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ラスト・コンテクスト Part1
大文字の夜に(18)
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全員が疲労の極みに達している。
上空の複数の篝火によって、昼間同然に照らされた森の中で、彼ら彼女らの息切れした吐息と、樹々と身体がこすれる音だけが止まなかった。
メイが立ち止まる。
「何してる! もう追いつかれるぞ!」
「ダメ。このままじゃあ皆、やられちゃうわ」
メイが後ろを振り返って言う。
「心を読めなくても、わかるでしょ。先に行って」
「だ、ダメですよ!」
「そうです、お嬢さま!」
メイが見つめる森の奥から、三ヶ国の足音が迫ってくる。
メイが杖を取りだそうとした、が。
急に身体に浮遊感が認められ、メイは察した。
ソレは、ツヅキとウィーも同様だった。
「どういうコト! カップ!」
「め、メイさんがしようとしたコトを、やっているだけです」
カップが杖を操作していた。
その杖の軌跡は、自分以外の三人を“鍵”の方向へと、重力魔法で飛ばそうとしているソレだ。
「カップさん! もう、ソレを使っちゃうと……!」
「ええ、ウィーさん。わ、私にはもう皆さんを追いかけるだけの力は残らないでしょう。でも二、三回、つ、杖を振るぐらいの力はまだあります」
カップは皆に優しく微笑んだ。
「それじゃあ、気をつけて。こ、ここまでの旅路、楽しかったですよ」
三人の身体に、重力による負荷がかかる。
視界の中で、勢いよくカップは森の奥の小さな影になっていき、見えなくなった。
◇◇◇
「さて、と……」
カップは迫りくる足音の方へ向き直した。
最初に森の中からでてきたのは、南山城国の一行だった。
「なっ……!」
「この子は……!?」
「くっ……!」
遠藤、童仙、龍之介は、魔力を限界まで消していたカップに面食らった。
しかし瞬時に、各々の武器を構える。
龍之介はカップを飛び越えたが、そのままカップの背後からその右首筋に刃を、童仙は正面からその左首筋に刃を、遠藤はカップの左横から銃口を彼女のこめかみに向けた。
そして遠藤だけが、彼女の凛とした表情から最初に気づいた。
息切れしながらも、半ば諦めを込めて呟く。
「……罠、か」
カップは杖を、地面に向けて少し振り落としただけだった。
その瞬間、カップと三人をぐるりと取り囲んで青白く光っている、球形の空間が現れた。
「コレは……?」
「私たちには、何の影響もありませんが……?」
童仙と龍之介が言う。
しかし遠藤は銃を納め、その場に胡坐をかいた。
「童仙殿、キミの無意識がドッペルゲンガーを解除したコトから、もうお分かりだろう? 龍之介殿、僕らの負けだ」
「え、そうなのですか?」
龍之介に頷き、遠藤がカップに語りかける。
「お美事。コレは重力魔法の一種だ。ただ、ソレが作動しているのは僕たちと外界を隔てる青い“膜”の表面。ソコでは強力な魔力によって、重力が“ズレている”。この空間から出ようとしたら、その存在は一瞬で身体を“ズラされる”コトになる。そうだろう?」
「そ、その通りです」
カップは凛とした表情のまま、顔を動かすコトなく答えた。
「……ひょっとしてですが、彼女を斬ったトコロでこの魔術は無くなりませんか?」
「ああ、龍之介殿。少なくとも、僕らが彼らに追いつけなくなる程度にまでは、残るだろうね」
童仙と龍之介が刃を納める。
カオルが森の中から、遅れて現れた。
「童仙さん、いきなり消えてどうしうわっ、何コレ」
カオルが膜に手を伸ばす。
思わず童仙、そしてカップが注意しようとした。
しかし、カオルの手は膜の手前で止まった。
「ああ、なるほどね」
カオルは腰に手を当てて、言った。
「私たちの負けかあ、残念」
ソレを聞いて、童仙、遠藤、龍之介、そしてカオル自身も笑いだした。
カップが静かに口を開く。
「私は、倒さないのですか?」
「貴女は私たちに勝ちました。ソレで充分でしょう。勝敗が決まれば、他に何も決するコトなど、ありませんよ」
