白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

文字の大きさ
31 / 50
第7章 潜った海馬は猛々しく

30話

しおりを挟む

 時は霜月、年初め。

「きつくはないか」

 キュッ、と帯紐を締めながら、縦に頷く彼女を見上げる。化粧を施しているせいか、紅色に色付いた唇が妙に艶めかしい。厘は喉を締め付けながら、己を律した。

「ありがとう」

「ああ」

 クリスマスプレゼント、とやらに岬が頼んだ着付け。純白の和装は、無垢な岬によく似合う。それに、余程嬉しいのだろう。母親譲りの朗らかな笑みを浮かべ、彼女はくるりと回って見せた。

「どう、かな……?」

 頬を緩め、はにかみながら問う岬。やはり、髪は結って正解だったな、と厘も頬を緩ませた。

「似合っている。お前が着ると、白無垢しろむくのようだ」

「そ、れって」

 なんだ、意味が分かるのか。口角を持ち上げると同時、彼女の頬は桜色に染めあがる。頬紅のせいでないことは一目瞭然で、至高だった。

「そ、そうだ、」

「どうした」

「ここの刺繍……たぶん、前はなかったと思うんだけど」

 わざとらしく話題を変える様が、目に見えて可愛らしい。
 あの一夜から。心の内で何かが吹っ切れ、厘は今まで以上に岬の反応を愉しんでいた。何がそうさせたのかは明確ではない。だが、声に出して改めて身に染みたのだろう。

『岬を俺に、くれないか』

 この娘のすべてが欲しい。ともに生涯を添い遂げたい、と。

「厘……?あの、この刺繍なんだけど、」

 進行形で雑念に塗れる厘を、岬は首を傾げながら覗き込む。前身頃に施された刺繍を差していた。

「縫った」

「え……?」

「その辺りは汚れが酷かったからな。庵に布地を足させたんだ。そこに、俺が刺繍を施した」

 太股のあたり。縦長に広く伸びた鈴蘭の。後付の布地を目立たせないための細工。というのは半分建前で、

「嬉しい……ありがとう、厘」

 この笑顔を見たいがために、扱いにくい針を通していた。花弁の部分を優しく撫で、口元を抑えながら喜ぶ岬の顔が見たかった。
 我ながら殊勝だ。一朝一夕であしらえる代物ではない。おかげで、聖夜当日には間に合わないという失態を犯した。それでも、岬の為に夜なべを続けていたことは、他の誰にも明かせないだろう。

「ああ。まぁ、時間があったからな」

 たとえ、本人であっても明かせない。肝心なところで素直になりきれない性質は、玉に瑕だ。厘は辟易しながら、「そろそろ行くぞ」と先導する。しかしやはり、こそばゆい。しかしやはり、嫌な気はしない。

「遅ぇぞ、何分待たせる気だ」

 が、開けた玄関前に立つ庵のしかめ面は、容易く嫌な気を起こさせた。ある意味才能と言える。

「文句を垂れるな。癇性かんしょうめ」

「あぁ?お前こそ、いつもいつも偉そうになぁ、」

 ごめん、お待たせ———。
 庵が顔を歪めた直後。そう言って後ろから現れた娘の姿に、正面の喉は分かりやすく息を呑む。奴の見開かれた瞳には、彼女の着物姿がくっきりと映っていた。
 ……この反応が、余計にいけ好かない。岬が誘わなければ、庵など絶対に置いて行くのだが。

「庵?」

 岬は履き慣れない桐下駄を鳴らしながら、銀杏の化身に首を傾げる。正面で急に呆けられたのだから、無理もない。

「……あれだな。馬子にも衣装ってやつか」

 言葉とは裏腹、気色悪いほどに紅潮する庵。指先で頬を引っ掻く仕草は、自分を見ているようで腹立たしかった。
 ……へぇ。お前も、こういうのが刺さるのか。厘は眉をピクリと動かしながら、「行くぞ」と岬の肩に手を添えた。

「やっぱり、背伸びしすぎかな……?」

「何がだ」

「馬子にも衣装、って庵も言ってるし」

 黙って付いてくる後ろを気にしながら、岬は言う。幸い、この娘の鈍感さは本物だった。

「ああ。あいつの目は節穴だからな。心配するな」

「節穴……?」

「お前が一番、綺麗だよ」

 これぐらい直接的でなければ、おそらく彼女は気づかない。思っていた通り、さすがの鈍感も目を逸らす。耳からうなじに掛けてみるみる染まりゆく肌が、厘の理性を揺さぶった。
 随分と拗れた性癖だ、と含み笑う。背後で舌を打つ庵には、気づかないふりをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

処理中です...