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2章 近からず、遠からず
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クリスマスに遊ぼうとの誘いが月子から入った。サークルは年越しの新年会までイベントはない。富士見と佑にも声を掛けたから、暇ならうちに来ないかとのことだった。悲しいかな、クリスマスだからといって特別な予定もなかったので、瑞希はその場で承諾した。
「せっかくだから、プレゼント交換しよーよ。全然、高いものじゃなくていいから」
月子は二千円までと予算を告げると、「また連絡するから!」と電話を切った。どうやら、今日もこれからバイトだそうだ。この人は、止まると逆に疲れを覚えるタイプの人種だ。改めて思った。
十二月二十五日はちょうど終業式の日だったので、午前で日程が終わると、そのまま佑と駅に向かった。もともとあまり雪の降らない地域のため、風は冷たいがホワイトクリスマスは今年も望めそうにない。
「寒いのに雪が降らないって、ちょっと損した気分ですね」
単純な台詞を、白い息にして佑が吐いた。しかし瑞希は雪というものにあまり縁がない。
「江雲の人は雪に慣れてないんだから、積もったりしたら大変じゃない」
交通網の話をしたつもりが、彼は首を傾げた。
「積もったら、雪だるま作って遊べるじゃないですか」
一人で作る気かと言いかけたが、こいつは一人でも作って遊ぶだろう。その姿は容易に想像できる。その暁にはぜひ誘わないでほしい。
電車を降りて改札を出ると、寒そうに足踏みをしながら待っている富士見の背が見えた。「富士さーん!」佑が大声で呼び、手を振りつつ駆け寄った。たちまち頭を軽く小突かれて照れ笑いしている。大声出すなとでも言われたのだろう。
「月子さんの家、行ったことあるんですか」
三人で歩きながら瑞希が訊くと、富士見は軽くかぶりを振った。
「ないけど、大体の場所はわかるよ。近くに学部の友だちが住んでるから」
予めスマートフォンのマップに住所を登録していたようだ。彼はそれを見ながら先導する。
「富士さんて、学部どこでしたっけ」
「工学の情報」
「へえー、似合ってる!」
「どういう意味だよ」
いつも通りふざける佑の横で、瑞希は知らない町の景色を見渡した。大学が近いせいか、背の低いアパートがあちこちに建っている。学生狙いの居酒屋やラーメン屋、スーパーなどがその間を埋めていて、住みやすそうな町だ。
十分ほど歩き、クリーム色の外壁のアパートに辿り着いた。三階建てで新築ではなさそうだが、こざっぱりとしている。一階の玄関口に取り付けられた数字盤に「201」と富士見が入力し、呼び出しボタンを押す。すぐさま「はーい!」と元気な月子の声が聞こえてきた。
「つっこさん、開けてくれー」
「その声はキヨだね。おっけー!」
閉まっていた玄関扉の鍵が空く音がした。エントランスに入り、階段で二階に上がる。すぐそこのチャイムを押すと、いきおいよくドアが開いた。赤と緑のクリスマスカラーのボーダー柄が可愛らしいセーターに、青いジーンズを履いた月子が出迎える。
「おっす、三人さん。待ってたよ。どうぞー」
口々にお邪魔しますと挨拶をし、靴を脱いで廊下に上がる。まっすぐ伸びる廊下の右側にコンロとシンクのキッチンがあり、左手にはドアがある。月子は三人の前で両手を広げて立ちはだかると、そのドアを指さした。「まずは手洗ってー。じゃないと通しません」
ドアの向こうは洗面所だった。奥には風呂場とトイレの扉がある。母親に見張られる子どものように、三人は並んで手を洗う。
「つっこさん、似合ってますね。クリスマスだ!」
「でしょでしょ。去年買ったんだけど、あたしのお気に入り!」
佑に褒められ、月子はセーターのすそを両手で伸ばしながら顔を綻ばせた。
無事に月子の許可をもらい、廊下の奥の部屋に入る。思わず三人は、「おおー」と声をあげた。
八畳ほどの広さの部屋は、まるでおもちゃ箱のようだった。壁際にはベッドと小さな机に椅子。床にはグレーを基調とした北欧風のラグが敷かれ、中央には炬燵がある。家具は少ないが、壁には東南アジアを連想させる鮮やかな模様のタペストリーが飾られ、机には犬や猫をモチーフにした木彫りの置物が並んでいる。テレビの代わりに小ぶりなコンポがあり、床には様々な本が積まれていた。英文科在籍の彼女らしく、洋書の背表紙もちらほらと見られる。
