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第2章 あじさい革命
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宴も終盤に差し掛かった頃、リカルドは会場を離れ、東棟の執務室への回廊を歩んでいた。
母から直々の呼び出しである。
回廊から見える三日月は澄み渡り、庭園の泉を照らし出している。
色々とお小言を喰らう覚えならばあるが、せっかく気分のいい今宵くらいは、そうっとしておいてほしいものである。
泉に溶け込んだ月は紅の照明を反射して、揺れる。
まるで鬼百合のような、苛烈な橙。
愛しい婚約者の髪色だ。
知らず緩む口元を努めて引き締める。
今宵の彼女も一見、いや百見くらいには値する艶やかさだった。
白い肌によく生えるバーミリオンのドレスは人々を圧倒していたし、口をついて出た家庭小説への意見は、本人も失態だと落ち込んでいたが、十二分な説得力を持ち。
なによりシェンデルフェールの侮辱に対して、我がことよりも真っ先に婚約者に駆け寄り心配する隠れた人の好さ。
無論うぬぼれてなどいない。
彼女の好意はこれからがっつり勝ち獲にいくのだ。
まだ、今のところは好きでもなんでもないリカルドに対しても。
そして母にすげなく嘆願をはねのけられた少女に対しても向けられる、慈愛の眼差し。
ほんとうは優しい円居が大好きなのに、野生を装って牙を剥く子猫のようで、好感しかない。
「リシャール。なにをにやけているのですか」
気付いたら扉を開けて見参していたようだ。
「失礼しました母上。お話を拝聴します」
「用件はわかっているはずです」
ソファにかけるよう、センスで示し、母はリカルドの正面に腰かける。
「あなたと彼女との出会い方を追及するのはよしましょう。早急に問題にすべきはそこではないからです」
眇められたライラックの瞳に、リカルドは微笑みで対峙する。
「どういうつもりです。常識的に考えて皇室に元娼婦の女を上げるわけにはいかないのは明らか。国民の信頼を裏切ります」
「その国民に娼婦や下層の人々は含まれないのですか」
「わたしはそのようなことを言っているのではありません」
ぴしゃりと言った後、王妃はわずかに口元を歪める。目元に苦渋の皺が寄った。
「あなた自身もいばらの道を歩むことになるのですよ。一国の王子が下町のそんなところに出入りしていたなど」
「お言葉ですが」
ソファから立ち上がり脇へ退いて、リカルドは敬礼する。
「わたしは母上に教育された通り、最善の選択をしたつもりです。一国を背負う運命に耐えうる女性を選べという言いつけに従ったのみ。一身の栄誉などもののうちでも」
あくまで堂々たる姿勢を崩さない息子に、王妃は深々と吐息をついた。
「あなたは理想主義過ぎるのです。一国の主にするには」
開き直りにはいつでも確固たる根拠があることを知っているからなおさら、あなたは始末が悪い。
ふいに漏らしたその言葉をリカルドは耳ざとく捕らえる。
「聡明な母上のことです。彼女を婚約者に望む根拠も、今宵、存分におわかりいただけたのでは」
そう告げた瞬間、王妃の薄紅の唇にはかすかに、だがたしかな一振があった。
「自身が娼婦だとなじられた時、彼女が弁明しようとしたのは自身のことではなかった」
リカルドの踏み出した一歩は前に向く。
「あの様子を見ても、パエリエが穢れていると言えますか」
しばし沈黙し、王妃はよろめきを隠すようにソファに腰かける。
「……あなたにはまだ、わからないでしょうか」
おや、とリカルドはかすかに目を見開く。
疲れたような目の奥の、意地っ張りな少女のような憤り。
抑えた色の頬紅に散らした控えめのはずのシャドウが光度を増している。
そこに垣間見えるのは、堅牢な理性の中に灯る隠し切れぬ情熱。
息子は知っていた。
これは、お忍びで出かけた街中で、あるいは百花繚乱の庭で、おきにいりの一品を見つけてはしゃぎたい自分を懸命に抑えている時の母の顔だと。
