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禊ぎ
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「ゆかりちゃん。禊ぎをしてきなさいっ」
「え、ウカ様のところに来る前が必ずシャワー浴びてきてますよ。なんか匂いますか?」
私は焦った。この美しい女神に汚えなおまえ、洗ってこいよと言われるなんて。
「ごめんごめん。気にすることじゃないのよ。汚れじゃ無くて、ちょっといいものあげるからその前に身を清めておいて欲しいのよ」
「びっくりしましたよ。服とか自分で適当に作れるから洗って無くて。ほんとは洗わなきゃいけないのかと思いましたよ」
「昔の神々じゃないんだから服も汚れませんよ。それより、あなたの村に流れてる小川があるでしょ、それをずっと辿ってゆくとかなり上に滝があるの。滝壺の周りにいい感じな場所があるから頭まで浸かってきてね。服は全部脱いで入るんですよ」
おおよその場所を思い浮かべてみると、御山よりずっと高地の登山者しか行かないような山奥だろう。自分の脚で登る必要も無いので行けはするが。
「全裸ですか。うーん、釣り人とかいそうで心配だなぁ」
「大丈夫。土日じゃなければ川登りしてる人もいないし、普通の人は入れないよ。昔はこのあたりの神はみんなそこで禊ぎをしたのよ」
「そうですか。よし、わかりました今度行ってみます」
「今行くのよ。今日はド平日じゃないの。ちゃんと潜って完全な禊ぎをしてきなさい」
「わ、わかりました。行ってきます」
行けたら行こう(たぶん行かない)と思っていたが、気の短い女神様だ。まさかいま渡す物のためにすぐに禊ぎをしろとは。
でも気が短い割に何時までに戻ってきなさいとか細かいことを言わないのはやはり悠久の時を生きている神なのだなぁと思う。私もそうありたい。
「山奥は気持ちいいねぇ。このへんに別荘とか欲しいな」
私は村へ戻り、川の上をふんわりと飛びながら遡上した。舗装道路が無くなり、家も道も人の存在を寄せ付けない鬱蒼とした山中の森を遡ってゆく。
時々光が差した川面にはイワナが数尾ゆったりと泳いでいて気持ちよさそう。川上から吹いてくる風はマイナスイオンがたっぷりの爽やかなものになっていた。滝が近い。
「うわぁぁ、すっごーい」
森の先に突然開けた場所があり、二階建ての家ぐらいの高さの岩盤が横たわっている。壁のあちこちから水が湧き出し、中央に本流の滝が白泡を立てていた。
そして泡の中からまっすぐに光柱が立ちのぼっていたのだった。
光の中には勾玉の形をした透明なものが二つ追いかけっこをするみたいに回っている。
「思ったより高さはないのね。それで見つけづらくて人が来ないのかな」
滝壺の周りは白い大岩が取り巻き、森の木々が遠巻きに生えている。山にぽっかりと開いた聖域なのだろう。
途中に釣り人とも会わなかったので人はいない。それどころか、私の姿は今神様モードで人間には見えないはずだ。
「うっひょー開放的ぃ!」
着ていた服を脱ぐ必要も無い。一瞬で裸になって滝壺前の岩に立つ。
「イザナギは服も洗ったって話だけど、私の服は物理的なものじゃないし、これで準備オッケー」
水に足を入れてみる。冷たい。
生身だったら数分で心臓が止まりそうだ。
「よし、はいるぞっ!」
気合いを入れて私は少し深い場所まで進む。腰まで浸かったところで顔を洗い、胸に水をぱちゃぱちゃ浴びる。
冷たいプールに入る前は必ずやってしまう行動だが、どうしてもこの冷たさは怖い。
「白蛇山大神様、禊ぎのお手伝いを致します」
「うわっ! びっくりしたーーっ!!」
水中から二人の少女が立ち上がる。弥生時代の服装によく似た姿の二人は、私の左右に立ち、木製の器を持っていた。
「あなたたちはここの精霊とかなの?」
「はい。遙か昔より神々の禊ぎをお手伝いしております」
