王妃のおまけ

三谷朱花

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「ありがとうございました」
「また、遊びに来てね。今度は泊って行って」

 助手席から顔を出すおばさまの言葉に、しっかりと頷く。

「中森君も一緒に来ていいんだよ」

 運転席からのおじさまの言葉に、少しげそっとなる。

「はい、ぜひ」

 にっこりと笑う中森さんに、遠慮しろ、とだけは思う。

「おじさまとおばさま、気をつけて帰って下さいね」

 私の言葉に、車内がしんみりとなる。

「立夏ちゃんのお式に出ないといけないから、ね」

 おじさまの言葉は冗談だと思うけど、おばさまがクスリと笑ってくれて、しんみりした空気が流れる。

「その時はよろしくお願いします」

 悪ノリするんじゃないと、中森さんの足を踏もうとしたら逃げられた。意外に運動神経もいいらしい。

「それじゃ、またね」

 手を振るおばさまに手を振り返して、進む車を見送る。
 車が見えなくなるまで見送ると、中森さんを見る。

「お付き合いありがとうございました」
「いや。……良かったよ、一緒にいれて」
「はっきり言って、ストーカーだけどね」
「さて、新幹線の切符を買いますか」

 中森さんが話題を変えた。……ストーカーだと思うけどね?

「もう6時だね」

 駅前の時計台を見上げる。駅前が再開発されてずいぶんと変わったと思ったけど、時計台は10年前のままだった。

「6時か……。東京駅まで4時間ぐらいだっけ?」
「4時間まではかからないかな。3時間半くらいじゃない? どうしたの?」
「今日はホテル取ってないから、今から探さないとな、と思って」
「……最終に乗れたりとか」
「ギリギリってところだね」

 ギリギリか。

「うちに泊まる?」

 目を見開いた中森さんが私を振り返る。

「いいの?」
「床に雑魚寝してもらうけどね。ベッドは貸しません」
「いいの?」
「下心を見せたら、それで追い出すけどね?」
「そ……」
「そ?」
「いや、何でもない」
「で、どうするの? ホテルみたいにパジャマとかもないけど」
「……泊まらせてください。で、あの中にきっとパジャマみたいなのは売ってると思うから、買ってくる」

 中森さんが新しくできていた駅ビルを指さす。確かに、売ってそうだ。

「その間、駅ビルの中うろうろしてていい?」

 駅ビルに向かって歩き出した私の問いかけに、中森さんが頷く。

「いいけど」
「高野さんと原田さんにお土産買っていかないと」

 プレゼントをもらったお返しもかねて。

「そっか」

 なぜか嬉しそうにする中森さんに首をひねる。

「何で笑うの?」
「いや、人付き合いすることにしたんだな、と思って」
「ま、おかげさまで」

 確かに、そんな気持ちの変化は、中森さんのおかげだったのだと、思い出す。

「ストーカーだけど、それには感謝してます」
「ストーカーじゃないし」

 拗ねる中森さんに、一応警告しておこう。

「自分の昨日と今日の行動をよーく考えて見て? あんなこと、二度としないで。本当に出入り禁止にするからね」
「……そこまで言わなくても」
「声かければいいでしょ。嫌なら嫌って言うし、いいならいいって言うし」
「……それ、たいてい嫌って言われるやつだよね?」

 ばれたか。私がクスリと笑うと、また中森さんが拗ねた。

 *

「こっちはまた暑さが違うね」

 降り立った東京駅の暑さに、中森さんが首を横に振る。
 確かに乗り込んだ駅とはまた違う暑さの種類だ。ふいに、思い出す。

「名前の由来をマシュー様から聞かれたことがあって」

 一昨日の夜私は尋ねられたから覚えているんだけど。きっと中森さんは知らないだろう。たわいない話だったから。

「唐突だね」
「記憶にはないんでしょ?」
「いや、立夏の名前の由来は、わからないんだったよね?」

 覚えていることに驚く。

「よく、記憶に残ってたね」
「立夏が哀しそうだったから、かな」

 ああ、あの時は、名前の由来を知ることはないと思っていたから。…誰にも必要とされてないと思っていたから。

「で、どうして突然、その話?」
「夏に立ち向かえって」
「え?」
「母がね、おなかの子に向かって、そう言ってたの」

 愛おしそうに、おなかを撫でながら。

「だから、私は立夏なんだと思う。」

 魔女の魂が見たのは、丁度その場面だった。誰かの体に入り込もうと探している途中だった。あの世界へ戻るために。その“立ち向かえ”という言葉がその時の状況と重なって、それで魔女の魂は立夏を選んだ。
 あの世界で異世界の王妃を敬わない人間に立ち向かうために。

「そっか。夏に立ち向かうって意味なのか。……ユニークだけど、立夏にはぴったりな気がする」
「うん」

 私が母に愛されたわずかな記憶。
 私が魔女の魂を持っていなければ、知らなかった記憶。
 母から全く愛されなかったわけではないと、私を認める記憶。
 ただ、母は不器用だっただけなのだ。
 その不器用さが、人を傷つけたけれど。
 そうするほかに生きられない人だったのだ。
 だから、もう囚われる必要はない。

「行こうか」

 中森さんの声に、我に返る。

「ええ」

 出された手は軽く払って進む。

「ひどいな。エスコートしようとしただけなのに」
「ここ日本だからね。エスコートの必要ってないよね」
「練習が必要かと思ったんだけど」

 練習?

「何の?」
「お式?」

 ニヤリと笑う中森さんを無視して進む。

「勝手に言ってれば」
「言ってる」
「あんまり言ってると泊めないよ」
「えー……」
「ほら、うちに行くんなら、さっさと歩く!」

 不満そうな中森さんを見ながら、笑いが漏れる。
 中森さんとの関係がどうなるのかなんて、わからない。
 少なくとも、居心地のいい関係ではあるけれど。
 まだ、答えは出せない。
 ただ、後悔がないようにはしたいと思う。

 人は、いつ死ぬかわからないから。その運命は、誰にも分らないから。
 だけど、王妃のおまけだった時のように、自分の行動を制限されているわけではないから。
 だから、私が死ぬときに、後悔がないように生きたいと思う。
 それが、残された私にできることだから。

 完
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