雑多なように見えて、不思議とまとまっている部屋だった。絶妙なバランスで整っている。月子は随分センスの良い人なんだと、三人揃って納得した。
「月子さん、センスいいですね」
「ほんと? 嬉しいなあ」
瑞希がしみじみ言うと、彼女は壁のタペストリーに触れた。
「大したもんはないんだけどね。リサイクルショップとかあちこち巡って、安いもの探しまくって」
「今日、俺の部屋にしなくて正解だったなあ」
富士見が安堵のため息をついた。
「じゃ、荷物置いて。あたし、お鍋持ってくる。……あ、ずっきーはこっちで、ゆうゆうはこっちね」
炬燵の対面を指し示す。「先輩後輩、混ぜこぜの方がいいでしょ」今更だとは思ったが瑞希は大人しく月子に従い、佑は彼女の向かいに鞄を下ろした。彼の右手側が富士見、左手側が月子の席だ。
炬燵の上では、電気コンロがすでに熱を発していた。湯の沸いた鍋を両手で抱えて持ってくると、月子はその上に置く。
瑞希と佑はあらかじめ買っていたスナック菓子を取り出し、富士見は缶ビールの六本入りパックを出した。やけに大きな鞄だと思っていたが、まさかビールが入っていたとは。月子は二本取り出して炬燵に置くと、残りを冷蔵庫にしまった。
「なんか、悪いっすね。準備させて」
各々席に着きながら富士見が言うと、鍋の中に肉や野菜をひょいひょいと入れながら「いーのいーの」と月子は言った。「昼間っからみんなで鍋囲むなんて贅沢、あたしも楽しみだったし」
月子と富士見はコップにビールを注ぎ、瑞希と佑は烏龍茶を注ぐ。鍋がぐつぐつと煮える頃、乾杯をした。
蓋を取ると、まっ白な蒸気が立ち昇る。「うわー」と佑が子どもじみた歓声を上げ、富士見の眼鏡が一瞬で曇るのを見て笑った。
白菜、水菜、しめじに肉団子。さつまいもは月子の好みらしい。ポン酢を入れた取り皿に分けて、箸をつける。
「クリスマスに鍋って思ったけど、美味しいねえ」
月子の言う通り、寒い冬に温かな炬燵で食べる鍋は格別だった。腹が温もるとともに、他愛ないお喋りも弾む。白菜はシャキシャキとしていて、さつまいもはほんのり甘い。いくらでも食べられそうな気がする。
「そういえば、月子さん。本って、ここにあるのだけですか」
ふと、瑞希は部屋のあちこちに積まれている本を見渡した。月子はサークルの長らしく小説の造詣に深いから、てっきり本だらけの部屋に住んでいるのだと想像していた。
「そんなまさか。ゆうゆう、後ろのクローゼット開けて」
月子に言われ、佑は皿と箸を置いて後方ににじり寄り、壁に埋め込まれたクローゼットの引き戸を引いた。服が吊り下げられたその中に、蓋の開いた段ボール箱が一つ置いてある。
「その段ボールに、読んだ本突っ込んでるんだ」
「ほんとだ! いっぱい入ってる」中を覗き込んで佑が声をあげる。
「そんで、溜まってきたら実家に送るの。うちの二階の床、そろそろ抜けるかもね」
「電書にしたらいいんじゃないすか。場所取らないし」
富士見が提案するが、月子は口を尖らせて却下した。
「電子書籍は温もりがないの! あの紙の感触とにおいがいいんじゃん」
「それ、なんとなくわかります。やっぱり紙じゃないと」
「ずっきーは流石だね。ほら、そこの肉団子食べていいよ」
白菜の下に隠れていた肉団子を、瑞希は箸でつまんだ。
半分以上中身が減った頃、「そういえば」と富士見が問いかけた。
「瑞希ちゃん、もう応募できたの。確か締切りが十二月末だったよね。ほら、なんてったっけ……」
「新時代小説新人賞」何故か佑が代わりに返事をした。
「そうそれ」
「もう完成してるんですけど……もう一度、誤字がないか探したくって」
「僕が探しますよ!」
「ぎりぎりになっちゃうけど、三十日ぐらいに送ると思います」
無視された佑を見て月子が笑った。
「今はネットで応募できるから、いい時代だよね。キヨは最近どうなの。サイトに掲載してるんだよね」
「あー、それが、こないだひと悶着あって。俺の作品の感想欄が荒らされたんすよね」
「そんなことあるんです?」
白菜の最後の一枚をポン酢につける佑に、富士見は頷いた。
「あるよ。あちこち無差別に荒らしてるやつみたいでさ。ゴミをネットに垂れ流すなとかさ。もう削除したけど」
