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第九章『僕と彼女』
107 決戦前夜
しおりを挟む私、アーネ・ミルシェルスの婚約者であるマリアル・ハスタネアは、悪魔王レプトの化身である。
そう、私が聖天使カリエラの化身であるのと同様に。
本体として、初めて彼に会った時に感じたのは、拍子抜け、もっと言ってしまえば軽い安堵と失望だった。
天使の対局とされる悪魔側の最大勢力であるグラーゼン同盟。
その盟主であるグラーゼンの懐刀とされるのが、暴虐の王とも呼ばれる悪魔王レプトである。
悪魔王レプトは気に食わぬ相手なら、例え同じ悪魔王だろうと躊躇いなく撃ち滅ぼす危険な存在だと聞いていたのだ。
なのに実際目の前にした悪魔王レプトは、良く言えば優し気な、悪く言えばとても軟弱そうな悪魔に見えた。
だって盟主であるグラーゼンや私がやって来た事にも気付かずに、己の配下の女悪魔に力を使う様、必死に説得してる真っ最中だったから。
配下の女悪魔が嫌がるのは当然だと思う。
私だって腹心である高位天使のシエルに、悪魔と手を組むなんて危険過ぎると心配されたから。
其れは悪魔側とて同じなのだろう。
けれどもだ。
其れでも王であるならば、ただ一言強く命じたならば、其れで配下は従う筈。
グラーゼンは「友らしい」と笑っていたが、私は此れから共に化身を生み、『悪魔狩りの神性』を打倒する相手として、彼に頼りなさを感じずにはいられなかった。
勿論、噂通りの暴虐ぶりを発揮する様な相手で無くて、安堵したのも確かなのだけれど。
今になって振り返ってみれば、あの時の悪魔王レプトは、恐らく配下の女悪魔に納得して力を使って欲しかったのだ。
彼にとって大事なのは、盟主のグラーゼンでも、聖天使カリエラでも無くて、ましてや私達から自分がどう思われるかすらどうでも良くて、配下の女悪魔だった。
だからこそ彼は、自分にとって大事な者に、ひたすらに誠意を示そうとしたのだろう。
何故なら、私、アーネ・ミルシェルスに対するマリアル・ハスタネアの振る舞いは、とても誠意ある物だったから。
今の私はそう思うのだ。
勿論私達の関係が最初からそうだった訳じゃ無い。
ある程度の覚悟はしていたとは言え、悪魔の化身と婚約関係になっていたのは、私にとっては衝撃だった。
……いや、其れも言い訳である。
カリエラに人間として生きた経験は無かった為、相手が誰であろうと、そう言った関係、つまりは将来的に子を成す関係になるのは衝撃を受けた筈だ。
人間にとって子を産み、次代に繋ぐ事は当たり前の事だけれど、不滅存在である天使にとってはそうじゃないから。
正直に言えば知識はある分、怖かった。
其れに、天使と言う強大な力を持つ存在として接する人間と、人間同士として接するのでは全然違う事も始めて学んだ。
十二歳迄の、マリアルと出会って記憶を取り戻す迄の、単なる人間として生きた経験が無ければ、或いは私は恐怖に潰されていたかも知れない。
生身に感じる人間の欲望とは、それ程に強烈な物だった。
天使としての私なら、どんな視線を向けられようと、宥めて諭し、其れでも駄目なら罰するだろう。
けれども人間としての私が同じ視線を受ければ、其れは此の身を穢し、命さえ奪い得るのだ。
だから最初の頃、接して全く恐怖を感じなかったのが悪魔の化身であるマリアルだったのは、少しばかり皮肉だろう。
彼の私を見る瞳には、当初は気遣いと目的意識だけが見えたから。
そしてその次に両親が来る。
辺境伯爵である父や、其れを支える母は多少苛烈な所があったので、其処だけ少し怖かったが、私は初めて親の愛をこの身に受けて理解した。
素晴らしい物だとは知っていて、説法にも使ったのに、経験した事が無かったなんて。
因みに、兄が私に向けて来る視線は、少しばかり怖い。
故に私は積極的に婚約者であるマリアルの元へと足を運んだ。
すると接して行くうちに、次第に彼の視線には優しさが混じり始めて、態度はあまり変わらないのに、其の量が少しずつ増えて行くのが楽しかった。
だからゆっくり私もマリアルに心を寄せて行ったのだと思う。
其れを意識したのは、私の住むミルシェルス辺境伯爵領に、草原の騎馬民族が攻め込んで来た時の事。
戦争とは人間の欲望の発露だ。
略奪を目的として攻め込んで来た騎馬民族だけでなく、味方である筈の兵士さえその目に殺意と昂ぶりの色を宿す。
私は渦巻く欲に抗う様に、鎧兜を身に纏って戦場へと出る。
自分に力があるのは知っているから、ただ黙って其の欲を見守るより、剣を振って断ち切る方が未だマシだと考えたから。
父は豪快に笑って私の出陣を認め、母は其処までしなくてもと、とても心配げだった。
でも私一人が出た所で、真っ向から戦おうとしない騎馬民族相手の戦況には何の変化も無くて、其れを変えたのがマリアルだ。
