魔王は貯金で世界を変える

らる鳥

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43 勇者の出現

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 人間の国、ロルック王国との戦いに勝利してから十年程が過ぎた。
 彼の国の惨敗を切っ掛けに、東の人間領では餓狼となった人間同士が殺し合う戦乱の嵐が吹き荒れている。
 ワケットから詳細に知らされる彼の地の戦乱の様子は、未だ未だ序盤だが非常に興味深く、また面白い。

 弱ったロルック王国に攻め入る大義名分を作る為に、自国の村を焼いた国が在った。
 食料に困ったロルック王国軍が略奪した風を装う為だ。
 自作自演である事は明白なのだが、証拠は出ない。
 身に覚えのない出来事で非難を受けて宣戦を布告されたロルック王国だったが、前回の敗戦の責任を巡って国が割れ、国内の意思統一が出来ずに対応が後手後手に回っている。

 その動きに同調した国もあり、かと思えば先に奪われてなるものかと妨害に走った国もあった。
 そして『運悪く』その妨害工作で双方の国に大量の犠牲者が出、戦火が少し広がってしまう。
 運の悪い出来事は其れからも続き、広がる怨嗟と疑心暗鬼に、彼の地の国主達は殴られる前に殴る選択を取らざる得なくなって行く。

 実に楽しい。
 優れた王や将の対応や、動きには学ぶ所があるし、その逆に愚か者の行動は時に理屈を超えて全てを台無しにする。
 対岸の火事であり、敵対種族共の内輪揉めであるが故に、我にとってはとても良い娯楽だ。
 彼等が争えば争う程、我等は力を蓄える時を稼げるのだから……。



 だが人間領の争いも、僅か十年で終結した。

「魔王様、ワケット殿よりご連絡です。パルミラ人類国より魔族討伐軍出発、その数は十万と……」
 執事服を纏った男が、我の前で一礼し、報告書を差し出す。
 ……十万か。我は鷹揚に頷いて見せ、受け取った報告書に目を通した。

 ちなみにこの執事服の男だが、一見魔族風には見えるが実は魔族では無い。
 実はこの男の正体は、エシルの町の隣にぽっかりと口を開くダンジョンの、その心臓部であるコアが遠隔で操作する分身体だ。
 数年前にダンジョンに潜った時、コアに話し掛けながら名前の無さを不便に思って名付けた時に出て来た。
 ダンジョンが魔物の一種である事は知っていたが、名付けによる進化が有効だったのには大層驚いたものである。
 此奴は意思疎通が取れるようになったのを大層喜び、それ以来近くに侍りたいと執事の真似事をする様になったのだ。

「ラビス、サーガとワケットに伝えよ。砦に戦力を集中させて防衛準備をせよと」
 迷宮、ラビリンスを短くしてラビス。
 相も変わらず我に名付けのセンスは無いが、ラビス自身がこの名を気に入ってる様なので別に問題も無い。



 まあラビスの事はさて置こう。
 東の人間領で起きた戦乱の嵐は、僅か十年で終結した。
 人間にとって十年は長くとも、我にとっては僅かな年月だ。

 そしてこの短さでの戦乱の終結は、我にとっても予想外の出来事である。
 本来ならば彼の地の戦乱は数十年を掛けて各国が疲弊し、互いに争えぬ様になって終結する筈だった。
 我がそうなる様に干渉して来たのだから。

 しかし最終的には、東の人間領は一つの国が他の全てを併合し、巨大国家が誕生して戦乱を終結させてしまう。
 どの勢力もほぼ等しい戦力を保有しており、疑心暗鬼と怨嗟に染まった心は戦いを止めれよう筈が無かった彼の地。
 そんな場所を統一せしめたのは無論唯人等では無く、神から特別な力を与えられた存在、そう勇者であった。

 何でも旗手の神の加護を受けた勇者らしい。軍隊同士の戦いでは最も力を発揮する加護だ。
 付き従う者の能力を引き上げる象徴を授かった勇者は、時に威光で平伏させ、其れでも怨嗟を捨てずに抗う者は力で潰したらしい。
 そうやって東の人間領を統一した勇者は、時を置かずに魔族討伐軍を組織した。

 強引に統一したとは言え、東の人間領内には未だ未だ火種や不満が燻っている。
 其れ等を解消する為に、勇者として魔族を討伐する務めを果たし、国に権威を齎そうと言うのだろう。
 十万という数は、十年の戦乱に疲弊したあの地では、振り絞った全力だ。
 本気で我等を潰しに来ている。狙いは小さな我が領だけでなく、その背後にある姉の領に違いない。

 我が領が集めれる戦力は凡そ三千。
 並の軍なら充分以上に相手取れる数だが、今回の敵は兵士の能力を上昇させる旗手の勇者が率いていた。
 しかも十年も戦い続け、戦闘経験はこれ以上無い程に摘んだ兵士達をである。
 まともにぶつかれば我が領は大軍に踏み潰されて終わりだろう。
 東の人間領へ行い成功していた筈の策は、たった一人の勇者に全て完全にをひっくり返されたのだ。

 故に、
「だが砦に集まった後は待機だ。命があるまで決して砦から動いてはならぬ。パルミラ人類国軍、勇者が率いる軍へは、我が独りで相手取る」
 勇者が人間に齎した希望を叩き潰すは魔王である我の役目だった。
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