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第1章:Blue Blood Panic
9.湯けむりと鉄拳
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≪前回までのあらすじ≫
酒場「ストランド」にて、店の手伝い2週間という条件でマスターから事件に関する情報を入手したカイルとリュウガ。
飛来する包丁、フォーク、ナイフの雨をかい潜り店を後にする。
================================================================
「く、苦しぃ。」
帰ってくるなり、カイルは息も絶え絶えにそうつぶやくとテーブルに突っ伏した。
「お前、いい加減にその無駄な「俺今しんどいですよ」アピールを止めたらどうだ」
ストランドからブリッツまでの道のりはそれなりに遠い。
そこをずっと全速力で走ってきたのだ。普通なら声も出せないくらいに疲れるはずなのだが、リュウガの顔には余裕の色さえ伺える。
「なんだ、バレてたか。でもね疲れたのはホント。エミリアはどこまで追っかけてくるかわかんないし。それに俺は誰かと違って体力バカじゃないんだよ」
「言ってろ。」
カイルの嫌みを軽く流し、食器や酒の瓶が収められている戸棚を漁るリュウガ。
「俺は今から飲み損ねた分を飲み直す。ついでに今後の方針も考えておきたいんだが、お前はどうする?」
「んー、今日はもうあんまりやる気が出ないから風呂に入って寝るよ。それにお酒は苦手だし」
「相変わらずだな。そんな調子じゃまたサクラがキレるぞ」
「まぁねぇ、どうも俺にはやる気と運がない、って有名みたいだから」
軽く肩をすくめつつカイルは風呂場へと向かう。
「しかし、ああは言ったけどやっぱり結構疲れたな。「フェンリル」を抜けてから本気で動くことって少ないし、運動不足かな………」
昔のことはあまり思い出したくはない。
脳裏に浮上しかけた記憶を振り払うかのように歩みを早める。
風呂場の扉からはかすかに湯気が漏れ出ていた。
気を効かせてサクラが用意してくれていたのだろう。
「本当に俺に似ず気の利くいい娘に育っちゃて」
そういえば、サクラとシェリルちゃんどこに行ったんだろう。
ついさきほど、1階には誰もいなかった。
「その辺の案内でもしてるのかな」
そうは言っても、サクラがまだ廃棄地区に慣れていない何の力ももたない貴族の娘を簡単に外に連れて行くとも思えない。
ここの危険性はその身に十分染み付いているはずだ。
「てことは、2階の空き部屋をシェリルちゃん用に改造しているのかな?まぁ、いいや。風呂から出てから探しに行きますかね」
「あっ………」
風呂場の扉を開けるとそこには半裸の少女がいた。
マズイ。
反射的に目をつぶるカイル。
しかし、怒声と物は飛んでこない。
恐る恐る薄目を開けるとそこには困った様子でおどおどしているシェリルの姿があった。
「えっと、あ、あの・・・。ここではカイルさんが入浴補助係をしてくださるのですか?それとも、もしかして皆さん一緒にお風呂に入る決まりだったりしますか・・・その、すいません。そんな決まりだとは知らなくて・・・・。
あぁ、この娘本当に人を疑うことを知らないんだ。
これがサクラだったなら既に散々モノを投げつけられた挙げ句、ボコボコに殴られた後、しばらくは口をきいてもらえないところである。
・・・いや、というかそんなことをしみじみと考えている場合じゃないんじゃね?
これって客観的にみて結構ヤバイ状況じゃ?
カイルは目をつぶったまま疲れと焦りでいまいち回らない頭で必死に考える。
どうするこの空気。
どう誤魔化して自然に立ち去る?
「いやいやいやいや、シェリルちゃんはさ、ほら、大切なお客さまだから。1人でゆっくり一番風呂に入ってリラックスするといいよ。慣れない環境で疲れただろうし。俺は後で入るから。」
「そ、そうですか。すみません、わざわざ気をつかってもらって」
ご丁寧にペコリと頭を下げるシェリル。
ハハ、怒られるどころか感謝されちゃいましたよ、マイッタネコリャ。
そのままドアを閉め、そっと風呂場を後にしようとしたカイルの目に入ってきたのは、大きなリュックを背負ったまま廊下に仁王立ちしている買い出し帰りのブリッツ最凶戦士の姿だった。
「お兄様、何か言い残すことはありますか?」
うわぁ、すげぇ笑顔。
「いや、違うよ、サクラ。これはそういう・・・」
「ありませんよね?」
ダメか。
クソっ、どうせ殺(ヤ)られるならせめて一矢。
「いやぁー、シェリルちゃんってさ、誰かと違って発育いぃぐふぅっっ!?」
音速を超えんばかりにうなる右ストレートがカイルの鳩尾を抉るように突き刺さった。
一方、そんな喧騒から少し離れた客間のソファーでは、リュウガが1人のんびりウィスキーを楽しんでいた。
「やっぱあいつはツイてねぇな」
風呂場の方からは派手な兄妹喧嘩の音が聞こえてくる。
この分だとしばらくは風呂には入れそうにない。
「しゃーねー、ツマミでも買いに行くか」
ちょうど小腹も減った。
それに戻る頃には騒ぎも収まっているだろう。
今日も長い夜になりそうである。
「・・・・・いや、見方によっちゃある意味ツイてるのか?」
================================================================
~登場人物紹介~
・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。酒が苦手。
・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。大酒飲み。