「純白な花弁ほど、他の何色にも穢されたくない心理というのもまた、存在するものなのです」
瞬間的な休息の内にそう言い置いて、王妃はその場を辞した。
母から直々の呼び出しである。
回廊から見える三日月は澄み渡り、庭園の泉を照らし出している。
色々とお小言を喰らう覚えならばあるが、せっかく気分のいい今宵くらいは、そうっとしておいてほしいものである。
泉に溶け込んだ月は紅の照明を反射して、揺れる。
まるで鬼百合のような、苛烈な橙。
愛しい婚約者の髪色だ。
知らず緩む口元を努めて引き締める。
今宵の彼女も一見、いや百見くらいには値する艶やかさだった。
白い肌によく生えるバーミリオンのドレスは人々を圧倒していたし、口をついて出た家庭小説への意見は、本人も失態だと落ち込んでいたが、十二分な説得力を持ち。
なによりシェンデルフェールの侮辱に対して、我がことよりも真っ先に婚約者に駆け寄り心配する隠れた人の好さ。
無論うぬぼれてなどいない。
彼女の好意はこれからがっつり勝ち獲にいくのだ。
まだ、今のところは好きでもなんでもないリカルドに対しても。
そして母にすげなく嘆願をはねのけられた少女に対しても向けられる、慈愛の眼差し。
ほんとうは優しい円居が大好きなのに、野生を装って牙を剥く子猫のようで、好感しかない。
「リシャール。なにをにやけているのですか」
気付いたら扉を開けて見参していたようだ。
「失礼しました母上。お話を拝聴します」
「用件はわかっているはずです」
ソファにかけるよう、センスで示し、母はリカルドの正面に腰かける。
「あなたと彼女との出会い方を追及するのはよしましょう。早急に問題にすべきはそこではないからです」
眇められたライラックの瞳に、リカルドは微笑みで対峙する。
「どういうつもりです。常識的に考えて皇室に元娼婦の女を上げるわけにはいかないのは明らか。国民の信頼を裏切ります」
「その国民に娼婦や下層の人々は含まれないのですか」
「わたしはそのようなことを言っているのではありません」
ぴしゃりと言った後、王妃はわずかに口元を歪める。目元に苦渋の皺が寄った。
「あなた自身もいばらの道を歩むことになるのですよ。一国の王子が下町のそんなところに出入りしていたなど」
「お言葉ですが」
ソファから立ち上がり脇へ退いて、リカルドは敬礼する。
「わたしは母上に教育された通り、最善の選択をしたつもりです。一国を背負う運命に耐えうる女性を選べという言いつけに従ったのみ。一身の栄誉などもののうちでも」
あくまで堂々たる姿勢を崩さない息子に、王妃は深々と吐息をついた。
「あなたは理想主義過ぎるのです。一国の主にするには」
開き直りにはいつでも確固たる根拠があることを知っているからなおさら、あなたは始末が悪い。
ふいに漏らしたその言葉をリカルドは耳ざとく捕らえる。
「聡明な母上のことです。彼女を婚約者に望む根拠も、今宵、存分におわかりいただけたのでは」
そう告げた瞬間、王妃の薄紅の唇にはかすかに、だがたしかな一振があった。
「自身が娼婦だとなじられた時、彼女が弁明しようとしたのは自身のことではなかった」
リカルドの踏み出した一歩は前に向く。
「あの様子を見ても、パエリエが穢れていると言えますか」
しばし沈黙し、王妃はよろめきを隠すようにソファに腰かける。
「……あなたにはまだ、わからないでしょうか」
おや、とリカルドはかすかに目を見開く。
疲れたような目の奥の、意地っ張りな少女のような憤り。
抑えた色の頬紅に散らした控えめのはずのシャドウが光度を増している。
そこに垣間見えるのは、堅牢な理性の中に灯る隠し切れぬ情熱。
息子は知っていた。
これは、お忍びで出かけた街中で、あるいは百花繚乱の庭で、おきにいりの一品を見つけてはしゃぎたい自分を懸命に抑えている時の母の顔だと。
「純白な花弁ほど、他の何色にも穢されたくない心理というのもまた、存在するものなのです」
瞬間的な休息の内にそう言い置いて、王妃はその場を辞した。
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