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しおりを挟む「ばっ、何やってんだよ!」
朗はローゼンに向かって怒鳴った。
敵の変異機械群ーおそらく植物タイプと推測される触手にあっという間に左腕を絡めとられ、ローゼンは体のバランスを崩しかけた。
近くの香織が動揺して振り返る、だが前方に展開しているシールドの保持に集中している為ローゼンの救出に行けない。
シールドの向こう側では緑の触手が蠢いている。
海に浮かぶ巨大生産工場施設。三人は危険な敵と戦闘任務に当たっていた。
変異機械群の発生により空間が少し歪んでいる、足場が不安定だ。
ローゼンの左腕を縛る触手がすぱりと切れ、能力が発動し次々と触手は細切りになった。
触手の欠片から血液が吹き出した。
だが、おそらくこれでは不充分な事をローゼンは瞬時に悟った。
即座に無線で朗と香織に命令する。
(朗、極低温で敵の中央部分を攻撃しろ!香織はその極低温の冷気をなるべく広範囲に展開してくれ!可燃性のガス反応があるから、高温の攻撃は絶対にするなよ)
『シールド、弱めます!』
カーキ色のコートが翻り、ローゼンの右手のクレセントアックスは颯爽と香織の前方の触手を切り裂いた。
斧の周囲に展開した重粒子線ー、何条にも連なった高エネルギーの炭素イオン線が軌跡を煌めかせ、空間を埋め尽くそうとした触手は他愛も無く細かく切れる。
触手の残りの部分は苦しそうにもがく。
ローゼンと香織は後退した。
朗の銃から数発の弾丸が触手に打ち込まれ絶対零度、マイナス二七三度の空気がたちまち周囲に流れ込む。
放っておけば自分達も巻き込んで凍結しかねない。
香織は気温を相殺するシールドを即座に展開した。
小さな球状の増幅機が浮遊し、素早く動く。
過剰再生する触手は、ようやく生命活動を停止した。
「レポートを見た。極端に過剰再生の速度が速い変異機械群、生物でおそらく植物タイプか…。厄介だな」
仮想現実の執務室で、レイフはローゼンの報告書を見た。
三〇一三年の地球上、人類社会は原因不明の脅威である変異機械群に晒され、熾烈な戦いを繰り広げていた。
変異機械群に抗うべく結成された、超法規的な軍事特務機関であるBRAKERS。
レイフはそのBRAKERSの総司令官、ローゼンは彼の直属の部下であり駒だった。
「先だっての戦闘ご苦労だった。お前に一つ任務を下す。このタイプの効果的な迎撃メソッド、つまり他の非能力者でも対応可能な攻撃方法を探って欲しい」
「了解です、極低温の冷気が敵に通じたからよかったものの…。あいつだけの能力頼みではこの先、心配ですね。スミス博士と研究班に話してみます」
「博士にもお前のレポートは共有した。早速解析していると思う。他の者とも協力して事に当たってみてくれ」
「量子コンピュータ、セラエノにさっそく解析させてみたけど…。奴さんは植物タイプ、細胞増殖の速度が高速である事しかまだなんとも分かってないね。あと数日経てば具体的な結果が分かるんじゃないかな?」
銀髪の紳士、スミス=イグジストは肩をすくめた。ローゼンは顎に手をかけて考えこんだ。
「うーん、前にニュースで見たんですが繁殖力強い植物って言うと特定外来生物…でしたっけ?なんかそれと似てる気がする。『逆行』の特殊弾使用が一番最強で手っ取り早いような気がするんですよね~」
特殊弾とは能力者達の能力を閉じ込めた弾丸である。先程の朗のように、超低温や超高熱のエネルギー等を封じ込んでいる。
もちろんBRAKERS専用のもので、弾を作るのにもそれなりに手間がかかる。自分含め他の能力者も作成に協力しているからよく分かる。
「種子の状態に強制的に時間を戻すんだね。それだったら話は早いんだけど…いつもその弾が使える訳では無いし、総司令官が言う通りやはりその他のメソッドも探した方がいい」
