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第七話 過去の欠片
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朝、目を覚ましたとき、まだ影は戻っていなかった。
窓から差し込む光は俺を照らしているはずなのに、床に俺の影は落ちていない。 見慣れたはずの部屋が、異様に無機質に見える。
「……夢じゃ、ない」
呟いても虚しい。 影がない自分を前にして、現実と幻想の境目が崩れていく。
会社を休んだ。 体調不良とだけ連絡を入れる。 本当の理由を説明できるはずもない。
布団の中で目を閉じても眠れない。 意識を向けると、どうしても過去のことを考えてしまう。
──俺は、本当に人間だったのか?
子供の頃の記憶。 確かにあるはずなのに、どこか曖昧だ。 運動会、修学旅行、友達と遊んだ思い出。
思い返そうとするほど、輪郭がぼやけていく。 細部が抜け落ちて、ただ映像の切れ端だけが浮かぶ。
「……待てよ」
卒業アルバム。 確か、押し入れの奥にしまってあったはずだ。
俺は布団を蹴飛ばし、押し入れを漁った。 埃をかぶった段ボールの底から、古びたアルバムを取り出す。
高校のページを開いた。 クラス写真。 名前の欄に「佐伯涼介」とある。
だが──写真に写っている俺は、どこか知らない顔をしていた。
笑っている。 友達に肩を組まれて、はにかんだ笑みを浮かべている。 だけど、その瞬間の記憶が、俺にはまったくない。
ページをめくる。 修学旅行の集合写真。 そこにも俺がいる。 だが、記憶が追いつかない。
「……なんだ、これ」
自分の人生が、自分のものじゃないみたいだ。 記憶は曖昧で、写真の中の自分は別人のように見える。
手が震える。 アルバムを閉じようとしたとき、最後のページに貼られた一枚に目が止まった。
クラス全員で撮った集合写真。 ──そこに、俺はいなかった。
名前はあるのに、姿がない。 まるで最初から存在していなかったみたいに。
吐き気が込み上げる。 額から汗が滲む。
「……俺は……何者なんだ」
その夜、神崎が部屋を訪れた。 俺の顔を見るなり、眉をひそめる。
「ひどい顔だな」
「……自分の過去を調べてみたんだ。……おかしいんだよ。記憶が曖昧で、アルバムには俺が写っていなかった」
神崎の表情が固まる。 沈黙のあと、彼は低く呟いた。
「……やはり、そうか」
「知ってるのか? 俺の正体を」
問い詰める声が震える。 俺は答えを恐れていた。 だが、同時に知りたかった。
神崎は視線を逸らし、ゆっくり首を振った。
「まだ断定はできない。ただ……お前は“造られた存在”である可能性がある」
「造られた……?」
頭が真っ白になる。 神崎は続けた。
「昔から、強大な妖怪の一部が人の形を取ることがある。記憶や人格を模倣して“人間”として生きるんだ。……お前も、その一つかもしれん」
「俺が……妖怪?」
声がかすれる。
「だが、それなら説明がつく。妖怪は妖怪を喰えない。だから“空っぽ”のお前は狙われない。逆に恐れられる」
俺は言葉を失った。 心臓の鼓動だけが耳に響く。
人間じゃない。 妖怪でもない。 中途半端な存在。
空っぽの自分。
「……違う。俺は、人間だ……」
必死にそう呟いたが、声はどこか虚ろだった。
夜が更けていく。 神崎は帰り、俺は一人残された。 机の上のアルバムを見つめる。
そこに写っていない自分。 空白の過去。 影のない身体。
全てが一つの線で繋がっていく。
──俺は、本当にこの世界に属しているのか?
答えは出ない。 ただ、胸の奥で何かがざわめき、眠れぬ夜が続いた。
窓から差し込む光は俺を照らしているはずなのに、床に俺の影は落ちていない。 見慣れたはずの部屋が、異様に無機質に見える。
「……夢じゃ、ない」
呟いても虚しい。 影がない自分を前にして、現実と幻想の境目が崩れていく。
会社を休んだ。 体調不良とだけ連絡を入れる。 本当の理由を説明できるはずもない。
布団の中で目を閉じても眠れない。 意識を向けると、どうしても過去のことを考えてしまう。
──俺は、本当に人間だったのか?
子供の頃の記憶。 確かにあるはずなのに、どこか曖昧だ。 運動会、修学旅行、友達と遊んだ思い出。
思い返そうとするほど、輪郭がぼやけていく。 細部が抜け落ちて、ただ映像の切れ端だけが浮かぶ。
「……待てよ」
卒業アルバム。 確か、押し入れの奥にしまってあったはずだ。
俺は布団を蹴飛ばし、押し入れを漁った。 埃をかぶった段ボールの底から、古びたアルバムを取り出す。
高校のページを開いた。 クラス写真。 名前の欄に「佐伯涼介」とある。
だが──写真に写っている俺は、どこか知らない顔をしていた。
笑っている。 友達に肩を組まれて、はにかんだ笑みを浮かべている。 だけど、その瞬間の記憶が、俺にはまったくない。
ページをめくる。 修学旅行の集合写真。 そこにも俺がいる。 だが、記憶が追いつかない。
「……なんだ、これ」
自分の人生が、自分のものじゃないみたいだ。 記憶は曖昧で、写真の中の自分は別人のように見える。
手が震える。 アルバムを閉じようとしたとき、最後のページに貼られた一枚に目が止まった。
クラス全員で撮った集合写真。 ──そこに、俺はいなかった。
名前はあるのに、姿がない。 まるで最初から存在していなかったみたいに。
吐き気が込み上げる。 額から汗が滲む。
「……俺は……何者なんだ」
その夜、神崎が部屋を訪れた。 俺の顔を見るなり、眉をひそめる。
「ひどい顔だな」
「……自分の過去を調べてみたんだ。……おかしいんだよ。記憶が曖昧で、アルバムには俺が写っていなかった」
神崎の表情が固まる。 沈黙のあと、彼は低く呟いた。
「……やはり、そうか」
「知ってるのか? 俺の正体を」
問い詰める声が震える。 俺は答えを恐れていた。 だが、同時に知りたかった。
神崎は視線を逸らし、ゆっくり首を振った。
「まだ断定はできない。ただ……お前は“造られた存在”である可能性がある」
「造られた……?」
頭が真っ白になる。 神崎は続けた。
「昔から、強大な妖怪の一部が人の形を取ることがある。記憶や人格を模倣して“人間”として生きるんだ。……お前も、その一つかもしれん」
「俺が……妖怪?」
声がかすれる。
「だが、それなら説明がつく。妖怪は妖怪を喰えない。だから“空っぽ”のお前は狙われない。逆に恐れられる」
俺は言葉を失った。 心臓の鼓動だけが耳に響く。
人間じゃない。 妖怪でもない。 中途半端な存在。
空っぽの自分。
「……違う。俺は、人間だ……」
必死にそう呟いたが、声はどこか虚ろだった。
夜が更けていく。 神崎は帰り、俺は一人残された。 机の上のアルバムを見つめる。
そこに写っていない自分。 空白の過去。 影のない身体。
全てが一つの線で繋がっていく。
──俺は、本当にこの世界に属しているのか?
答えは出ない。 ただ、胸の奥で何かがざわめき、眠れぬ夜が続いた。
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