家族で国家機密──うちの犬がしゃべった、その先で

武者小路参丸

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第5話 任官──国家の要請と、永井家の決断

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翌日。後部座席の左側。犬用チャイルドシートの定位置にコジマル、クミコを右に乗せ、ミサオは自家用車を発進させる。車のナビに入れた行き先は警察庁。

「8時20分。まぁ、高速が事故なきゃ間に合うだろ。」

「そうね。ジョロも平気?」

「ウ~ワフッ!ワウ。ウォウ?(うん。平気!窓。開けて?)」

「意味わかるの良いけどさ、この頭ん中響く声慣れねぇな、まだ。」

「あたし達と・・・斎藤さんだけでしょ?聞こえてるの。」

横横道路衣笠インターから首都高へ。向かうは霞が関。

インターを降りて一般道へ。

ミサオはナビに表示された通り、外堀通りを進む。霞が関一丁目交差点を越えた先──高いフェンスの中に、ひっそりと控えめな関係者車両入口のゲートがあった。

ミサオはゲートに居た警察官に、免許証を提示する。

免許証確認と共に車のナンバー及び社内の同乗者の目視確認が行われる。

「お待ちしていました、永井ミサオさん。通行許可、確認取れております。車両はP3区画へお願いします」

ミラー越しに頭を下げる守衛の姿に、ミサオは思わず眉をひそめる。
「……こんな厳重な所、普通じゃ来られねえって。それでなくても、ガキん時、所轄の少年課の刑事(デカ)さんに散々世話かけた口なのに、ブルッちまうよまったく。」

「自慢にもならないわよ。ま、私は夜中に補導位だけどね?」

「・・・それもどうかと思うけどな?」

夫婦の会話もそこそこに、永井家は地下から一度1階のエレベーター前に向かい、斎藤を待つ。

「やっぱり、定刻より早かったですね。」

振り向くとエレベーターからでは無く、既に斎藤が後ろに立っている。

「では、案内します。こちらへ。」

斎藤は目の前のエレベーターでは無く、違う場所へと移動する。

コジマルは大人しくミサオの腕の中で、周りをキョロキョロと見回している。

「こちらで移動します。場所覚えておいて下さい。」

目の前には、作業用とおぼしきエレベーター。

斎藤は下へのボタンを押し、開いたエレベーターへと躊躇(ちゅうちょ)無く入ってゆく。

「どうぞこちらへ。」

永井家も続けて乗り込む。

斎藤はB3のボタンを押し、閉ボタンですぐ、開いた扉を閉める。

扉が再び開くと、斎藤は降りて左側へと進む。

(機械室・・・配電板室。・・・ほいで、うわっ。古ぼけた看板だなおい。昔の学校のクラス表示かよ?)

壁にネジ止めされた黒い木の板に書かれた文字。

(警察庁警備局特異生命対処班)

「・・・場末感凄いですね。」

ミサオが素直に言葉にする。

「まあ、あくまで建前、間借りみたいなものですからね。体裁は必要なんですよ。中へどうぞ。」

斎藤にうながされ、中へ入る永井家。

小学校の図書室の様なイメージと言うべきか。棚がいくつも並び、ラックには埃塗れ(ほそりまみれ)の資料が入って居そうな幾つもの段ボール。

「うわぁ。いかにもって感じですね。」

クミコがハンカチでくちを覆いながらつぶやく。

「体裁ですから。さてこちらの前へ。」

ドアを入った右側が棚で
左側には壁と何の変哲もない机とイスが1つ。その横にはホワイトボード。

「で、こいつをですね・・・。」

(お!机の中の隠しボタンか?あるあるか?)

少しワクワクするミサオ。

斎藤は机をスルーし、ホワイトボードの前へ。

「このリモコンで操作します。」

(黒板消しの方なんかい!いや、ホワイトボード消しか?)

心の中で激しく突っ込むミサオ。

上の部分をスライドさせるとスマホの様な画面が現れる。

「ここに自分のIDナンバーと指紋及び目の虹彩認証。あなた方にも与えられますので、次回からはそれで。」

斎藤の操作で壁が左右に開く。

目の前には下りのエスカレーター。1階分程下り、そのまま前方へと進む。

短いトンネルの様な部分を抜けると、そこには、厳重そうな鋼鉄の扉。前に2人、迷彩服を来た男性が立っている。斎藤を見ると綺麗な敬礼をする。

「ご苦労。」

斎藤も歩みを止めぬまま答礼し、開かれたドアの中へ。永井家も後に続く。

入るとそこは・・・。

暗い室内。目の前には大きなディスプレイ。左右には、PCを使って何やら行う人員がそこそこ居るのに気付く。

斎藤の姿に気付いてその場で立ち上がり、やはり皆敬礼をする。

「コマンダー。ブリーフィングルームは開けてあります。」

気付くと1人の男がそばにいる。紺色の上下。いわゆる戦闘服と呼ばれるものに似ている。同色の帽子、黒のブーツで立つ男、いかにも部隊の人間と言う雰囲気を醸(かも)し出している。

「分かった。みんなも仕事に戻れ!」

敬礼してた者達がそれぞれの仕事に戻る。

「近藤二尉。こちらが我々の新たな仲間、永井家の皆さんだ。宜しく頼む。」

「はっ!・・・この部隊の情報支援担当の近藤です。以後、宜しくお願いします。では、ご案内差し上げます。」

近藤、斎藤の後ろに永井家という並びで、先ほどの部屋からディスプレイの右手のドアをくぐり、左手奥へ進む。

(いや地下広くねぇ?武器庫・・・支援機材庫・・・車両設備管理室・・・訓練場。で、まだ下もあんのかよ!階段?)