二人は久しぶりの作業が嬉しいのか、神が訪れるのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながら私に水を掛けてくれる。
最初は肩に水を流し、背中や胸にも交互に流してくれていたが、スポンジとかでガシガシ洗ってくれないかなぁとイライラしてきた。
ところが身体に当たる水の勢いが徐々に強くなってゆき、バシャーッ、ドバシャッと水音が大きくなり、私に掛ける水量が増えてゆく。
「ちょっ、ちょっとストップ、ちょっとやめてっ」
「はぁはぁはぁ、こ、これは、わたくしたち興奮してしまいましたわ」
「はぁはぁ申し訳ありません、百年ぶりの禊ぎでしたので嬉しくて興奮してしまいましたわ」
二人の少女は肩で息をしている。
「どんだけ張り切って水ぶっかけてくれたのよ。まぁ、神様も少なくなって寂しいみたいだし、勢い余っての事でしょう。許す。でももう大丈夫、あとは潜るだけだから」
「あ~~、もう終わりですかぁ」
「しかもほとんど穢れが無いのでやりがいが無いですねぇ」
そんなに非難されるいわれは無いと思う。
「ウカ様に言われて来たのよ。なんか良い物渡すから禊ぎをしてきなさいって」
「まぁ、宇迦之御魂神が、それじゃたぶんアレね」
「アレですね」
二人は顔を見合わせて納得顔だが、アレとはなんだろう。有名なものらしいが。
私は水に潜った。滝壺の手前には小さな祠が沈んでいる。光の柱はこの祠の下から立ちのぼっているのだ。
「二つの水玉はあの子達なんだ。なるほどわかりやすい。禊ぎシスターズと呼ぼう」
私はしばらく全身を水中に沈めて美しい滝壺の風景を楽しんだ。
「それじゃ、今日はありがとう。またいつか来るからね」
「白蛇山大神様、少しでも穢れ、障りに触れたときはすぐいらしてくださいませ」
「二人でお待ちしております」
深々とお辞儀をしながら禊ぎシスターズは水の中へ消えていった。
「いい場所だなぁ。あの娘達には引っ越して貰ってここに別荘作ろっと」
夏らしく薄い白のワンピースにさらさらとゆったりした履き心地のワイドパンツ姿になり、ウカ様の稲荷神社を目指して戻るのだった。
「え、ウカ様のところに来る前が必ずシャワー浴びてきてますよ。なんか匂いますか?」
私は焦った。この美しい女神に汚えなおまえ、洗ってこいよと言われるなんて。
「ごめんごめん。気にすることじゃないのよ。汚れじゃ無くて、ちょっといいものあげるからその前に身を清めておいて欲しいのよ」
「びっくりしましたよ。服とか自分で適当に作れるから洗って無くて。ほんとは洗わなきゃいけないのかと思いましたよ」
「昔の神々じゃないんだから服も汚れませんよ。それより、あなたの村に流れてる小川があるでしょ、それをずっと辿ってゆくとかなり上に滝があるの。滝壺の周りにいい感じな場所があるから頭まで浸かってきてね。服は全部脱いで入るんですよ」
おおよその場所を思い浮かべてみると、御山よりずっと高地の登山者しか行かないような山奥だろう。自分の脚で登る必要も無いので行けはするが。
「全裸ですか。うーん、釣り人とかいそうで心配だなぁ」
「大丈夫。土日じゃなければ川登りしてる人もいないし、普通の人は入れないよ。昔はこのあたりの神はみんなそこで禊ぎをしたのよ」
「そうですか。よし、わかりました今度行ってみます」
「今行くのよ。今日はド平日じゃないの。ちゃんと潜って完全な禊ぎをしてきなさい」
「わ、わかりました。行ってきます」
行けたら行こう(たぶん行かない)と思っていたが、気の短い女神様だ。まさかいま渡す物のためにすぐに禊ぎをしろとは。
でも気が短い割に何時までに戻ってきなさいとか細かいことを言わないのはやはり悠久の時を生きている神なのだなぁと思う。私もそうありたい。
「山奥は気持ちいいねぇ。このへんに別荘とか欲しいな」
私は村へ戻り、川の上をふんわりと飛びながら遡上した。舗装道路が無くなり、家も道も人の存在を寄せ付けない鬱蒼とした山中の森を遡ってゆく。