・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。リュウガに習ったパンチの威力は中々のもの。
・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。まだまだ世間の感覚とは乖離がある。
酒場「ストランド」にて、店の手伝い2週間という条件でマスターから事件に関する情報を入手したカイルとリュウガ。
飛来する包丁、フォーク、ナイフの雨をかい潜り店を後にする。
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「く、苦しぃ。」
帰ってくるなり、カイルは息も絶え絶えにそうつぶやくとテーブルに突っ伏した。
「お前、いい加減にその無駄な「俺今しんどいですよ」アピールを止めたらどうだ」
ストランドからブリッツまでの道のりはそれなりに遠い。
そこをずっと全速力で走ってきたのだ。普通なら声も出せないくらいに疲れるはずなのだが、リュウガの顔には余裕の色さえ伺える。
「なんだ、バレてたか。でもね疲れたのはホント。エミリアはどこまで追っかけてくるかわかんないし。それに俺は誰かと違って体力バカじゃないんだよ」
「言ってろ。」
カイルの嫌みを軽く流し、食器や酒の瓶が収められている戸棚を漁るリュウガ。
「俺は今から飲み損ねた分を飲み直す。ついでに今後の方針も考えておきたいんだが、お前はどうする?」
「んー、今日はもうあんまりやる気が出ないから風呂に入って寝るよ。それにお酒は苦手だし」
「相変わらずだな。そんな調子じゃまたサクラがキレるぞ」
「まぁねぇ、どうも俺にはやる気と運がない、って有名みたいだから」
軽く肩をすくめつつカイルは風呂場へと向かう。
「しかし、ああは言ったけどやっぱり結構疲れたな。「フェンリル」を抜けてから本気で動くことって少ないし、運動不足かな………」
昔のことはあまり思い出したくはない。
脳裏に浮上しかけた記憶を振り払うかのように歩みを早める。
風呂場の扉からはかすかに湯気が漏れ出ていた。
気を効かせてサクラが用意してくれていたのだろう。
「本当に俺に似ず気の利くいい娘に育っちゃて」
そういえば、サクラとシェリルちゃんどこに行ったんだろう。
ついさきほど、1階には誰もいなかった。
「その辺の案内でもしてるのかな」
そうは言っても、サクラがまだ廃棄地区に慣れていない何の力ももたない貴族の娘を簡単に外に連れて行くとも思えない。
ここの危険性はその身に十分染み付いているはずだ。
「てことは、2階の空き部屋をシェリルちゃん用に改造しているのかな?まぁ、いいや。風呂から出てから探しに行きますかね」
「あっ………」
風呂場の扉を開けるとそこには半裸の少女がいた。
マズイ。
反射的に目をつぶるカイル。
しかし、怒声と物は飛んでこない。
恐る恐る薄目を開けるとそこには困った様子でおどおどしているシェリルの姿があった。
「えっと、あ、あの・・・。ここではカイルさんが入浴補助係をしてくださるのですか?それとも、もしかして皆さん一緒にお風呂に入る決まりだったりしますか・・・その、すいません。そんな決まりだとは知らなくて・・・・。
あぁ、この娘本当に人を疑うことを知らないんだ。
これがサクラだったなら既に散々モノを投げつけられた挙げ句、ボコボコに殴られた後、しばらくは口をきいてもらえないところである。
・・・いや、というかそんなことをしみじみと考えている場合じゃないんじゃね?
これって客観的にみて結構ヤバイ状況じゃ?
カイルは目をつぶったまま疲れと焦りでいまいち回らない頭で必死に考える。
どうするこの空気。
どう誤魔化して自然に立ち去る?
「いやいやいやいや、シェリルちゃんはさ、ほら、大切なお客さまだから。1人でゆっくり一番風呂に入ってリラックスするといいよ。慣れない環境で疲れただろうし。俺は後で入るから。」
「そ、そうですか。すみません、わざわざ気をつかってもらって」
ご丁寧にペコリと頭を下げるシェリル。
ハハ、怒られるどころか感謝されちゃいましたよ、マイッタネコリャ。
そのままドアを閉め、そっと風呂場を後にしようとしたカイルの目に入ってきたのは、大きなリュックを背負ったまま廊下に仁王立ちしている買い出し帰りのブリッツ最凶戦士の姿だった。
「お兄様、何か言い残すことはありますか?」
うわぁ、すげぇ笑顔。
「いや、違うよ、サクラ。これはそういう・・・」
「ありませんよね?」
ダメか。
クソっ、どうせ殺(ヤ)られるならせめて一矢。
「いやぁー、シェリルちゃんってさ、誰かと違って発育いぃぐふぅっっ!?」
音速を超えんばかりにうなる右ストレートがカイルの鳩尾を抉るように突き刺さった。
一方、そんな喧騒から少し離れた客間のソファーでは、リュウガが1人のんびりウィスキーを楽しんでいた。
「やっぱあいつはツイてねぇな」
風呂場の方からは派手な兄妹喧嘩の音が聞こえてくる。
この分だとしばらくは風呂には入れそうにない。
「しゃーねー、ツマミでも買いに行くか」
ちょうど小腹も減った。
それに戻る頃には騒ぎも収まっているだろう。
今日も長い夜になりそうである。
「・・・・・いや、見方によっちゃある意味ツイてるのか?」
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~登場人物紹介~
・カイル・ブルーフォード:「なんでも屋 BLITZ」を営む。酒が苦手。
・リュウガ・ナギリ(百鬼 龍牙):「なんでも屋 BLITZ」のメンバー。大酒飲み。
・サクラ・ブルーフォード:カイルの妹。リュウガに習ったパンチの威力は中々のもの。
・シェリル・ミシュラン:ミシュラン家ご令嬢。まだまだ世間の感覚とは乖離がある。
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