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第三章
4、怖がりな犬
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道の駅の休憩所で、おばさん達のいろんな話を聞くのは結構面白い。
毎日、今日はどんな話が聞けるかと楽しみだったりする。地元の様々なニュースをいち早くキャッチできる場所でもある。新しく出来たお店の話なんかも早いのだ。
そんな中、いつも一緒に野菜売り場の仕事をしている玉木さんというおばさんが、家で犬を飼い始めたのだと話をはじめた。
「この犬の散歩が大変なんよ。すごい怖がりで、大きい車の走る音なんかにもビクビクするんだけど・・・」
どうせ犬を飼うのなら、犬の保護施設からもらったら良いのではないかという家族との話で、山の中に作られている保護犬の施設にご主人と一緒に犬を見に行ったそうだ。
そこは個人がM市から委託されて経営している施設で、おせじにも綺麗だとは言い難かったみたいだ。糞尿の匂いがきつく、施設の犬達の吠える声も荒々しい。かなり荒んだ感じの印象で。
最初は子犬が良いのではと思っていたそうだけど、見て回るうちに黒白のボーダーコリーとダルメシアンのミックスだろうという、大きいけど気の弱そうな犬が檻の隅にいるのが目に入った。
ほとんどボーダーコリーの外見だけどもっと大型で毛は短かめ、白い毛の部分に黒いぶちが入り、瞳はうすい茶色をしている。お尻を壁に押し付けて座り込み、覇気のない表情をしていたそうだ。
事情を聴けば、まだ一歳半で、ここに来て間もない犬だった。名前は力(りき)なのだという。飼い主の事情で突然飼えなくなり、施設に預けられたようだ。
ご主人がその力(りき)を気に入り、飼う事に決めた。
後日、知り合いから借りた犬のゲージを軽トラに乗せて、その犬をもらい受けに行ったのだという。
連れて帰るにあたっては、諸経費をいくらか支払わなければならなかったそうだけど、新しくペットショップで犬を買う事を思えば安い買い物だと思ったそうだ。
家の中では飼わず、物置小屋に居場所をあつらえた。
どうやら元々家の中で飼われていたらしく、犬小屋には見向きもせず、逆に大きな犬小屋を傍に置くと恐れてしまう様子だったので、敷物をしいてやるとそこに落ち着いたらしい。
家での居場所は決まったものの、困ったのは散歩だった。
犬の散歩はご主人と大学生の息子さんがする事になった。なにしろその犬は力が強く、本気で跳ね回ると玉木のおばさんは引き倒されてしまうという事が分かったのだ。
そして、問題の散歩の話になった。
玉木のおばさんの家はもともと農家が点在する場所をだんだん田んぼや畑をつぶしてそこが住宅地になったような場所にあるらしいのだが、家を出て右に回るコースと左に回るコースのどちらを行っても、ぐるりと回って家に戻るには、とある家の前を通らなければならないそうだ。
その家の手前に来ると、犬はピタリと歩みを止め、動かなくなるらしい。
無理やり引っ張って行こうとすると、手足を突っ張って座り込んでしまう。体重が三十キロある犬がそうすると、もうどうにもならないのだという。
それは右回りで行っても、左回りで行っても、どちらにしてもその家の手前で動かなくなる。
息子さんとご主人二人掛かりでも絶対に動かない。結局、ぐるりと回るのは諦めてその家の前まで行って元の道を戻るしかなかったのだという。
「でね、その家って、最近、奥さんが首つりをした家なのよ」
「「「「「ええええ~っ」」」」」
「そういえば犬とか猫とかの霊感って鋭いらしいって聞いた事があるわ」
と、誰かが言った。他の誰かも相槌を打っている。
「家の猫も家の中の何もない所をずっと見てるときあるよ。誰も居ないのに何かを追いかけて行ったりとか」
