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第四章『主を遺す老臣』
48 ツェーレの願い
しおりを挟む「爺め、この様な戦力を隠し持っていたなら、このオレに託せば良かったものを……」
僕の顔を見るなりそんな言葉を吐いた魔王子ツェーレだったが、けれどもその表情から伺えるのは、深い悲しみと疲れだ。
彼は人間にすれば十四、五歳位の見掛けの、少年だった。
人族軍の撃退と言う戦果を引っ提げて会見を申し込んだ僕に、ツェーレは意外な程あっさりと其れを受ける。
相対したツェーレに対し、僕は丁寧には接するが、臣下の礼は決して取らない。
魔王軍の立場的に言えば、魔王はミューレーンであり、僕はその後見人だ。
例え相手がミューレーンの兄であろうとも、僕は対等の立場となる。
だがその事に、ツェーレは一言も触れなかった。
ただ僕を見る瞳に宿る色は、何故今更と言わんばかりの苛立ちと、そして安堵。
其れを見た僕は、何となくだが察せてしまう。
何故ツェーレが新しく立った魔王軍、ミューレーンの勢力に対して無関心を貫くのかを。
恐らくツェーレは人族との戦いで、自分の命と引き換えに何かを成す心算なのだ。
自分が死ぬつもりなら、魔界の支配者、魔王の座等に意味は無い。
だからミューレーンと争う心算もサラサラなく、魔王軍に対してのリアクションもしなかったのだろう。
「まぁ良い、今更オレの傘下に加われとは言わぬ。だが人族の相手はオレがする故、貴様等魔王軍は後方で防備を固めていろ」
続いたツェーレの言葉は僕の予想を裏付ける物だった。
もし彼が僕等を潜在的な敵と見做すなら、無傷のままに後方に置こうとする筈が無い。
ましてや僕等は、彼等が苦戦していた人族軍をあっさりと打ち破って見せたのだ。
例え敵と見做していなくても、普通なら共闘したいと思って当然だろう。
ツェーレの言葉は、魔王軍の立場から考えれば損は無い。
確かにツェーレとその配下の魔族達を魔王軍に組み込めなくは成るけれど、彼等が盾となって人族相手に時間を稼いでくれれば、その時間を使ってより強固な体制を築く事が出来る。
初陣を勝利で飾ったとは言え、僕等はまだ立ち上げたばかりの勢力だ。
戦いに煩わされずに足場を固める時間は、あるに越した事は無かった。
……しかし、
「お断りしますよ。其れだとミューレーン、僕等の魔王が最後の肉親を失う事になる。君が命を賭して何をしたいのかは知らないけれど、僕はミューレーンの願いを叶える存在だ。殴り倒してでも君の身柄は持ち帰る」
そんな判断はクソ喰らえである。
魔王の遺児が健気に何かの覚悟を決めていたのかも知れないが、そんな物は知った事では無い。
僕にとって大事なのは、召喚主であるザーハックに頼むと託された幼い少女の願いだ。
「貴様っ、甘っちょろい戯言をほざくかっ!」
怒りに満ちた表情で、腰の剣を抜き放つツェーレ。
周囲の護衛達も構えはするが、ツェーレの実力を信じているのか前には出て来ない。
此処に居たのがベラだったら、多分既にツェーレも護衛も全員が壁にめり込んでる。
でもまあ今回は、言ってしまったからには有言実行だ。
ベラの真似をさせて貰おう。
『攻撃対象:魔王子ツェーレ。注意事項:殺害せずに無力化。心折れるまで殴った後に身柄を確保し持ち帰る』
魔法で走らせた近接戦闘用のAIは、以前よりも少し僕の意思をより反映してくれていた。
当たり前の話なのだけど、ツェーレは見事にボコボコになって床に転がってる。
途中からは護衛も戦闘に加わって来たが、ツェーレより早く倒れてしまう。
いや寧ろ、食い下がったツェーレを褒めるべきだろうか。
流石に最前線で戦い抜く魔族の王子だけの事はあった。
しかしだ。
以前にこの近接戦闘用のAIで戦った黒の剣士や、ましてや理不尽な戦闘センスの持ち主であるベラには遥かに及ばない。
故にこの結果は当然である。
「……何故だ」
仰向けに地に転がりながら、ポツリとツェーレは呟く。
漸く、彼の心情が零れ始めた。
言いたい事は、実は何となくわかってる。
「何故お前の様な者が、あの時居てくれなかったのだ!」
その叫びこそが、彼が僕を見る目に宿っていた苛立ちの正体だ。
でもそんな事は決まってる。
「呼ばれなかったからだよ。僕みたいな存在が、助けも求められずに何かをするもんか。君も、君の父親も、自分で何とかしようとして助けを求める事をしなかった。少なくともね、ザーハックは僕を呼べたんだよ」
僕が一体何なのかを、ツェーレは知らない。
だからこの言葉の正確な意味は理解出来ないだろう。
でももしもっと早くに周囲に相談し、ザーハックまで其れが伝わって居れば、或いは彼等の身に悲劇が降りかかる前に僕が呼ばれていた可能性はある。
そしてその時ならザーハックも魂まで対価にせずに、勇者を何とかして欲しいって願いと、其れなりの対価だけで済んだ筈。
まあ勿論そんなのは今更で、僕が言いたいのは此れからの事だ。
「でもね、巡り合わせで君よりずっと強い僕が此処に居る。此れは降って湧いた幸運だよ。さぁ、言ってみなよ。君は何に命を懸けようとしていた。其れで僕に何をして欲しい?」
心折れるまでボコボコにして無理矢理言わせるなんて悪魔としてどうなのかとは、僕自身も思ってる。
でもツェーレも、そしてミューレーンも、もっと人に頼るべきだろう。
特に、目の前に居る、対価次第で大体の事は叶えてくれる僕に!
「……頼む、あの勇者の力を消してくれ。命懸けで封印する心算だった。でも、オレが失敗したら、次は妹も殺される。だから、助けてくれっ」
漸く引き摺り出した願いに、僕は笑みを浮かべて一つ頷く。
さぁ、願いは聞き出した。
対価は後でゆっくり決めよう。
ツェーレは子供と呼ぶにはギリギリラインなので、あまり値引きをする心算は無いけれど。
「任せると良いよ。何、そんな呪い染みた力はね。神なんて存在よりも僕等の方が扱いは上手いのさ」
そう言って、僕はツェーレの身体を肩に担ぐ。
ミューレーンへの土産も確保したので、胸を張って凱旋だ。
結局、ツェーレの勢力も腕力で傘下に加えてしまった事を、僕はアニスに大いに揶揄われた。
でも久しぶりに再会した兄と妹は、互いにとても嬉しそうだったので、まあ良しだ。
今回はとても良い仕事をしたと思う。
因みについでの話だが、魔界統一も完了である。
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