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VHS
しおりを挟む先日、古希を迎えた母から電話がかかってきた。
「もしもし、信二?あのな。突然でごめんな。押し入れの中整理したくてな。でも重たいんよ。ちょっと頼んでもええ?」
翌週の日曜日、電話で頼まれた通り実家へ向かった。
WEB事業部で勤めていた私は、2年前フリーランスになり実家の隣の市へ引っ越してきた。
親父が亡くなり、母親が一人になったということは決断の大きな理由だった。
姉と弟には家庭がある。
「ごめんなぁ。せっかくの休みの日やのに。」
「ええよ。どうせ家おっても仕事しかしてないから。運動運動!」
手付かずの押し入れを掃除し始めると「日曜洋画劇場」と書かれたラベルが貼ってあるVHSが雪崩のように落ちてきた。
「おふくろ、これ捨てんと置いてたん?」
「あぁ、それなぁ。捨ててええんかわからんくてな」
「こんなん置いてても、もうみいへんやろ?」
「せやなぁ。」
「みたいん?」
「いやぁ、みたいってわけやないんやけど、それお母さんが全部録画してたんよ」
「おふくろ機械触れたんや、っていうか、なんで?」
「お父さん忙しかったやろ?呑み会やらゴルフやらで。でも朝刊のテレビ欄に丸つけて出て行く時は録画しといてっていう合図でな、わたしが撮っててん。」
「めんどくさ。おやじ。でも親父が映画好きなんて聞いたことなかったけどなぁ。」
「夜中にひとりで観てたんとちゃう?」
「ほー。そうか、。」
「まぁ、観てたかはようわからんねんけどなぁ。」
「なぁ、これ俺持って帰ってもいい?」
なぜそんなことを言ったのだろう。
口に出してすぐ後悔したが、撤回をしようと思わなかった。
不意にするりと出た言葉の真意は、
他人の性癖を探るかのようであり、親父を少し知りたがっているようでもあった。
「ええよ。置いてても誰もみいひんし、あんたが貰ってくれるなら一番いいよ」
母親はよくわからない表情でそう言った。
押し入れの中からはVHSを再生する機器も出てきた。
年月が経ち、コードの部分が少し劣化していたがまだ使えるだろう。
母親は殆どの物を「もういらない。」と言い、ビニール袋へ入れていった。
その言葉だけがやけに静かに響いた。
西陽に照らされたおふくろは何かを決心した一人の女性だった。
その決意に子供の自分が入り込む余地など少しもなく、僕は黙って作業を続けた。
結局、ダンボール3箱分のVHSを車に積んだ。
「晩御飯食べていき。」
と言ってくれたが断った。
3度目の誘いを断ると、僕に五千円札を無理やり渡して「今日はありがとうね。また今度ゆっくりしていきよ。」と言った。
彼女は母親の顔に戻っていた。
帰り道、懐かしい田んぼの匂いに「あと何度会えるのだろう。」なんて憂い事がよぎってしまった。
自宅で箱を開けると、ラベルには映画のタイトルと日付、そして主演の俳優の名前が小さく書かれていた。
親父、おふくろどちらが考えたセンスなのかはわからなかったが、なぜか少し笑えた。
タイトルを一つ一つみてゆく
ダイハード
2001年宇宙の旅
モダンタイムズ
ダーティハリー
燃えよドラゴン
……
………
…
親父が観てたであろう映画を観ること。
その行為に、目の前のダンボールに意味があるかはわからない。
それでも私は再生ボタンを押す。
親父をすこしずつすこしずつでも想えるように。
真っ暗な部屋に
既知の懐かしさと未知の追憶が温かく宿って、灯る。
「みなさん、こんばんは。今日はね…」
「さよなら、さよなら、、、さよなら。」
淀川長治で始まり、淀川長治で終わる。
新しい僕の日常が始まった。
仕事から帰宅すると、素早くご飯を済ませ、お風呂に入った。
部屋の電気を消し、親父が好きだったウイスキー「山崎」を舐める程度にのむ。
これが私のルーティンになった。
気がつけば、1週間、2週間と過ぎ、
親父が観たであろう映画に触れて2ヶ月がたっていた。
映像、音が途切れることもあったし、
中には酷くつまらない映画もあったが、途中で消すという選択肢はなかった。
