死ぬまでの暇つぶしにパリ巡りでも

ほか

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第12章 大幅な遅れをお詫びいたします

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「おかげさまで、世の中になんかひとかけらの未練もねーんだよ」



 赤く染まった床に、ロジェは父の頭を押し付ける。



「ただあんたの汚れた手の代わりを果たす命なんか、惜しくもなんともない」



 逃れる隙を探るその目に届かなくとも。



「こんな返り血と薬にすさんだ心臓なんか、くれてやる」



 抵抗し続けるつもりだった。



「だがその前に」



 惜しいのは、たった一つだけ。



「プレヌに手を出すというなら――この手であんたを切り裂く」



 ロジェは懐から光るものを取り出した。

 激怒というより、泣いているような面差しの横を、それが横切る。



 鋭い音とともに、ナイフが交り合う。



 ゼフェルも身体にナイフを忍ばせていた。

 交わった二つのナイフが一度互いを跳ね返す。

 刹那。




 小さな袋が宙を舞った。

 アヘンの中、かすかに香る、すみれの砂糖漬け。

 回転し舞うそれに、ロジェがわずかに手を伸ばす。

 わずかなその隙をゼフェルは逃さない。

 もう一方の手の先のナイフが跳ね飛ばれ、その胸に父のナイフが迫りくる。

 

 躊躇なくロジェはその切っ先を素手で握り込んだ。



 ほとばしる鮮明な血にわずかに目を見開いた父のその胸を、蹴り上げる。

 

 父は床に倒れた。



 覚悟した反撃はなかった。

 倒れた身体に近寄って確認すると、さきほど巻いたアヘンの瓶のガラスの破片が頭に深々と突き刺さっている。



 かすかに息はあるが、気を失っている。

 しとめるか。

 わずかに逡巡し、ナイフを振り上げたそのとき。




『エスポールには人殺しなんか似合わないわよ』




 天啓のように蘇る言葉と焦げ付くような異臭が、ロジェの手を押し留める。

 この男の言っていた拷問という言葉が脳裏にちらつく。



 火刑は外だ。

 庭のどこか――。



 ナイフを振り降ろし懐にしまうと、ロジェは駈け出した。
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