家族で国家機密──うちの犬がしゃべった、その先で

第3話 ブリーダーの正体──託された記憶と、要請の真意

「マミ！ジョロ連れて降りてきて！何かジョロの事、バレてるみたいだからさ、警察の人だって！」

玄関からダイニングに斎藤を名乗る男を案内し、そのまま2階に声を掛けるミサオ。犬の姿のままのコジマルを抱いたクミコもダイニングに集まる。

「やあ。久しぶり。今は、コジマルくんなんだね。可愛がられてるみたいで良かった。」

微笑む斎藤を名乗る男。

（久しぶり？は？いつ？どこで？・・・あれ？コイツどこかで・・・。）

ミサオは記憶をたどろうとする。

「ワフワフッ！（久しぶり！司令さん！）」

「何？ジョロ知り合いなの？しれいさん？」

クミコがコジマルと男を交互に見る。

「あ！アンタ、ジョロ貰った、ブリーダーじゃねえか！どういう事だよ、警察ってよ！」

ミサオは怒気を含んだ声で問い詰める。

コジマルとの出会いは5年前にさかのぼる。

あの、世界的なパンデミック真っ只中。

スーパーへの配送を主とした仕事をしているミサオは、あの時も黙々と仕事をこなしていた。

クミコも編み物をマメに出品していたが、主とした客層の妙齢の女性方の動きの変化に伴い一時手を休める決断をし、家の中で手持ち無沙汰となる。

「ねぇ、最近騒いでるあのゲーム、手に入らないかな？」

当時発売前から騒がれていたゲーム。森の中で自分でDIYをして、家を建てたり、森を切り開いたり、釣りをしたり・・・。自由度が高い、既に数シリーズが発売されていたゲームの続編。また、本体も新機種に切り替わるタイミングで、同梱での販売、店頭で手に入れるのはほぼ望み薄。

その頃、家にはサンシローと言うシーズーの愛犬が居た。その前の愛犬コジローを亡くし、一時期は家族皆が寂しさに意気消沈し、最近やっと前を向ける様になってきた頃だった。

ミサオはあちこちの家電量販店や、直接の販売サイトに登録し、抽選販売に望みを゙かける。

・・・しかし、見事に全敗。情けなさがありながらもクミコに頭を下げるミサオ。

「仕方ないわよ。倍率ものすごいからね。」

クミコはそこまで落胆を見せていなかったがミサオはそれでも何度もゲーム機の同梱セットを手に入れる為に努力する。

そんな時、普段は余程の事で連絡を寄越さないクミコからのメール。

（この子、可愛くない？）

文面には、どこだか分からぬURLリンクが貼られている。帰宅途中、コンビニに車を止め、そのリンクを開く。

出てきたのは、トイ・プードルの小さな男の子の写真と紹介文。どこかのブリーダーらしい。

（・・・可愛いなぁ！でもトイ・プードルなんて高いの分かってて・・・70000円？そんな訳ないよな？でも、桁間違えてないよな？・・・コレなんか裏あんじゃね？）

ミサオはすぐクミコに電話する。

「・・・はい。」

いつもの通りの対応のクミコ。この人は本当に電話の愛想がない。

「メール見た。てか、あの値段、絶対何かあるぞ？見たんだろ？大体ゲームはどした？」

「いや、ゲームは無理でしょ？・・・で、暇だから色々サイト覗いてたらさ・・・見つけちゃった。」

クミコは悪びれもせず答える。

「・・・いや、コジョ亡くして、サンくんも1人ボッチでさみしい思いさせてるっていうのもわかるよ。俺もそこは考えてる毎日。でも、このタイミングなのかな？俺も判断つかないよ。どうしてもあの値段がな。あり得ないよ普通。」