「富士さんターゲットにされたんすね」くすくすと笑う。「うける」
「なんでだよ」
「ま、そういうのには、いつか天罰が下るよ。神様は見てるんだから」
月子はおばあちゃん子らしく神様の話を出し、「お鍋下ろそうか」と空の鍋に蓋を乗せた。
「せっかくだから、プレゼント交換しよーよ。全然、高いものじゃなくていいから」
月子は二千円までと予算を告げると、「また連絡するから!」と電話を切った。どうやら、今日もこれからバイトだそうだ。この人は、止まると逆に疲れを覚えるタイプの人種だ。改めて思った。
十二月二十五日はちょうど終業式の日だったので、午前で日程が終わると、そのまま佑と駅に向かった。もともとあまり雪の降らない地域のため、風は冷たいがホワイトクリスマスは今年も望めそうにない。
「寒いのに雪が降らないって、ちょっと損した気分ですね」
単純な台詞を、白い息にして佑が吐いた。しかし瑞希は雪というものにあまり縁がない。
「江雲の人は雪に慣れてないんだから、積もったりしたら大変じゃない」
交通網の話をしたつもりが、彼は首を傾げた。
「積もったら、雪だるま作って遊べるじゃないですか」
一人で作る気かと言いかけたが、こいつは一人でも作って遊ぶだろう。その姿は容易に想像できる。その暁にはぜひ誘わないでほしい。
電車を降りて改札を出ると、寒そうに足踏みをしながら待っている富士見の背が見えた。「富士さーん!」佑が大声で呼び、手を振りつつ駆け寄った。たちまち頭を軽く小突かれて照れ笑いしている。大声出すなとでも言われたのだろう。
「月子さんの家、行ったことあるんですか」
三人で歩きながら瑞希が訊くと、富士見は軽くかぶりを振った。
「ないけど、大体の場所はわかるよ。近くに学部の友だちが住んでるから」
予めスマートフォンのマップに住所を登録していたようだ。彼はそれを見ながら先導する。
「富士さんて、学部どこでしたっけ」
「工学の情報」
「へえー、似合ってる!」
「どういう意味だよ」
いつも通りふざける佑の横で、瑞希は知らない町の景色を見渡した。大学が近いせいか、背の低いアパートがあちこちに建っている。学生狙いの居酒屋やラーメン屋、スーパーなどがその間を埋めていて、住みやすそうな町だ。
十分ほど歩き、クリーム色の外壁のアパートに辿り着いた。三階建てで新築ではなさそうだが、こざっぱりとしている。一階の玄関口に取り付けられた数字盤に「201」と富士見が入力し、呼び出しボタンを押す。すぐさま「はーい!」と元気な月子の声が聞こえてきた。
「つっこさん、開けてくれー」
「その声はキヨだね。おっけー!」
閉まっていた玄関扉の鍵が空く音がした。エントランスに入り、階段で二階に上がる。すぐそこのチャイムを押すと、いきおいよくドアが開いた。赤と緑のクリスマスカラーのボーダー柄が可愛らしいセーターに、青いジーンズを履いた月子が出迎える。
「おっす、三人さん。待ってたよ。どうぞー」
口々にお邪魔しますと挨拶をし、靴を脱いで廊下に上がる。まっすぐ伸びる廊下の右側にコンロとシンクのキッチンがあり、左手にはドアがある。月子は三人の前で両手を広げて立ちはだかると、そのドアを指さした。「まずは手洗ってー。じゃないと通しません」
ドアの向こうは洗面所だった。奥には風呂場とトイレの扉がある。母親に見張られる子どものように、三人は並んで手を洗う。
「つっこさん、似合ってますね。クリスマスだ!」
「でしょでしょ。去年買ったんだけど、あたしのお気に入り!」
佑に褒められ、月子はセーターのすそを両手で伸ばしながら顔を綻ばせた。
無事に月子の許可をもらい、廊下の奥の部屋に入る。思わず三人は、「おおー」と声をあげた。
八畳ほどの広さの部屋は、まるでおもちゃ箱のようだった。壁際にはベッドと小さな机に椅子。床にはグレーを基調とした北欧風のラグが敷かれ、中央には炬燵がある。家具は少ないが、壁には東南アジアを連想させる鮮やかな模様のタペストリーが飾られ、机には犬や猫をモチーフにした木彫りの置物が並んでいる。テレビの代わりに小ぶりなコンポがあり、床には様々な本が積まれていた。英文科在籍の彼女らしく、洋書の背表紙もちらほらと見られる。
雑多なように見えて、不思議とまとまっている部屋だった。絶妙なバランスで整っている。月子は随分センスの良い人なんだと、三人揃って納得した。