「いやあ、怖い」
「わかる、家の犬も夜中に突然家の中の一点を見つめて吠えたりするよ」
「こわ~い。やっぱり見えてるんだ」
ひとしきり騒ぎがおさまると、玉木のおばさんが話を続けた。
「何か月か前に救急車とパトカーが来てね、何かあったのかなと思ってたら、奥さんが首を吊って亡くなったらしいってお向かいさんに聞いたんよ」
「なんで首吊っちゃったん?」
「う~ん、たぶんそうだろうって話。その近所の人が言ってたんだけどね。まず、こっちはご主人の里で、後家さんになっているご主人のお母さんがぼけてきて、お母さんは老人施設に入れて、その家には夫婦で戻ってきちゃったんよ。でも、夫婦でちゃんと引き上げて戻る前に、大学生だった息子さんが急死して、なんでか知らん、今まで付き合いもないのにこっちで息子さんのお葬式をあげちゃったんよ。変だなとは思ったけどね・・・同じ常会じゃけど、そんな成り行きで奥さんとの付き合いは無かったし、会った事もなくてね。じゃけど常会で連絡が回って皆近所の人はお葬式に行くっていうから私も行ったんよね。そしたら、亡くなった原因はインフルエンザだったってご主人は弔辞で言ってたんだけど・・・でもそれが、本当は自殺だったらしいんよ」
「え~そうなんじゃ~、そりゃあ母親ならきついし悲しいし・・・」
他のおばさん達も、うんうん頷いている。
「それで、奥さんはおかしくなってしまったんじゃろうって言ってた。引っ越してきてからも家の中に籠ってしまって、近所の人は誰も一度も見たこと無かったみたい。結局、奥さんのお葬式は常会ではしなかったから、家族葬だったんだろうね」
「じゃあ、今はご主人が一人で住んでるん?」
「いいや、ご主人は家をそのままにして県外に出て、全然関係ない場所にアパート借りて一人暮らししてるらしいんよね。ご主人には常会の事で何回か会ったことがあったんじゃけど、奥さんがどうこうの前から、もう、陰気いうか、暗くてね・・・」
「なんか、暗くなるような事情のある家だったんかもしれんねえ。外からじゃわからんもん。それじゃあ犬は、なんか感じてそこを通らんのんじゃね」
「そうなんよ、家の息子がビビリの力(リキ)で、ビビリキって呼んでるんよね」
「いや~、近所じゃけしょうがないけど、犬じゃなくても怖い感じする」
「そりゃそうかもしれんけど、どうしようもない事じゃけね~」
「まあそうよねえ」
家を建てて家族で住んでいる場所を、近くに自殺した人の家があるから、別の場所に変えるなんていくら嫌だと思っても経済的にも簡単な話ではない。そのまま諦めて住むしかないのだ。
隣や向かいに住んでいる人はもっと切実だろう。他人事では済まないものがある。いつ何時そんな不幸がやってくるかもしれないのだ。
玉木さんの様に自分で取り敢えずなっとくして過ごしているならまだ良いと思わなけれならない。
そんな事を考えながら外に出るとお兄さんがパン屋の所から少し手を上げたのが見えた。
「お兄さん、お先です」
この間の護符を渡してから数日経過している。お客さんがいたりして、話をする時間もなかったけど、今はお客さんがいない。
「・・・あのさ、アレありがと。なんか良いよ。身体が楽」
アレとはもちろん、護符の事だろう。
「ほんと?良かった。ずっと身に着けて持っててね」
「うん。わかった。えっと、君、これ好きかな?食べる?」
お兄さんは薄い箱の入った紙袋を私に見せる。
「あ、それ好き」
M市にある老舗の饅頭屋の紙袋だ。創業100年を越える昔ながらの饅頭屋さんだ。その素朴な味わいが私は大好きだった。
「じゃ、これ、食べて」
「うん。ありがとう、いいの?」
「君にあげようと思ったんだ。だから遠慮しないで。あ、バス来たよ」
お兄さんの細い目が笑ったような気がした。