「こちらです。中へお入り下さい。」

中は明るく、手前から奥へ扇がすぼまって下っていく作り。1番下にディスプレイがこちらも据え付けられている。

「では、1番前へ行きましょう。・・・コマンダー、彼も・・・?」

斎藤に確認を取る近藤二尉。

「永井コジマルくん。もうあの姿で平気だよ。」

その言葉に、コジマルはミサオの懐から飛び降り、光に包まれ獣人の姿になる。

「ほぅ。まだ子供・・・といった見た目ですね。それであのunknown(アンノウン)を・・・。いや失礼。では改めて、1番前のお席へお座り下さい。」

近藤に言われ、3人共に1番前に並んで着席する。

「斎藤司令・・・我々はコマンダーとお呼びしてますが、ある程度は司令から大まかな内容はお聞きになられてると思います。ここでは補足をさせていただきます。」

「あなた方永井家への要請、それはunknown(アンノウン)との直接戦闘並びに情報収集等が主たる内容だと理解して下さい。そしてあなた達の所属は、今この場所を拠点とする国の特別部隊、正式には、国家害意生命体対策部隊──通称【H-FORCE(エイチ・フォース)】となります。」

(話デカいよな・・・。大丈夫かよ?)

クミコの顔を見ると、以外にも動揺は感じられない。

(・・・案外マミ図太いな?)

余計な事に気が向くミサオをよそに、近藤の話は続く。

「この部隊は、事案が秘匿性を要する為、警察庁警備局特異生命対処班──という偽装名義を表では使用しております。したがって階級も表と裏、2つの階級での動きが求められます。永井家の皆さんにも、活動的に支障の無いと思われる階級、私と同様の二尉の階級、表では警部補の階級が与えられます。伴ってミサオさんには、今の職業からの退職が必然となります。これについては、こちらで全て処理を行いますので、そちらで動く事は以降なさらないで結構です。」

(退職!・・・いきなりとはいえ、仕方ないよな?)

「・・・尚、ご心配であろうこれからの生活、ズバリ給与の方ですが、一応警察側の名目で支払われます。現在の階級プラス危険手当が別名目で加味され・・・間違いなく今現在のお給料より上がります。月50万・・・手取りですかね?」

「手取り50?マジですか?」

食いつくミサオ。

「はい。・・・1人頭。」

「あ!掛ける3人!マジか!マミ、ジョロ、どうする?いきなり高額所得だぜオイ!」

「永井さん!・・・給与が良いという事は、理由が有ると言う事です。責任と義務が伴う事は、忘れないで下さいね?」

斎藤にクギを刺されるミサオ。

「・・・取り乱しました。すいません。」

「話を続けます。この後この場で任官式を行い、その後3日間、部隊のルールや運用における秘匿部分などの細かい座学、最低限の武器の扱い方や護身及び制圧訓練等を泊り込みで行います。その先は追々やって行きますので、そのつもりでいきましょう。何かご質問は?」

「あの・・・武器って、拳銃とかですか?」

クミコがおずおずと手を上げて聞く。

「それについては、拳銃・・・と言っても相手は基本人間ではありませんので、特殊な弾丸、人間には非殺傷のスタンピストルみたいなものを使用します。対unknown(あんのうん)用の武器ですね。もちろん射撃訓練はしますよ?」

(いきなりチャカではなかったか。マミにはそれでも大変だろうけどな。いや、それよりも!)

「あの、泊り込みなんですよね?でも俺仕事まだ辞めて無くて、その辺は?」

「対処しますんで平気ですよ。」

ミサオの質問にも滑らかに答える近藤。

「・・・じゃ、最後に。・・・家族が別行動なんて事は、ありませんよね?・・・絶対に。」

ミサオは真顔で問う。

「それは・・・絶対です。この部隊での運用方針。というより、最前線で対処する家族は、一緒でないと最大限の力が発揮出来ない訳ですから、意味がないんですよ、別れての行動は。」

それを聞いて安堵する永井家夫婦。

「さて、それではコマンダー、任官式の方をお願い出来ますでしょうか?」

「分かった。本部内の動ける人員集めてくれ。すぐに執り行おう。」

かくして永井家の3人は、複雑ながら、晴れて国家公務員となり、得体の知れぬ生き物に対処する毎日を迎える事となる。


永井家夫婦曰くの地獄の3日間を終えてからの話だが。

ーーーーーーーーーーーー

あとがき

日常を捨て、国家に招かれた永井家──  
ただの家族だった彼らが、“家族だからこそ”の力を期待され、新たな一歩を踏み出します。

組織の名はH-FORCE。  
かつての平凡な生活とは一線を画す世界で、彼らが選ばれた理由とは何なのか。  
正体不明の存在と向き合う覚悟は、本当にあるのか。

けれど彼らは“誰かのため”ではなく、“我が子のため”に立ち上がる。  
その延長線にあるものが、この物語の本質であり、温もりでもあります。

任官を果たした永井家の、新たな戦いと、家族としての在り方。  
これからも、見届けていただければ嬉しいです。
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