」
先ずは弱めに、そして徐々に強めて。
風の球体によってボウルの中身が混ぜられ、泡立ち、液体だったミルクが重みを増してクリーム状になって行く。
そう、此れは風の魔術によるハンドミキサーで、代用生クリームを作成しているのだ。
今日の夕食はクリームパスタである。
実際、今見せてる作業の難易度はかなり高い。
だが今日まで、レニスは失敗を繰り返しながらも料理に魔術を使い続けた。
ごく少量の魔力を使い、規模の小さな繊細な魔術を大量に使う作業を続ける事で、自覚は無いだろうが彼女の魔術の腕は前より一段階上がっている。
魔術学園では防壁に囲まれた場所で、的に向かって攻撃魔術を放つ訓練ばかりしていたらしく、今行っている訓練は其れとは全く真逆の行為で、レニスは自分に欠けていた物を急速に身に付けつつあるのだ。
元々魔術が好きで、知識量は豊富なレニスだから、基礎が完成すれば彼女の実力は一気に花開くだろう。
その時が実に楽しみだった。
とは言え、僕がすべき事は魔術の教師だけでは無い。
「レプト君、逃走中の魔術師の情報を入手したわ。今から行けるかしら?」
キッチン内には入らず、外から声をかけて来るアニーの声に、僕はレニスに残りの工程を指示し、付けていたエプロンを外す。
僕等が仕事を終えて戻った後、美味しい夕食が食べれるかどうかは、レニスの双肩に託された。
緊張に顔を引き攣らせるレニスだが、泣き言は言わない。
だってアニーが今僕を呼んでる案件は緊急を要する。
料理は失敗しても取り返しが付くが、助けるべき魔術師の命は、助けが遅れれば決して二度と取り返せなくなってしまうのだから。
「ごめんなさい、レプト君」
キッチンを出た僕に、アニーはそう謝った。
その謝罪は、僕に指導の手を止めさせた事だろうか。
或いは僕を酷使してると思うから、謝罪を口にしたのだろうか。
どちらにせよ問題は無い。
指導は順調だし、優先順位もわかってる。
それに人間では無い僕は多少忙しく働いた所で壊れはしないのだ。
全てが終わればちゃんと対価も待ってるし。
「大丈夫だよ。君の孫は優秀だね」
だから僕は何がかとは問わず、ただアニーに、彼女の孫を褒める。
その言葉に、アニーは嬉しそうに微笑んだ。
僕は印のついた地図を受け取り、指示された場所へと、門魔法を発動させた。
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