「いや、あのブリーダー、横須賀なのよ。ほら、アンタの帰り道の途中の保育園。あそこ右側に曲がった先っぽいのよ。」

クミコは色々先に調べ終わってる様子。

「それ、もうウチに迎える前提じゃんか！・・・可愛かったけどな？でも、本当に気をつけないと・・・。」

「会うだけなら良くない？会うだけなら。」

（今まで会うだけで済んだ事一度もないよな？俺も無理だわ会うだけなんて。こりゃ決まりか?）

「・・・とりあえずこのご時世だから、すぐ会えるかどうか分からんよ？・・・連絡、とってみるわ。」

クミコとの電話を切り、すぐにサイトから電話をかける。

当時の人同士の対面もはばかられる中、何故かトントン拍子に話は進み、次のミサオの休みに合わせて出かける事が決まる。

そして当日。ミサオ、クミコ、愛犬サンシローが車に乗り込みブリーダーの元へ。

電話の時は何も言われなかったが、出向いて見たら案の定。

「実はこの子、お会いさせる前の動物病院の検査で異常が見つかりまして・・・膝にパテラがあるんですよ。・・・しかも両足。」

（ほらな！何かなきゃオカシイと思ったんだよ。）

ミサオは内心落胆する。

「あの・・・抱かせてもらっていいですか？」

「マミ？」

目の前に居るトイ・プードルの子犬。オドオドした目でこちらを見上げて居る。

「どうぞ。」

クミコはしゃがんで子犬を抱き上げる。

チョコ色の小さな身体が少し震えている。シッポも股の間に隠れている。

クミコは抱きしめる。

少しだけ、震えが収まった様に見える。

（結局、決まりなんだよな。サンくんも吠えないし、俺にも4匹目の息子か。）

「あのすみません、この子・・・」

「あの、この子、貰った頂けませんか？」

「！」

ミサオの言葉をさえぎり話をするブリーダー。

「本来ならこの様な瑕疵のある幼犬をお譲りするのはどうかと思いますが、お見受けした所、この子も奥様に懐いた様に見えました。先ほどもお伝えしたように、この子にはパテラ・・・膝蓋骨関節症が見つかりました。手術は可能ですが、保険に入れない為、費用も高額になります。ですので、それも分かった上で、こちらはお金などいりませんので、この子を受け入れて貰えないでもしょうか！」

「はい。わかりました。」

「マミ！」

「どうせアンタもそのつもりでしょ？なら、ウチの子にさせて下さい。落ち着いたらまた連れてきます。それで構わないなら、今一緒に連れて帰ります。」

（・・・この人はまったく。）

ミサオも呆れながらも、結局その子犬と共に帰宅する事を肯定する。

名前についてだが、永井家の最初の愛犬の名がムサシ。2番目がコジロー。そして3番目がサンシロー。流れでいけば和名がいい。それと、永井家の皆の名前が数字3桁に変換出来る。634，526、346、935，330。それも考え、また、サンシローは、ムサシの数字のアナグラム。
「・・・コジョ、コジロー、コジ・・・ニゴ、ゴニムコジ、ん～コジ、ゼロ！いや、マル！コジマル！520！良くね？マミ。」

かくしてこの子の名はコジマルとなる。次にニックネーム。ムッちょん、コジョ、サンくんと、永井家はそれぞれ呼びやすい愛称が付いている。

「コジ・・・はコジョじゃんか？ジマル？マル？・・・おさまり悪いな？コジロー、コジョロー、ジョロー、ジョロ。ジョロ・・・。ジョロ？」

「ワフ！」

「これでいいのかよ？ホント？」

かくしてこの子の愛称、永井家ではジョロと呼ばれる様になった。

あれから5年。

サンシローも看取り、今はミサオとクミコ、コジマルだけの生活となっている。

そんな中での今日の異変。

そして目の前の斎藤と名乗る不振な男。

でもコジマルは相手を警戒していない。

「アンタ、一体何者だ？ジョロがウチの子になってから、会わせに行こうと電話したら不通。住所に行ったらもぬけの殻。ご丁寧にサイトまでノットファウンドって出てやがった。あのご時世的に、借金かさんで夜逃げで飛んだのかと思ってたら、何か裏あるみてぇだな？・・・ウチの子や女房に何かするつもりなら、やってやんぞコラ！」

台所のシンクの上。

包丁に手が届く位置に動くミサオ。腹はくくっている。

「・・・勘違いしないで下さい。私はコジマルくん、いやあなたがた永井家に要請しに来たんです。お力を貸してもらえないかと。」

（力を貸す？・・・ジョロのアレか？）

ミサオは改めて男の言葉を聞く事となる。

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あとがき

一つの小さな出会いが、思いがけず、過去と未来を繋ぐ鍵だった──  
今回描かれたのは、ジョロ＝コジマルと永井家が出会った“あの日”の真相。  
ただ可愛いだけで迎えたわけじゃなかった。そこには、確かな縁と、誰かの祈りがあったのかもしれません。

でも、どれだけ過去に秘密があっても、ジョロは変わらず“うちの子”。  
そして、家族としてともに歩んできた5年間は、何よりも確かな絆です。

だからこそ、今──その絆が、静かに試されようとしています。  
けれどこの家族は、簡単には揺らがない。小さくても強い想いを胸に、前を向いていくのです。