「うん」
なんか、嬉しかった。今までで一番長く話をしたような気がする。
毎日、今日はどんな話が聞けるかと楽しみだったりする。地元の様々なニュースをいち早くキャッチできる場所でもある。新しく出来たお店の話なんかも早いのだ。
そんな中、いつも一緒に野菜売り場の仕事をしている玉木さんというおばさんが、家で犬を飼い始めたのだと話をはじめた。
「この犬の散歩が大変なんよ。すごい怖がりで、大きい車の走る音なんかにもビクビクするんだけど・・・」
どうせ犬を飼うのなら、犬の保護施設からもらったら良いのではないかという家族との話で、山の中に作られている保護犬の施設にご主人と一緒に犬を見に行ったそうだ。
そこは個人がM市から委託されて経営している施設で、おせじにも綺麗だとは言い難かったみたいだ。糞尿の匂いがきつく、施設の犬達の吠える声も荒々しい。かなり荒んだ感じの印象で。
最初は子犬が良いのではと思っていたそうだけど、見て回るうちに黒白のボーダーコリーとダルメシアンのミックスだろうという、大きいけど気の弱そうな犬が檻の隅にいるのが目に入った。
ほとんどボーダーコリーの外見だけどもっと大型で毛は短かめ、白い毛の部分に黒いぶちが入り、瞳はうすい茶色をしている。お尻を壁に押し付けて座り込み、覇気のない表情をしていたそうだ。
事情を聴けば、まだ一歳半で、ここに来て間もない犬だった。名前は力(りき)なのだという。飼い主の事情で突然飼えなくなり、施設に預けられたようだ。
ご主人がその力(りき)を気に入り、飼う事に決めた。
後日、知り合いから借りた犬のゲージを軽トラに乗せて、その犬をもらい受けに行ったのだという。
連れて帰るにあたっては、諸経費をいくらか支払わなければならなかったそうだけど、新しくペットショップで犬を買う事を思えば安い買い物だと思ったそうだ。
家の中では飼わず、物置小屋に居場所をあつらえた。
どうやら元々家の中で飼われていたらしく、犬小屋には見向きもせず、逆に大きな犬小屋を傍に置くと恐れてしまう様子だったので、敷物をしいてやるとそこに落ち着いたらしい。
家での居場所は決まったものの、困ったのは散歩だった。
犬の散歩はご主人と大学生の息子さんがする事になった。なにしろその犬は力が強く、本気で跳ね回ると玉木のおばさんは引き倒されてしまうという事が分かったのだ。
そして、問題の散歩の話になった。
玉木のおばさんの家はもともと農家が点在する場所をだんだん田んぼや畑をつぶしてそこが住宅地になったような場所にあるらしいのだが、家を出て右に回るコースと左に回るコースのどちらを行っても、ぐるりと回って家に戻るには、とある家の前を通らなければならないそうだ。
その家の手前に来ると、犬はピタリと歩みを止め、動かなくなるらしい。
無理やり引っ張って行こうとすると、手足を突っ張って座り込んでしまう。体重が三十キロある犬がそうすると、もうどうにもならないのだという。
それは右回りで行っても、左回りで行っても、どちらにしてもその家の手前で動かなくなる。
息子さんとご主人二人掛かりでも絶対に動かない。結局、ぐるりと回るのは諦めてその家の前まで行って元の道を戻るしかなかったのだという。
「でね、その家って、最近、奥さんが首つりをした家なのよ」
「「「「「ええええ~っ」」」」」
「そういえば犬とか猫とかの霊感って鋭いらしいって聞いた事があるわ」
と、誰かが言った。他の誰かも相槌を打っている。
「家の猫も家の中の何もない所をずっと見てるときあるよ。誰も居ないのに何かを追いかけて行ったりとか」
「いやあ、怖い」
「わかる、家の犬も夜中に突然家の中の一点を見つめて吠えたりするよ」
「こわ~い。やっぱり見えてるんだ」
ひとしきり騒ぎがおさまると、玉木のおばさんが話を続けた。
