なばり屋怪奇譚

柴野日向

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2章 モクリコクリの冒険

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 海岸にほど近い駅のホームは、人でごった返していた。駅を出て、軽く傾く陽を左手に見ながら防波堤を沿う道を行く。同じ方角を目指して歩く人々。通行止めがされた道の先では、向かい合った屋台が二列に並んでいた。その前には砂浜と海が広がり、夏祭り会場は大勢の観客で賑わっている。
「すげー! 祭りだからってこんなに集まるのか」
「日が暮れたら花火も上がるらしいから。この海岸が一番よく見えるんだって」
 防波堤に貼られていたチラシの情報を晴斗は口にする。椅子やテーブルの並ぶ有料区域まであるらしい。随分な規模だ。
 忘れないうちに、双子への土産を選ぶ。わたあめ、くじ引き、射的。足を止めたのは、お面屋だった。人気のキャラクターものが並ぶ中、少し異質な狐の面を二つ買う。白塗りの顔に赤い隈取の狐の顔。少し迷ったが、二枚重ねて頭に斜めがけした。
「あ、あれ、村の祭りでも見たことあるぞ」
 シイが小さな指でさす方向には、りんご飴の屋台があった。りんごだけでなく、いちごや桃といった果物も飴に包まれて並んでいる。
「なあ、買ってきてくれよ。金出すからさ」
 例の如く、尻尾から硬貨を数枚取り出す。それを受け取り、晴斗は飴に包まれたいちごを買った。いちご飴、というのだろうか。
 砂浜に下りる石段に腰掛けた。右手にいちご飴の棒を握ると、左膝にちょこんと腰掛けたシイが手を添えて飴を食べる。実に美味そうにぺろぺろと舐め、細かな歯で齧る。足りないかとも思ったが、小さなモクリコクリにはこの大きさで十分だったようだ。
「うまいな。うん、うまい」
「村では食べたことなかったの」
「りんごしかないな。それしか売ってないんだ」
 目を輝かせながら、シイは晴斗を見上げる。「ほら、晴斗も少し食えよ」
「いいよ。遠慮しとく」
「そう言うなって」
「いいってば。それに僕の一口で全部なくなっちゃうよ」
 はっとして、シイは彼といちご飴を交互に見つめる。「それは困るな」神妙に呟く姿がいやにおかしい。
 やがてシイはいちご飴を食べきった。べたつく長いひげをこすり、手をぺろぺろと舐める。余程美味しかったようだ。
「さて」棒切れをゴミ箱に捨てると、シイは宙返りをした。「そろそろやるか」
「やるって何を」
「人間を脅かすんだよ。見てろよ、オレさまの実力」
「やめなって」晴斗はシイに手を伸ばしたが、彼はその手からするりと抜け出した。
「思いっきりびびらせてやる」
 言い残すや否や、近くを通りかかった大学生風の女性のそばに飛んでいく。尻尾の先でその頬をこちょこちょとくすぐる。
 しかし、手元のスマートフォンに首ったけの彼女は、鬱陶しそうにシイを払った。正確には彼のいる宙をかいたのだが、驚く素振りなど微塵もない。
「おい、こっちを見ろ」
 今度は人間にも聞こえる声をかける。それでも彼女は顔をあげない。彼女がワイヤレスイヤホンを耳にはめていることに、近くで見守る晴斗も気が付いた。
「こっち見ろっつーの!」
 叫び声は雑踏にかき消えるだけ。
 晴斗が自分の耳をつついて教えると、シイもこれが自分の声を邪魔している物体であることを悟ったようだった。なんと大胆にも姿を現し、彼女の左耳からそのイヤホンを引き抜いた。
「おい!」
「あっ」
 空中で片方のイヤホンを抱え、大声を出すシイ。ようやく顔を上げた彼女はモクリコクリを目にして声をあげた。
「なにしてんの!」
 途端に声をあげ、彼女はシイを叩いてイヤフォンを奪い取る。取り返したそれをさっさと自分の耳につけ直し、またスマートフォンに視線を落とすとそのまま行ってしまった。
 呆然として地面に腰を落としているシイに、晴斗は近づく。ひょいと持ち上げてみるが、彼は目を丸くして、去っていく女性の背中を見つめていた。
「大丈夫か、シイ」
「なんだ、あの女。妖怪か……?」
「違うと思うけど」
 予想だにしない展開に呆気にとられたシイだったが、数分後には再度奮起していた。「相手が悪かったんだ」ふん、と鼻を鳴らして意気込む。
 若い女をターゲットから外し、次にシイが狙ったのは子どもだった。日の暮れていく雑踏。水風船を釣る屋台で遊んでいる小さな男の子に忍び寄る。
「はい、これおまけね」
 結局ひとつも釣れずに半べそをかく男の子を前に、店の主人は彼が狙っていた水風船を手に取った。タオルでふき、手渡してやる。水風船を大事そうに抱えながら、男の子は嬉しそうに店を離れていく。
 その前にシイが飛び出した。「ばあ!」と声をあげ、目を大きく見開き、耳をピンと立て、精いっぱい怖い顔をした可愛らしい姿で。
「わあっ!」
 男の子は驚いて声をあげ、尻もちをついた。その拍子に水風船がアスファルトに転がる。割れこそしなかったが、それを見た子どもは大声で泣き始めた。
 途端に、近くで立ち話をしていた中年女性が駆け寄ってきた。
「あらあらあら痛かったわねえしゅんくん、どこか怪我しなかった?」
 母親に抱きつき泣きながら、「あれ」と子どもは指をさす。
「あれが、ばあってきたの」
 息子の言葉に、母親は指先にいるシイをきっと睨みつけた。
「なんてことするの!」
 得意げなシイが逃げる間もなくその胴を引っ掴む。「ぐえ」とひしゃげた声を上げた小動物を、母親はぽんと遠くに投げ飛ばした。
 一部始終を少し離れて見ていた晴斗は、慌ててシイの元に駆け寄る。通りを越え、向かいの屋台を飛び越し、モクリコクリは砂浜に頭から埋もれていた。
「大丈夫か」本日二度目の台詞と共に、その尻尾を掴んで引っ張り出した。シイの黒い目がぐるぐると回っている。
「頭が回るぜえ」下ろしてやると、ふらふらしながらも喋る余裕があるから、大丈夫だろう。
「子持ちの女ってのは気性が荒くていけねえ。クマと一緒だ」
 ぶるぶると犬のように身体を揺さぶり、毛皮から砂を落とす。
「よし、次だ、次!」
「まだやるの」
「このまま終わってたまるかよ!」
 呆れる晴斗を他所に、シイは「ふん!」と鼻息荒く意気込んだ。
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