画面に映る淀川長治はどんどん歳を重ねていく。
自分も彼と同じスピードで歳をとっている気もした。
趣味の写真を投稿していたSNSを一切更新しなくなったからか、「生きてる?」というLINEが元同僚からきていた。
何を言っても今のこの感情や機微を取りこぼしてしまいそうで、返事が出来なかった。
「みなさん、こんばんは。
今夜の作品は、あのスピルバーグ監督の作品ですねー。」
作業のように修行のように映画を観た。
娯楽とはかけ離れた芸術が部屋に充満して、私に覆い被さる。
毎日毎日むさぼるように観続けたが親父のことなんて少しもわからなかった。
やはりこの時間達に意味なんてなかったのではないかと思うと、不安な気持ちが押し寄せてくるようになった。
「さよなら、さよなら、、、さよなら。」
また、今日の映画が終わってしまう
その度、痛みは増す一方でその痛みを和らげる為に映画を観た。
この日々が始まり半年に差し掛かろうとしていた時、痛みは私の生きる上での欲すら奪いかけていた。
食欲は減退し、うまく眠れなくなった。
そして、無意識に親父に助けを求めている自分がいた。
親父はいつも何かに怒っていたが、この時間はどんな顔をしていたのだろう。
さよなら、と小さく呟いていたのか?
途中で眠気に負けていたこともあるだろう。
おふくろにラブレターでも書いてみようかと考えたこともあったかもしれない。
私は親父のことを何もしらなかった。
親父は子供との付き合いが苦手で、可愛がったり褒めたりするのが下手だった。
だから、そのことを隠すようにいつも怒ってるような態度をとっていたのだと思う。
私がまだ小学生だった頃、学校で将棋が流行ったことがあった。
「家で練習したいけど、俺の家ないわ。」と言うと近所に住む峰田くんが将棋セットを貸してくれた。
親父の書斎の本棚に「将棋入門」という本が一冊あったのを知っていたから、私は悩んだ。
これは親父と仲良くなれるチャンスかもしれない。と。
でも、断られるのが怖くて、リビングの机の上にわざと置いたままにしたり、親父が側にいる所で母親に将棋の話をしたりして先制パンチを繰り出したが全く興味を示さなかった。
私は折れてしまい、クラスでのブームもすぐに去った。
あの時勇気を出して声をかけていたら、何かが、いや全てが変わっていたかもしれない。
私は今、生まれて初めて親父の声が聞きたいと思っている。
巻き戻しが終わるとスマホのライトをつけダンボールを覗き込んだ。
明日の映画のタイトルを確認する。
馴染んだ日課だ。
目を凝らしてビデオテープを見ると、残りのテープに貼られているラベルは真っ白だった。
そこには何も書かれていなくて、それはこれから録画する新品の列。
今日観た映画が最後の一本だったらしい、
その時だった。
先程まで静かだったペットのインコが突然喋り始めた
「はい、もうお時間がきました、それでは次週をご期待ください。」
「さよなら、さよなら、、、さよなら」
親父のVHSを全て見終わったことをわかっていたかのように言いやがった。
「次週はもうないねん…」
足に力が入らなくなり、ソファに座り直す。
その振動で何かが落ちた。
暗くて見えないがソファになにかが落ち、ポトンと音がなったのだ。
そういえば息がしづらい。
鼻水が口に入ってくる。
音の正体は自分の涙だった。
真っ暗な部屋の中でソファにカラダを預ける親父の姿と自分が頭の中でリンクする。
2人分クッションが沈んだ気がした。
僕は親父で、親父は僕なのだろうか。
「どれだけ恨んでいても、やっぱり俺は親父の息子なんやろ?」
嗚咽混じりの情けない声で虚空に問いかける。
返事はなにもない。
これは、葬式で泣かなかった僕に対する嫌がらせか。
さよなら、さよなら、、、さよなら
それならばと、淀川長治のよう笑いながら明日親父とまた会えるかのように呟いてみた。
それでも、それでも、それでも。
部屋の中はインコがゲージを齧る音しか聞こえない。
応援ありがとうございます!
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