「月子さん、センスいいですね」
「ほんと? 嬉しいなあ」
瑞希がしみじみ言うと、彼女は壁のタペストリーに触れた。
「大したもんはないんだけどね。リサイクルショップとかあちこち巡って、安いもの探しまくって」
「今日、俺の部屋にしなくて正解だったなあ」
富士見が安堵のため息をついた。
「じゃ、荷物置いて。あたし、お鍋持ってくる。……あ、ずっきーはこっちで、ゆうゆうはこっちね」
炬燵の対面を指し示す。「先輩後輩、混ぜこぜの方がいいでしょ」今更だとは思ったが瑞希は大人しく月子に従い、佑は彼女の向かいに鞄を下ろした。彼の右手側が富士見、左手側が月子の席だ。
炬燵の上では、電気コンロがすでに熱を発していた。湯の沸いた鍋を両手で抱えて持ってくると、月子はその上に置く。
瑞希と佑はあらかじめ買っていたスナック菓子を取り出し、富士見は缶ビールの六本入りパックを出した。やけに大きな鞄だと思っていたが、まさかビールが入っていたとは。月子は二本取り出して炬燵に置くと、残りを冷蔵庫にしまった。
「なんか、悪いっすね。準備させて」
各々席に着きながら富士見が言うと、鍋の中に肉や野菜をひょいひょいと入れながら「いーのいーの」と月子は言った。「昼間っからみんなで鍋囲むなんて贅沢、あたしも楽しみだったし」
月子と富士見はコップにビールを注ぎ、瑞希と佑は烏龍茶を注ぐ。鍋がぐつぐつと煮える頃、乾杯をした。
蓋を取ると、まっ白な蒸気が立ち昇る。「うわー」と佑が子どもじみた歓声を上げ、富士見の眼鏡が一瞬で曇るのを見て笑った。
白菜、水菜、しめじに肉団子。さつまいもは月子の好みらしい。ポン酢を入れた取り皿に分けて、箸をつける。
「クリスマスに鍋って思ったけど、美味しいねえ」
月子の言う通り、寒い冬に温かな炬燵で食べる鍋は格別だった。腹が温もるとともに、他愛ないお喋りも弾む。白菜はシャキシャキとしていて、さつまいもはほんのり甘い。いくらでも食べられそうな気がする。
「そういえば、月子さん。本って、ここにあるのだけですか」
ふと、瑞希は部屋のあちこちに積まれている本を見渡した。月子はサークルの長らしく小説の造詣に深いから、てっきり本だらけの部屋に住んでいるのだと想像していた。
「そんなまさか。ゆうゆう、後ろのクローゼット開けて」
月子に言われ、佑は皿と箸を置いて後方ににじり寄り、壁に埋め込まれたクローゼットの引き戸を引いた。服が吊り下げられたその中に、蓋の開いた段ボール箱が一つ置いてある。
「その段ボールに、読んだ本突っ込んでるんだ」
「ほんとだ! いっぱい入ってる」中を覗き込んで佑が声をあげる。
「そんで、溜まってきたら実家に送るの。うちの二階の床、そろそろ抜けるかもね」
「電書にしたらいいんじゃないすか。場所取らないし」
富士見が提案するが、月子は口を尖らせて却下した。
「電子書籍は温もりがないの! あの紙の感触とにおいがいいんじゃん」
「それ、なんとなくわかります。やっぱり紙じゃないと」
「ずっきーは流石だね。ほら、そこの肉団子食べていいよ」
白菜の下に隠れていた肉団子を、瑞希は箸でつまんだ。
半分以上中身が減った頃、「そういえば」と富士見が問いかけた。
「瑞希ちゃん、もう応募できたの。確か締切りが十二月末だったよね。ほら、なんてったっけ……」
「新時代小説新人賞」何故か佑が代わりに返事をした。
「そうそれ」
「もう完成してるんですけど……もう一度、誤字がないか探したくって」
「僕が探しますよ!」
「ぎりぎりになっちゃうけど、三十日ぐらいに送ると思います」
無視された佑を見て月子が笑った。
「今はネットで応募できるから、いい時代だよね。キヨは最近どうなの。サイトに掲載してるんだよね」
「あー、それが、こないだひと悶着あって。俺の作品の感想欄が荒らされたんすよね」
「そんなことあるんです?」
白菜の最後の一枚をポン酢につける佑に、富士見は頷いた。
「あるよ。あちこち無差別に荒らしてるやつみたいでさ。ゴミをネットに垂れ流すなとかさ。もう削除したけど」
「富士さんターゲットにされたんすね」くすくすと笑う。「うける」
「なんでだよ」
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