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4章 宣戦布告
母の弁当
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持ってきた紙コップに入れた水をそれぞれ飲んだ。ジュースや紅茶といった味のある飲み物も常備されていたが、歩き続けていた二人には、純粋な水分が必要だったのだ。
「これ、どうぞ」少年がごそごそと漁る鞄から、二つの包みを取り出した。「保冷剤入れてたし、日光当てなかったから、大丈夫です」
「お弁当?」
彼女が目にしたのは、大人っぽい群青色と子どもらしいキャラクター柄の袋に包まれた二つの弁当箱だった。テーブルのノートパソコンを押してスペースを開けると、彼は大と小のそれを並べる。
「母が、早出の日があって。その日は、前の晩の作り置きとか使って、四時ごろから起きて家事始めてて」
「これ、お父さんと弟の分」
「ぼくは給食だけど、二人には必要だから」自己嫌悪に陥りかける彼は、無理に笑顔をみせる。「早出だから、弟を保育園に連れて行くの、今日はぼくのはずだったんだけど……」みんな、困っただろうな。軽く頭をかく彼は、それでも一度息を吐く間に迷いを断ち切り、大人用の弁当箱を彼女の方に押して近づけた。
「いいよ、小さい方で。私が女なの忘れてんの」押し返すと、彼は更に押してくる。
「でも、年上なんだし。お腹空いたってさっき言ってたから」
「あんただって、朝からほとんど食べてないじゃん。男ならさ、ちゃんと食べて、早く大きくなってよ。さっさと私の背抜いてくれないと、私、チビな男はやだからね」
その台詞にすっかり手から力を抜いてしまった彼に、形勢逆転とばかりに弁当箱を押し付ける。だが、「そう言われたら……」と口ごもる彼の様子があまりに情けないので、相談した挙句に決めたのが、二人には通例となった半分こだった。
「ここまで来たら、頭おかしいよ」
長い一本と短い一本を組み合わせた箸を右手に握る。同じように左手に握った箸を開いて閉じる彼と、顔を見合わせてくすくすと笑う。
歪な組み合わせの箸を向ける先には、海苔を巻かれたおにぎり、綺麗に撒かれただし巻き卵、ケチャップの絡んだ小さなハンバーグに、甘く煮絡めた人参といったおかずが彩りよく並んでいる。並べた大小の弁当箱から一つずつ同じ数だけおかずをつまみ、二人は空っぽの胃を満たす。
「美味しいね、お弁当」
人が人を想って作るもの。美味しくないはずがない。それでも、これは際立っていると彼女は思った。こんなに美味しいものを毎日口にできる彼の家族を羨ましくさえ感じる。
「弁当なんて、久しぶりだけど」卵を咀嚼して飲み込む彼も、大きく頷いた。「やっぱり、美味しいです」
最後の一つのおにぎりを、半分に分けて食べた。ふふっと彼女が笑うと、彼も前髪の向こうで目を細めて嬉しそうに笑う。声が大きくなり過ぎないよう、けれど無表情では耐えられない幸せに、ふたりは寄り添って笑い合った。
これからどうなろうとも、この少年と一緒に居られる未来の想像は楽しかった。これまで彼女にとって未来の話とは、大嫌いで嫌悪すべき憎たらしいものだったが、彼が隣にいると考えると、まるで幼い子どものようにわくわくと胸が高鳴った。
ひとりじゃないと思えた。怖いぐらいに幸せだった。永遠なんて存在しない。けれどこれは奇跡のような永遠として続くのではと、心の底から信じられた。
「これ、どうぞ」少年がごそごそと漁る鞄から、二つの包みを取り出した。「保冷剤入れてたし、日光当てなかったから、大丈夫です」
「お弁当?」
彼女が目にしたのは、大人っぽい群青色と子どもらしいキャラクター柄の袋に包まれた二つの弁当箱だった。テーブルのノートパソコンを押してスペースを開けると、彼は大と小のそれを並べる。
「母が、早出の日があって。その日は、前の晩の作り置きとか使って、四時ごろから起きて家事始めてて」
「これ、お父さんと弟の分」
「ぼくは給食だけど、二人には必要だから」自己嫌悪に陥りかける彼は、無理に笑顔をみせる。「早出だから、弟を保育園に連れて行くの、今日はぼくのはずだったんだけど……」みんな、困っただろうな。軽く頭をかく彼は、それでも一度息を吐く間に迷いを断ち切り、大人用の弁当箱を彼女の方に押して近づけた。
「いいよ、小さい方で。私が女なの忘れてんの」押し返すと、彼は更に押してくる。
「でも、年上なんだし。お腹空いたってさっき言ってたから」
「あんただって、朝からほとんど食べてないじゃん。男ならさ、ちゃんと食べて、早く大きくなってよ。さっさと私の背抜いてくれないと、私、チビな男はやだからね」
その台詞にすっかり手から力を抜いてしまった彼に、形勢逆転とばかりに弁当箱を押し付ける。だが、「そう言われたら……」と口ごもる彼の様子があまりに情けないので、相談した挙句に決めたのが、二人には通例となった半分こだった。
「ここまで来たら、頭おかしいよ」
長い一本と短い一本を組み合わせた箸を右手に握る。同じように左手に握った箸を開いて閉じる彼と、顔を見合わせてくすくすと笑う。
歪な組み合わせの箸を向ける先には、海苔を巻かれたおにぎり、綺麗に撒かれただし巻き卵、ケチャップの絡んだ小さなハンバーグに、甘く煮絡めた人参といったおかずが彩りよく並んでいる。並べた大小の弁当箱から一つずつ同じ数だけおかずをつまみ、二人は空っぽの胃を満たす。
「美味しいね、お弁当」
人が人を想って作るもの。美味しくないはずがない。それでも、これは際立っていると彼女は思った。こんなに美味しいものを毎日口にできる彼の家族を羨ましくさえ感じる。
「弁当なんて、久しぶりだけど」卵を咀嚼して飲み込む彼も、大きく頷いた。「やっぱり、美味しいです」
最後の一つのおにぎりを、半分に分けて食べた。ふふっと彼女が笑うと、彼も前髪の向こうで目を細めて嬉しそうに笑う。声が大きくなり過ぎないよう、けれど無表情では耐えられない幸せに、ふたりは寄り添って笑い合った。
これからどうなろうとも、この少年と一緒に居られる未来の想像は楽しかった。これまで彼女にとって未来の話とは、大嫌いで嫌悪すべき憎たらしいものだったが、彼が隣にいると考えると、まるで幼い子どものようにわくわくと胸が高鳴った。
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