「何か月か前に救急車とパトカーが来てね、何かあったのかなと思ってたら、奥さんが首を吊って亡くなったらしいってお向かいさんに聞いたんよ」
「なんで首吊っちゃったん?」
「う~ん、たぶんそうだろうって話。その近所の人が言ってたんだけどね。まず、こっちはご主人の里で、後家さんになっているご主人のお母さんがぼけてきて、お母さんは老人施設に入れて、その家には夫婦で戻ってきちゃったんよ。でも、夫婦でちゃんと引き上げて戻る前に、大学生だった息子さんが急死して、なんでか知らん、今まで付き合いもないのにこっちで息子さんのお葬式をあげちゃったんよ。変だなとは思ったけどね・・・同じ常会じゃけど、そんな成り行きで奥さんとの付き合いは無かったし、会った事もなくてね。じゃけど常会で連絡が回って皆近所の人はお葬式に行くっていうから私も行ったんよね。そしたら、亡くなった原因はインフルエンザだったってご主人は弔辞で言ってたんだけど・・・でもそれが、本当は自殺だったらしいんよ」
「え~そうなんじゃ~、そりゃあ母親ならきついし悲しいし・・・」
他のおばさん達も、うんうん頷いている。
「それで、奥さんはおかしくなってしまったんじゃろうって言ってた。引っ越してきてからも家の中に籠ってしまって、近所の人は誰も一度も見たこと無かったみたい。結局、奥さんのお葬式は常会ではしなかったから、家族葬だったんだろうね」
「じゃあ、今はご主人が一人で住んでるん?」
「いいや、ご主人は家をそのままにして県外に出て、全然関係ない場所にアパート借りて一人暮らししてるらしいんよね。ご主人には常会の事で何回か会ったことがあったんじゃけど、奥さんがどうこうの前から、もう、陰気いうか、暗くてね・・・」
「なんか、暗くなるような事情のある家だったんかもしれんねえ。外からじゃわからんもん。それじゃあ犬は、なんか感じてそこを通らんのんじゃね」
「そうなんよ、家の息子がビビリの力(リキ)で、ビビリキって呼んでるんよね」
「いや~、近所じゃけしょうがないけど、犬じゃなくても怖い感じする」
「そりゃそうかもしれんけど、どうしようもない事じゃけね~」
「まあそうよねえ」
家を建てて家族で住んでいる場所を、近くに自殺した人の家があるから、別の場所に変えるなんていくら嫌だと思っても経済的にも簡単な話ではない。そのまま諦めて住むしかないのだ。
隣や向かいに住んでいる人はもっと切実だろう。他人事では済まないものがある。いつ何時そんな不幸がやってくるかもしれないのだ。
玉木さんの様に自分で取り敢えずなっとくして過ごしているならまだ良いと思わなけれならない。
そんな事を考えながら外に出るとお兄さんがパン屋の所から少し手を上げたのが見えた。
「お兄さん、お先です」
この間の護符を渡してから数日経過している。お客さんがいたりして、話をする時間もなかったけど、今はお客さんがいない。
「・・・あのさ、アレありがと。なんか良いよ。身体が楽」
アレとはもちろん、護符の事だろう。
「ほんと?良かった。ずっと身に着けて持っててね」
「うん。わかった。えっと、君、これ好きかな?食べる?」
お兄さんは薄い箱の入った紙袋を私に見せる。
「あ、それ好き」
M市にある老舗の饅頭屋の紙袋だ。創業100年を越える昔ながらの饅頭屋さんだ。その素朴な味わいが私は大好きだった。
「じゃ、これ、食べて」
「うん。ありがとう、いいの?」
「君にあげようと思ったんだ。だから遠慮しないで。あ、バス来たよ」
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なんか、嬉しかった。今までで一番長く話をしたような気がする。
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