時々光が差した川面にはイワナが数尾ゆったりと泳いでいて気持ちよさそう。川上から吹いてくる風はマイナスイオンがたっぷりの爽やかなものになっていた。滝が近い。
「うわぁぁ、すっごーい」
森の先に突然開けた場所があり、二階建ての家ぐらいの高さの岩盤が横たわっている。壁のあちこちから水が湧き出し、中央に本流の滝が白泡を立てていた。
そして泡の中からまっすぐに光柱が立ちのぼっていたのだった。
光の中には勾玉の形をした透明なものが二つ追いかけっこをするみたいに回っている。
「思ったより高さはないのね。それで見つけづらくて人が来ないのかな」
滝壺の周りは白い大岩が取り巻き、森の木々が遠巻きに生えている。山にぽっかりと開いた聖域なのだろう。
途中に釣り人とも会わなかったので人はいない。それどころか、私の姿は今神様モードで人間には見えないはずだ。
「うっひょー開放的ぃ!」
着ていた服を脱ぐ必要も無い。一瞬で裸になって滝壺前の岩に立つ。
「イザナギは服も洗ったって話だけど、私の服は物理的なものじゃないし、これで準備オッケー」
水に足を入れてみる。冷たい。
生身だったら数分で心臓が止まりそうだ。
「よし、はいるぞっ!」
気合いを入れて私は少し深い場所まで進む。腰まで浸かったところで顔を洗い、胸に水をぱちゃぱちゃ浴びる。
冷たいプールに入る前は必ずやってしまう行動だが、どうしてもこの冷たさは怖い。
「白蛇山大神様、禊ぎのお手伝いを致します」
「うわっ! びっくりしたーーっ!!」
水中から二人の少女が立ち上がる。弥生時代の服装によく似た姿の二人は、私の左右に立ち、木製の器を持っていた。
「あなたたちはここの精霊とかなの?」
「はい。遙か昔より神々の禊ぎをお手伝いしております」
二人は久しぶりの作業が嬉しいのか、神が訪れるのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべながら私に水を掛けてくれる。
最初は肩に水を流し、背中や胸にも交互に流してくれていたが、スポンジとかでガシガシ洗ってくれないかなぁとイライラしてきた。
ところが身体に当たる水の勢いが徐々に強くなってゆき、バシャーッ、ドバシャッと水音が大きくなり、私に掛ける水量が増えてゆく。
「ちょっ、ちょっとストップ、ちょっとやめてっ」
「はぁはぁはぁ、こ、これは、わたくしたち興奮してしまいましたわ」
「はぁはぁ申し訳ありません、百年ぶりの禊ぎでしたので嬉しくて興奮してしまいましたわ」
二人の少女は肩で息をしている。
「どんだけ張り切って水ぶっかけてくれたのよ。まぁ、神様も少なくなって寂しいみたいだし、勢い余っての事でしょう。許す。でももう大丈夫、あとは潜るだけだから」
「あ~~、もう終わりですかぁ」
「しかもほとんど穢れが無いのでやりがいが無いですねぇ」
そんなに非難されるいわれは無いと思う。
「ウカ様に言われて来たのよ。なんか良い物渡すから禊ぎをしてきなさいって」
「まぁ、宇迦之御魂神が、それじゃたぶんアレね」
「アレですね」
二人は顔を見合わせて納得顔だが、アレとはなんだろう。有名なものらしいが。
私は水に潜った。滝壺の手前には小さな祠が沈んでいる。光の柱はこの祠の下から立ちのぼっているのだ。
「二つの水玉はあの子達なんだ。なるほどわかりやすい。禊ぎシスターズと呼ぼう」
私はしばらく全身を水中に沈めて美しい滝壺の風景を楽しんだ。
「それじゃ、今日はありがとう。またいつか来るからね」
「白蛇山大神様、少しでも穢れ、障りに触れたときはすぐいらしてくださいませ」
「二人でお待ちしております」
深々とお辞儀をしながら禊ぎシスターズは水の中へ消えていった。
「いい場所だなぁ。あの娘達には引っ越して貰ってここに別荘作ろっと」
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