童仙が刀の柄に片手を休ませ、言う。
カップはわなわなと脚を震えさすと、その場に崩れて、泣き微笑みだした。
上空の複数の篝火によって、昼間同然に照らされた森の中で、彼ら彼女らの息切れした吐息と、樹々と身体がこすれる音だけが止まなかった。
メイが立ち止まる。
「何してる! もう追いつかれるぞ!」
「ダメ。このままじゃあ皆、やられちゃうわ」
メイが後ろを振り返って言う。
「心を読めなくても、わかるでしょ。先に行って」
「だ、ダメですよ!」
「そうです、お嬢さま!」
メイが見つめる森の奥から、三ヶ国の足音が迫ってくる。
メイが杖を取りだそうとした、が。
急に身体に浮遊感が認められ、メイは察した。
ソレは、ツヅキとウィーも同様だった。
「どういうコト! カップ!」
「め、メイさんがしようとしたコトを、やっているだけです」
カップが杖を操作していた。
その杖の軌跡は、自分以外の三人を“鍵”の方向へと、重力魔法で飛ばそうとしているソレだ。
「カップさん! もう、ソレを使っちゃうと……!」
「ええ、ウィーさん。わ、私にはもう皆さんを追いかけるだけの力は残らないでしょう。でも二、三回、つ、杖を振るぐらいの力はまだあります」
カップは皆に優しく微笑んだ。
「それじゃあ、気をつけて。こ、ここまでの旅路、楽しかったですよ」
三人の身体に、重力による負荷がかかる。
視界の中で、勢いよくカップは森の奥の小さな影になっていき、見えなくなった。
◇◇◇
「さて、と……」
カップは迫りくる足音の方へ向き直した。
最初に森の中からでてきたのは、南山城国の一行だった。
「なっ……!」
「この子は……!?」
「くっ……!」
遠藤、童仙、龍之介は、魔力を限界まで消していたカップに面食らった。
しかし瞬時に、各々の武器を構える。
龍之介はカップを飛び越えたが、そのままカップの背後からその右首筋に刃を、童仙は正面からその左首筋に刃を、遠藤はカップの左横から銃口を彼女のこめかみに向けた。
そして遠藤だけが、彼女の凛とした表情から最初に気づいた。
息切れしながらも、半ば諦めを込めて呟く。
「……罠、か」
カップは杖を、地面に向けて少し振り落としただけだった。
その瞬間、カップと三人をぐるりと取り囲んで青白く光っている、球形の空間が現れた。
「コレは……?」
「私たちには、何の影響もありませんが……?」
童仙と龍之介が言う。
しかし遠藤は銃を納め、その場に胡坐をかいた。
「童仙殿、キミの無意識がドッペルゲンガーを解除したコトから、もうお分かりだろう? 龍之介殿、僕らの負けだ」
「え、そうなのですか?」
龍之介に頷き、遠藤がカップに語りかける。
「お美事。コレは重力魔法の一種だ。ただ、ソレが作動しているのは僕たちと外界を隔てる青い“膜”の表面。ソコでは強力な魔力によって、重力が“ズレている”。この空間から出ようとしたら、その存在は一瞬で身体を“ズラされる”コトになる。そうだろう?」
「そ、その通りです」
カップは凛とした表情のまま、顔を動かすコトなく答えた。
「……ひょっとしてですが、彼女を斬ったトコロでこの魔術は無くなりませんか?」
「ああ、龍之介殿。少なくとも、僕らが彼らに追いつけなくなる程度にまでは、残るだろうね」
童仙と龍之介が刃を納める。
カオルが森の中から、遅れて現れた。
「童仙さん、いきなり消えてどうしうわっ、何コレ」
カオルが膜に手を伸ばす。
思わず童仙、そしてカップが注意しようとした。
しかし、カオルの手は膜の手前で止まった。
「ああ、なるほどね」
カオルは腰に手を当てて、言った。
「私たちの負けかあ、残念」
ソレを聞いて、童仙、遠藤、龍之介、そしてカオル自身も笑いだした。
カップが静かに口を開く。
「私は、倒さないのですか?」
「貴女は私たちに勝ちました。ソレで充分でしょう。勝敗が決まれば、他に何も決するコトなど、ありませんよ」
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