捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋

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第四章

ノーマ子爵家のその後

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 既に5年近く前になるが、ノーマ子爵家では次女のミリアムが失踪し、大騒ぎになった。


 いつもなら侍女が起こしに行かなくてもミリアムは姉のエリザベスの身支度の為に早くに起きて、使用人専用の食堂で食事を済ませ、エリザベスの元へ来ている時間だった。


 そもそもミリアムには専用の侍女など居ないし。ドレスは外から来た淑女教育の先生の前に出る時だけエリザベスのお古のドレスを借りて着ていたので、いつもは使用人と同じお仕着せである。

 エリザベスにとって古いドレス等、雑巾にしても良いと思える程度の物だったようだ。
よく「お古の雑巾ドレスねオホホホホ」と楽しそうに言っていた。なんか自分のツボだったみたいで楽しそうでなによりだった。機嫌が良いと嫌がらせが少なくて嬉しい。


 使用人専用の食堂ではミリアムは食事マナーの教育以外は、適当に夕べの使用人残り用の食事の残りを勝手によそって食べて食器も自分で片付けた。これは、夕食ですらそうだった。

 ミリアムがそう言った態度だったので、使用人サイドでは、主人達がするからと言ってつまらない嫌がらせをミリアムにしてくる事はなかった。

 これは、ミリアムにとってもありがたかった。人としてまともな人が多かったという事だろう。

 日々の事は別にどうしたら良いかなんて聞かなくても自分の事は自分がすると言う前世での当たり前の事として過ごして来た。使用人の手を煩わせるという事がなかったからかも知れない。


 それで、当日はミリアムが部屋に現れないので、エリザベスが癇癪を起し、別の侍女に呼びに行かせた所、居ないと言う。他の者にすぐに母親に言いつけさせて、母親が他の使用人を使って家中探し始めた。

 屋根裏部屋には別段これと言って大した物は置いていなかった。使用人部屋にあるのと同じ粗末なベッドとクローゼット、文机とイスだ。あとは蝋燭立て位だろう。

 勉強に使う文具も最低限の物が置いてあるだけで、クローゼットの中も着替えのお仕着せと粗末な下着、タオル等だ。だいたい何か持って出る程の物も持っていないのだ。

 お金も持っていないし、軟禁状態で屋敷に閉じ込めていたので、外に一人で出たこともないはずだ。
世間知らずで、大人しく、頭も良くない(勝手な思い込み)はずなので、何処かに行けるはずもない。


 それが何処にも居ないとなると、屋敷のどこかに隠れているはずだ。と子爵婦人は考えた。
しかし、午前中いっぱい探させて居ないとなると、夫である子爵に言わないわけにもいかない。

 大目玉を貰うであろうが、執事に取り次ぎを願い、致し方なく執務室に向かった。


 子爵は話を聞いて激昂したが、直ぐに他の侍従に人をやらせ、私兵を集めミリアムが行きそうな場所を探させた。
もちろん領地の境にも人を送った。だが、領地の境はいずれも馬で行かなければならない様な離れた場所にあり、家に軟禁されていた娘が徒歩で行けるような場所ではない。


 それでも、もしもの事を考えて私兵を送り、探させたが見たと言う者が居ない。
見た目は白金の髪に水色の瞳をした、領主と同じ色をもつ貴族にしか見えない美しい娘だ。
目立たない訳がないのだが、全く目撃情報もなかった。

 池や湖といった近場も浚ったが、出てこなかった。


 ひと月、ふた月経つうちに一応隣の領地やその隣と足を延ばして探させても見たが、全く手掛かりもなかった。

そのうち、神隠しにあったのではないかと妻に言われ、この地に残る、美しい娘が神に見初められ、神の妻になり天で暮らしましたと言うピュアな物語を持ち出して来た妻には辟易したが、事実どうにもならない。

 予定では、ウエルズ伯爵の後妻にミリアムを送り込む予定だったので、居なくなってそうとう慌てたのだった。
ウエルズ伯爵領は絹織物が有名で、王級にも出入りする程だった。養蚕ようさんも盛んで桑も良い蚕を育てる特別な種類を育てていると聞く。

 ノーマ子爵はその苗も養蚕のノウハウも欲しかった。

 だが、ただの捕らぬ狸の皮算用になっただけだった。ミリアムにかけた教育費も取り返せずに逃げられてしまった。未だにミリアムが何処に行ってしまったのか予想もつかなかった。


 使用人達の中ではもっぱら魔物の出る森にでも逃げ込んで食べられてしまったのではないだろうかと噂されている。

 ミリアムが居なくなり年月が経ち、そろそろ5年になる。
死亡届をださなければならないだろう。


 娘のエリザベスは隣領の男爵家に嫁に行ったが、二年経っても子供が出来なかった事もあり、家に戻されれしまった。
 息子のヘンリーには没落侯爵家の娘を娶らせたが、その娘は見た目が悪くヘンリーの好みでなかったらしく結局上手く行っていない。

娼館に妾を作ってしまい、子供まで作らせてしまった。ついには別の館でその妾と子供と一緒に住みはじめてしまった。

もしも庶子などを後継ぎにしたらいい笑いものになる。ノーマ子爵婦人はなんとか息子を説得しようと試みたが、ヘンリーは話を聞こうとすらしなかった。


 それでも、ノーマ子爵家は鉱山持ちのお陰で領地は豊だったが突然その鉱物が半分以下しか出なくなったのだ

 鉱山に頼り切った領の運営をしていたノーマ子爵家は突然困窮しはじめた。

 ノーマ子爵は納得が行かなかった、以前鉱山の専門家に調べて貰った所、あと200年は十分鉱物を掘る事が出来るだろうと言われていたからだ。


 そこから、ノーマ子爵領は坂道を転がるように転落の一途を辿っていった。
 
 そこに誰かの思惑が絡んでいたなど知る由もなかった。

 




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