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第2章 重なる不運は訝しく
05話
しおりを挟む厘は警戒していた。
花瓶に生けられているときも、化身として人の姿である今も、岬の体質については熟知しているつもりではあったが、霊魂については謎が多い。
岬の額に触れ、中で蠢く醜い魂を出してやろうと試みたが、到底敵わなかった。妖気のみでは太刀打ちできる相手ではないらしい———それに、
「なんなんだ、あいつの気は……」
現在、岬に憑いているみさ緒は、殊更に妙な気を放っている。岬には感じることの出来ない予感も、妖花である厘の琴線には容易に触れた。
「……まぁ、いいか」
下弦の月夜。厘は、襖の向こうを気に掛けながら目を閉じる。そして密かに思いを馳せた。
何者だろうと、傷つけさせはしない……絶対に。
———ガシャンッ。
「い……ッ!」
翌朝。厘は耳を砕くような騒々しい音と、岬の声で目を覚ました。体を起こすと、狭い台所で小さくうずくまる岬が目に入る。
……懲りずにまた、ドジをしたのだろう。厘はやれやれ、と羽織を纏いながら彼女のもとへ向かった。
「おい、どうした?」
「り、厘……っ、えと……これは、」
目を見張る。岬の手が、血に染まっていたからだ。
付近落ちているのは調理バサミ。その先端に纏わりつく鮮血に、岬の手に此の刃物が落ちてきたことを、厘は瞬時に悟った。
「傷口はどこだ。とりあえず洗え、漱げ」
「うん……」
調理器具の一員としてシンク上にぶら下げていた調理バサミ。(留め具の老朽化か、はたまた……)厘は岬の手を取り漱ぎながら、眉を顰めた。
「もう大丈夫、だよ。ありがとう、厘」
「あぁ……出血が多いだけで、たぶん傷口は深くない。ちょっと待ってろ」
厘は岬の指に、持ち出した絆創膏を巻きつける。この白い肌も、細い身体も、想像以上に危うい———正直言って、持て余す。
「ありがとう。やっぱり厘は、器用だね」
正面で細まる満月型の黒目。窓越しの朝日に照らされる薄紅色の頬。糸のように細長い、母親譲りの黒髪。……どうして託したんだよ、宇美。俺に、この娘を。
「厘?」
「……悪い。なんでもない」
雑念を払い、視線を背けた。どうして、と問う前に片付けなければいけないことがある。
「岬、今日は俺が支度するから、他の準備してろ。もう指は平気か?」
「うん、平気。ありがとう」
「それと、登下校は俺もついて行く。そのつもりでいるように」
「……え?」
気の抜けた声。厘はそんな彼女の額を突いて「いいから早く準備しろ」と促し、傍らで思い伏せた。
片付けるべきこと———まずはこの嫌な予感から岬を守る手を講じること、そして───
「みさ緒も起こしておけ。まだお前の中で眠っているらしい」
「う、うん……」
棲みつく霊魂の正体を、探ること。
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