とりあえず天使な義弟に癒されることにした。

２３

「坊ちゃま。何を言われているのです？　お嬢様の言いがかりですわ」
「ミリッツァ。証拠はあるんだよ？」

　ティエリの言葉に、ビクリとミリッツァが体を揺らす。

「な、何のことでしょうか？」
「ドレスなら、証拠として残しているんだよ。義姉上が着る予定のドレスに細工をできる人間は、多くはないんだ。何しろ、義姉上は身の回りにほとんど人を置こうとしないからね。だけど、義姉上が傍に置くと決めたミリッツァを一方的に引き離すわけにもいかなくて、今までは追及することもしなかった。だけど、義姉上が追及すると決めたんなら、私だって……ミストラル伯爵家だって、ミリッツァの罪について許しはしないよ」

　身長は超えられているとは言え、まだ12歳のはずのティエリの背中が、とても頼もしく見える。

「坊ちゃま。何をおっしゃっているのです？　私は何も！」

　余裕のあったミリッツァの顔が青いを通り越して白くなっている。
　この世界で破れたドレスがあったとして、どれだけの証拠能力があるかわからないけど、雇い主であるミストラル伯爵家が犯人だと認めれば、もうミリッツァは犯人にしかならないだろう。
　元はと言えば、昔のサシャの行いのせいで、今回のことが引き起こされたとも言えるわけで、ミリッツァは被害者とも言えるんだけど。

「ニルスのために復讐をして、ニルスは喜んでくれたのかしら？」

　ミリッツァの喉の奥が、ヒッと鳴る。
　目を見開いた視線が、ティエリの後ろから体をずらした私を射抜く。

「ミリッツァ。確かに私は、昔、とんでもなく最悪で最低なことばかりしていたと思うわ。本当にごめんなさい。だけど、それから心を入れ替えたの。それでも、ミリッツァの気は済まないかしら？　私が、ニルスに謝罪すれば、納得してくれるのかしら？」

　淡々と告げれば、ミリッツァがブルブルと体を震わせた。

「許せですって？！　許せるわけがないでしょう！　ニルスは、ニルスはあんたのせいで、身を落として行方知らずになってしまったわ！　あんたが意地悪なんかしなければ、ニルスだってここでずっと働いていけたのに！」

　私を睨むミリッツァの顔が赤くなる。
　簡単に許せるなら、ここまで恨みをこじらせてなんてないよね。
　私は何も言えずに、目を伏せた。

「だけど、それとこれとは別問題だ。主に怪我を負わせたのだったら、その責任は負わないといけないよね」

　ティエリの言葉に、ハッとする。
　私は慌ててティエリの腕をつかんだ。

「お願いティエリ！　このことは黙っておいて！　これでミリッツァを解雇したら、ミリッツァの恨みだけが残るだけだわ！　私は別に……ミリッツァのことを恨んではないもの！」

　それは、正直な気持ちだった。
　もちろん、意地悪されて嬉しいわけじゃなかったけど、私にとっては過剰な接触をされないミリッツァと作り上げた関係性の方が、楽だった。
　これから新しい侍女がついて、こんなに構われないでいられるのかはわからないし。
　ミリッツァはいつもいつも毒づいているから、こんなものなんだ、と耐性もついてるし。
　ティエリが眉を下げてため息をつく。

「義姉上、お人よし過ぎます」
「だとしても！　……ミリッツァがもうここで働きたくないというのならば、別だけど……解雇するのは辞めて頂戴」
「義姉上はこう言っているけど、ミリッツァはどうしたい？」

　ティエリと同時にミリッツァに視線を向けると、ミリッツァが呆然と私を見つめていた。

「ミリッツァ？」
「あんた、馬鹿なの？」

　ミリッツァが呆れたように吐き捨てた。