深海の星空

柴野日向

文字の大きさ
44 / 54
4章 宣戦布告

母の弁当

しおりを挟む
 持ってきた紙コップに入れた水をそれぞれ飲んだ。ジュースや紅茶といった味のある飲み物も常備されていたが、歩き続けていた二人には、純粋な水分が必要だったのだ。
「これ、どうぞ」少年がごそごそと漁る鞄から、二つの包みを取り出した。「保冷剤入れてたし、日光当てなかったから、大丈夫です」
「お弁当?」
 彼女が目にしたのは、大人っぽい群青色と子どもらしいキャラクター柄の袋に包まれた二つの弁当箱だった。テーブルのノートパソコンを押してスペースを開けると、彼は大と小のそれを並べる。
「母が、早出の日があって。その日は、前の晩の作り置きとか使って、四時ごろから起きて家事始めてて」
「これ、お父さんと弟の分」
「ぼくは給食だけど、二人には必要だから」自己嫌悪に陥りかける彼は、無理に笑顔をみせる。「早出だから、弟を保育園に連れて行くの、今日はぼくのはずだったんだけど……」みんな、困っただろうな。軽く頭をかく彼は、それでも一度息を吐く間に迷いを断ち切り、大人用の弁当箱を彼女の方に押して近づけた。
「いいよ、小さい方で。私が女なの忘れてんの」押し返すと、彼は更に押してくる。
「でも、年上なんだし。お腹空いたってさっき言ってたから」
「あんただって、朝からほとんど食べてないじゃん。男ならさ、ちゃんと食べて、早く大きくなってよ。さっさと私の背抜いてくれないと、私、チビな男はやだからね」
 その台詞にすっかり手から力を抜いてしまった彼に、形勢逆転とばかりに弁当箱を押し付ける。だが、「そう言われたら……」と口ごもる彼の様子があまりに情けないので、相談した挙句に決めたのが、二人には通例となった半分こだった。
「ここまで来たら、頭おかしいよ」
 長い一本と短い一本を組み合わせた箸を右手に握る。同じように左手に握った箸を開いて閉じる彼と、顔を見合わせてくすくすと笑う。
 歪な組み合わせの箸を向ける先には、海苔を巻かれたおにぎり、綺麗に撒かれただし巻き卵、ケチャップの絡んだ小さなハンバーグに、甘く煮絡めた人参といったおかずが彩りよく並んでいる。並べた大小の弁当箱から一つずつ同じ数だけおかずをつまみ、二人は空っぽの胃を満たす。
「美味しいね、お弁当」
 人が人を想って作るもの。美味しくないはずがない。それでも、これは際立っていると彼女は思った。こんなに美味しいものを毎日口にできる彼の家族を羨ましくさえ感じる。
「弁当なんて、久しぶりだけど」卵を咀嚼して飲み込む彼も、大きく頷いた。「やっぱり、美味しいです」
 最後の一つのおにぎりを、半分に分けて食べた。ふふっと彼女が笑うと、彼も前髪の向こうで目を細めて嬉しそうに笑う。声が大きくなり過ぎないよう、けれど無表情では耐えられない幸せに、ふたりは寄り添って笑い合った。
 これからどうなろうとも、この少年と一緒に居られる未来の想像は楽しかった。これまで彼女にとって未来の話とは、大嫌いで嫌悪すべき憎たらしいものだったが、彼が隣にいると考えると、まるで幼い子どものようにわくわくと胸が高鳴った。
 ひとりじゃないと思えた。怖いぐらいに幸せだった。永遠なんて存在しない。けれどこれは奇跡のような永遠として続くのではと、心の底から信じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...