「婿殿の御蔭でこの戦は我等の勝利だ」
ハスタネア侯爵家からの援軍が何処に布陣したかの報を受けた父は、そう言って私の肩を叩く。
私はこの状況を終わらせてくれたのがマリアルである事に、彼が優しいだけの人じゃ無かった事に、強い喜びと動揺を覚える。
後になって考えてみれば、其れもやっぱり彼らしい一手ではあったのだけれど、その頃の私は未だ其処まで彼を理解していなかったから。
戦いが終わって半年後、私とマリアルは王都の学院に通う事になった。
学院での出来事で特に私の印象に残るのは、マリアルと、ベルグランデ公爵家嫡子のマイト・ベルグランデの決闘騒ぎだろう。
自領を離れ、王都の学院に入った事で時間に自由の出たマリアルは、私達の目的である神性、ミケーヤの探索活動が多くなる。
令嬢と言う立場から其れに同行できない私は、学院内で彼のフォローを行っていたのだが、其の事を誤解したマイトが怒りを爆発させ、マリアルに『剣での決闘』を申し込んだのだ。
マイトを誤解させたのは、学院内でのフォローが役割である私のミスだった。
慌てて私は誤解であると、決闘なんてとんでもないと言うが、マイトは私が婚約者だからマリアルを庇うのだと言って取り合わない。
そしてマリアルは苦笑いを浮かべ、マイトからの決闘の申し入れを受け入れてしまう。
……私はマリアルが決闘を受けた事に、強い衝撃を覚える。
彼の得意分野は魔術で、魔術を扱えば国に並ぶ者無しと知られているが、剣は正直、お世辞を入れても褒められた腕では無い。
だからこそマリアルは其の決闘を断っても不名誉にはならなかった。
決闘を申し込んだマイト自身も断られる物だと考えて居た様で、その上でマリアルに態度を改める様に言う心算だったのだろう。
マリアルが決闘を受けた事は、余計にマイトを怒らせる。
何故ならマイトは、学院内では其れなりに知られた剣の使い手だったから、マリアルに勝ち目が無いのは明らかだった。
私はマリアルが、敗北を理由に婚約を解消する為、決闘を受けたのではないかと考えてしまう。
互いの記憶が戻った今、もう婚約者である必要は無いと考えられてしまったのではないかと。
だって私は天使の化身で、彼は悪魔の化身なのだ。
もしかしたら本当はずっと、私は疎まれていたのかも知れないと、そんな風に。
そう、そんな弱気な考えを持つ位に彼に心を寄せているのだと、私はこの時自覚した。
なので其れを自覚した私は、マリアルが少しでも苦戦したら、助太刀と称して乱入しようと大剣を携えて決闘を見守る。
例え疎まれていたとしても、こんな形で終わりにはしたくなかったから。
終わるなら、私の出来る限りを尽くした後が良い。
そんな私にマイトは怯み、マリアルの苦笑は深くなったが、結論から言えば、私の考えは杞憂だった。
驚いた事にマリアルは、ただの一度もマイトに優位を取らせずに、剣で圧倒し切って見せたのだ。
後でどうやったのかを聞いてみれば、『生神力』と言う異能で身体制御を行ったのだと言う。
神性であるミケーヤと戦う為に、此の世界に持ち込んだ切り札の一つらしい。
でも彼はそんな切り札をこっそり使ってまで、マイトとの決闘に勝つ事に拘った。
「外に出てる事が多い僕より、彼の方が君の近くに居るからさ。ちょっとズルいかなとは思ったけど、取られるのは絶対嫌だったから、楔を打っとこうかなって思ってね」
恥ずかしそうに、私にそう言いながら。
確かに、彼の行為はマイトに対しては少しズルいかも知れない。
しかし其れは剣に限定した勝負を挑んだ時点で、マイトも同じだ。
私は其れよりも、彼が私を取られまいと必死になってた事が少し、否、とても嬉しくて。
だから私も彼に口付けて、絶対に何処にも行かない様にと楔を打つ。
マリアルと言う人物は、そして恐らく悪魔王であるレプトもそうなのだろうけれども、実力はさて置き、其の精神性は英雄には遠い。
弱いからこそ優しく、臆病だからこそ慎重で思慮深く、勇敢ではないからこそ苛烈なのだ。
彼の戦い方は上手くない。咄嗟の判断にも迷いがある。
故に彼は絶対に勝利出来るまで準備を積み重ね、決して油断はしなかった。
手の内を知られた相手こそを脅威に思うから、勝者の余裕を敗者に見せない。
悪魔王レプトが次々に他の悪魔王を滅ぼしたのも、其れが自分の脅威になると考え、今ならば倒せると冷静に判断したからだろう。
私と彼は明日、神性、ミケーヤとの戦いに赴く。
マリアルが多分勝てると言ったから、勝利は間違いない筈で、其の事への不安は無かった。
彼の多分は確実だ。
此の戦いが終わればマリアルと私は夫婦となるだろう。
其れはとても嬉しくて、でも自分が子供を産む事になるのはやっぱり少し怖い。
けれどもその怖ささえもを、今は楽しみにしている自分が居る。
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