「あ、思い出した。ナガエツルノゲイトウ。あれは確か、ニセンチメートルの蔓があれば繁殖できるんでしたっけ。戦っていてなんとなく頭に浮かんだんですよ」
香織の能力増幅機で録画していたこの前の戦いの動画を、目の前のディスプレイで再生する。増殖する緑の蔓が、グロテスクだ。
「ふむ。君とは別意見なのだが、僕はてんぐ巣病を連想したね」
「てんぐ巣病?」
「主に桜の木などで発生する病気だよ。通常よりも枝先が細かく分かれて、まるで鳥の巣のような形状になってしまうんだ。こちらは植物ホルモンの異常、昆虫が媒介する菌、ウィルス、寄生虫が原因だと言われている」
「菌、ウィルスだったら対抗手段は抗生物質になるかな…。ただこいつに効くかどうかは、シミュレーションで確認しないと分からないんじゃ?」
「そうだね。再現して、仮想現実で実験してみようか?」
「すまないな。私はお前の気持ちを裏切っている」
バーで呼び出されたジャックは、黒髪を下ろしたレイフに出し抜けにそう言われた。
「何だよ、薮から棒に。最近よそよそしいと思ってたから、今日は期待してたんだぜ?」
「お前の気持ちに応えられなくなったんだ」
二人の間に沈黙が落ちる。周りの客は小声で会話を楽しんでおり、二人の会話を一顧だにしない。
ジャックは別れ話をされていると悟った。
ずっと前から分かってはいた、目の前の恋人の優先順位は自分では無く幼い頃から見知っているローゼンなのだ。長官からもそう言われていたではないか。
(何故だ。あの坊主よりも、俺はお前を幸せにしてやれる)
そう言いたい気持ちをぐっと抑え、ジャックはレイフに笑いかけた。
「その事ずっと気にしていたのか?お前とのいざこざで今さらBRAKERS辞めようと思ってねぇから。普段通り仕事はする、安心しろ。」
ジャックはグラスに口を付ける。ウィスキーの氷がカラリと鳴った。
「地獄まで付き合ってやるよ」
元恋人と目が合う、だがその漆黒の瞳は少し揺れている。レイフはぎこちなく笑みをこぼした。
「‥本当にすまない、恩に着る」
普段は冷酷な判断や選択をする男だが、自分の恋愛の事となるとひどく不器用になる。今すぐお前を押し倒して、体だけでも繋ぎ止めたい。
「友達付き合いだったら、別にいいだろ?さっきの台詞は本心だぜ。いつも通り接して欲しいな、俺としては」
ジャックは本心を隠して嘘をついた。レイフを大切に想う気持ちは変わりはない、胸中の気持ちがまるですり潰されるようだった。
「無理をしていないか、ジャック」
心配そうに自分を窺い、レイフは軽く首をかしげた。この表情を見るのは本当にレアだ。
「ああ、大丈夫だ」
くそ、俺は何をしている。嫉妬に狂うのは自分らしくない。
例え地を這ってでも、地獄までお前に付き従ってやる。
葉瀬京香は日本刀、星辰を振るい、十数個の触手の断片を生み出した。
その断片はほぼニセンチメートルほどのサイズになる。
たちまち触手の血で白い床は汚れた。
仮想現実シミュレーターの空間の中、同じAAランクに属するローゼンと京香は戦闘服に身を包み触手の様子を観察している。
ニ人から少し離れて観察者として連れて来られた青年、藤本正宗はあぐらをかいて触手を見ている。
何度もこの景色を見ているので、正宗はあくびをした。
その断片は少しずつゆっくりと動き、やがては他の断片と結合して一つの塊になった。
触手として元の形に寸分違わず再生した。
「さっきから何回も見ているけど、欠片がくっつく法則やルールが見出せないっす。ニセンチメートル以下に細かく切れば活動停止するっぽいけど‥」
しごく退屈そうに正宗は言った。戦闘任務の補助者、アシストの役割に回る彼は今回の観察の重要性についてはわかっているのだが、いかんせんこの実験にも飽きていた。
「埒があかないわ…。私以外の能力者にも協力を仰いだら?」
ローゼンは考えこみ、ニ人に声をかけようとした。
突如、システムメッセージの声が天から響く。スミス博士からだろうか?
