仕事人達のグルメ事情〜新世界食放浪記〜

小倉 悠綺(Yuki Ogura)

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第2話 鉄鋼街のコロッケパン

第2話 鉄鋼街のコロッケパン 13

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「やっぱ気づいてやがったか」

 レンタロウはその場に立ち止まりニヤリと笑うと、男もまた鼻で笑ってみせた。

「こんな中年に熱い視線が向けられるなんてごく稀だからなぁ。まあそういう時は大抵、男であろうと女であろうとロクな目には遭わないのだが、お前もその類の人間に――」
「当て嵌まるかもな」
「そうだろうな。そうでなければ、俺はある意味失望したかもしれない」
「そりゃどうも」

 話していて、レンタロウはスジカイからの助言の意味を改めて把握した。男はその見た目とは裏腹に、あまりにも饒舌多弁だった。

「お前は何が目的だ? 金か?」
「だとしたら?」
「その宛ては大外れだ。生憎俺は宵越しの銭は持たない」
「なるほど。鉄工街の精肉店で肉買って終わりってか?」
「まあそういう事だ。金は腹を満たさないが、肉は腹を満たしてくれる」

 それには同意出来るがと思ったが、しかしレンタロウは男のペースに呑まれないよう、その意見を口にはせず、淡々と話題を次に進めた。

「もう薄々気づいてるかもしれないが、俺の目的はアンタ自身だ。俺の依頼人がアンタの事を知りたがっている」
「フム……いつの間に俺にも、そんな熱心なファンが着いていたのか」
「しかもその情報に200万リョウが懸けられてる」
「無駄金だな」

 無表情のまま、男は呆れた物言いで切り捨てた。

「まあそう言うな。それで、アンタの名前は依頼者からヤマシタ ヨタロウだと聞いているが、それは偽名だろ?」
「どうしてそう思う?」
「なんせ、与太郎だからな」
「そうか。馬鹿なら騙せるだろうと思ったが、君とその依頼者は多少文学に詳しいようだな」
「それで、本当の名は?」
「ナナシノ ゴンベエ」
「それも偽名だ」

 下手な嘘に付き合ってられんと、レンタロウはすぐさま男の嘘を見破ると、男は実に退屈そうに溜息を吐いた。

「常識的に考えてもみろ。見ず知らずの人間に名前はと問われ、何故馬鹿正直に答えねばならない。名乗るならまず、そちらが先だとは思わんか?」
「チッ面倒くせぇ奴だ……俺はフブキ レンタロウだ」
「偽名か?」
「だとしたらどうするよ?」
「良い名だ」
「そうかい。んで、さっさとお前も名乗れ」
「カラスマ クチバ。これが俺の本当の名だ」
「ほう……ヤマシタ ヨタロウよりはずっと良い名前じゃねぇか」
「お褒めに預かり、恐悦至極の限り」

 カラスマは無表情のまま頭を下げ、瞬く間に頭を上げる。レンタロウがカラスマを警戒しているように、カラスマもまた、レンタロウからなるべく視線を外したくはなかったのだ。

「それでカラスマさんよぉ、こんな地元民も近づかない場所に来て何をしようとしたのさ?」
「物件探しだ」
「物件? なら死体と同居する事になるぜ?」
「住ませるのが死体同士なら問題無いだろう。それに仕事上、ここはよく利用しているからキミよりは俺の方が詳しい」
「仕事……なるほど。アンタの仕事ってのはつまり殺し屋か」
「世間一般的には、そう呼ばれるのかもしれないな」

 カラスマはそこで溜息を吐いてから続ける。

「とはいえ、今回ばかりは物件探しの方が先になってしまったが」

 仕留め損なったと暗喩したカラスマのその一言で、それがスジカイの事だとレンタロウは直ぐに気がついた。

「ソイツは無駄足になったな。アンタが取り損ねたその魚は、俺の仲間が掬い上げに行ったさ」
「なるほど……俺はキミにとんだ大魚を取られた上に、キミは俺という雑魚をも取りに来たという訳か」
「まあ、そういう事にはなるか」
「なるほど、ならば――」

 カラスマの表情は全く変わらないものの、しかしその瞳の奥には先程までには無かった明らかな殺気が宿った。

「雑魚にもプライドがある事を証明せねばならんか」

 カラスマがレンタロウの方へ向かって手を差し出すと、その手には黒い拳銃が姿を現し、間髪入れずに発砲した。

 不意打ちのように見えた攻撃だったが、しかしカラスマが手を差し出したその体勢に違和感を覚えたレンタロウは、すぐさまカラスマの直線上から逃れようと真横に飛び込んでいた。

 その結果、カラスマの弾丸は空を裂いて、レンタロウの後ろにあった建物の壁にめり込んだのだった。

「俺を消して、失敗をリセットするってか?」

 レンタロウが立ち上がりカラスマを見据えると、カラスマは口元だけで笑ってみせた。

「一度起きた事象を無くす事は出来ない。それがこの世の厄介な仕組みだ。だが失敗を有耶無耶にする手立ては幾らでもある。リセットは出来ずとも、リビルドは出来るという事だ」
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