『お前達長時間やってるみたいだな~、お疲れ様。この前の現地でこれ拾ってきたから、何かヒントにしてくれ。あまり無理はするなよ』
ジャックー、BRAKERSの軍事アドバイザー兼調整役である彼の声が響く。白い床上に、真空パッケージされた物体が形をとった。
『例の変異機械、これが奴の核だそうだ。施設の関係者の持ち物ではないらしい。別件が入ってるから俺は失礼するが、お前達も適度に休めよ』
「ありがとうジャック。これは…カメラ?随分と古めかしい物みたいだけど」
「ん~‥、これはもしかしたらライカカメラM七?うっわ…、二〇〇二年発売フィルムカメラってすごい骨董品だしこんなに形が持ってるものって無いっすよ。血まみれなのもったいない、博物館に飾られてもいい代物ですよこれ」
「何でまたそんな事知ってるんだ?」
「ダチの刀塚かな、カメラ蒐集家が知り合いにいるから詳しく教えてもらったっす。後はネットの検索結果。カメラの製造年、番号刻印が内側に視えたんで」
「そんな貴重な物なのか‥、よく見ると細かい傷ができてるな。変異機械の核になっているなら仕方ないか」
しげしげとパッケージに包まれたライカカメラM七を、三人は見つめた。
「血…か。あいつ血液流すとか、植物っぽくないな。‥いい事思いついた、試してみるか。博士、今から言うの用意できるか?」
「それで、効果的な事物を発見できたという訳か」
「溶血毒素とアブシシン酸を封入したカプセル弾を試しました。色々他にも組み合わせを試したんですが、そのニつが一番効果ありました。奴の過剰再生をかなり抑えられます。俺達じゃなくても、通常の火器で封じ込め可能なレベルになるかと思われます」
「黄色ブドウ球菌などが分泌する、赤血球を破壊する毒素と休眠を促進する植物ホルモンのニ段合わせか‥。アブシシン酸はそれほどでも無いが、菌の取扱は要注意だな。よくやった、これを利用すれば機動警察や他の軍隊でも使用できる」
「どういたしまして。ただカプセル弾使用後の環境汚染に関しては、引き続き研究班に検討した方がいいですね」
仮想現実の執務室で、ローゼンはレイフに報告書を渡した。
「こういうわかりやすい弱点がある敵がもっといればいいんですが…。俺的には、もっと戦闘用の能力者の幅持たせたいですね。例えば電位、電磁気に干渉できる奴とか。導電性が高い金属タイプの変異機械に対して、優位に戦える」
「その能力者を探るのもお前の任務だ」
「ま、そうですね。人材は探すしかない」
ローゼンはレイフの漆黒の瞳を覗き込んだ。
「あなたが俺を見出したように」
不意にローゼンは微笑んだ。
「またあなたとニ人で過ごしたい。駄目ですか?時間がとれればでいいんですが」
「ローゼン、嬉しさ隠しきれない様子だったわ‥」
「まるで大型犬ね」
京香と同僚の理奈は、映画とショッピングの後にこじゃれたカフェで会話をしていた。京香はため息をついている。
理奈は戦闘要員ではない、主にBRAKERSのネットワークシステム保守要員をしているが、京香とは気が合い何だかんだと今に至るまで付き合いが長い。
(京香も、いつまでも元彼の事ばかり考えてるんじゃなくて吹っ切れてくれるといいんだけど…)
とはいえ、同じAAランク戦闘要員のローゼンと京香は時々任務の関係上二人一組を組まされる事もある。元々恋愛関係にあったニ人が、お互いを意識するなというのは無理そうに感じた。
京香から聞いた話によれば、総司令官のレイフとローゼンは昔から縁ある関係だったそうだ。後見人と教え子の関係でありレイフはBRAKERSの庇護の元、類稀な戦闘能力を持つローゼンを選んだ。自分の駒にする目論見もあったかもしれないが、それは不明だ。
三〇一三年の現在、同性同士の恋愛関係、結婚は別に珍しい事では無い。
レディファーストを重んじているレイフが、ゲイ寄りなのは意外だった。色男のローゼンもだが、きっと彼らに懸想している多くの女性が、今の事実を知れば泣くに泣くであろうと推測はできた。
噂にするのもニ人に対して失礼だし、京香の愚痴は自分の胸にしまっている。
「ほら、元気出して。今日はセールでいい買い物できたでしょ?」
「うん…。あいつ、足の小指タンスにぶつければいいのよ」
外の景色を見てむくれた京香は、フラペチーノを飲んでつぶやいた。
あの人への慕情は、きっと自分が隣にいても敵わないのだろう。
ニ人は手をつないだ。
詳細を言えば、ローゼンはレイフの手を自分からつないだ所だった。
大きな植物園内をニ人は散歩していた。
ちょうどよく他に客はいない。
ローゼンは少し頬を赤くする。
「…もしかしたら嫌でしたか」
「嫌じゃない」
今は紫陽花が旬で、道端には白いタイプのものが沢山咲いている。
少し蒸し暑く感じる中、限られた時間内での仄かな幸福をニ人は感じた。
不意に、ローゼンはレイフの頬に軽く口付けをする。
叶わなくても今の幸せが続く事を、想い人の無事をローゼンは強く願った。
空は白く濁り、優しい慈雨はしとしとと降り注いだ。
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