神様になった私、神社をもらいました。 ~田舎の神社で神様スローライフ~

きばあおき

文字の大きさ
36 / 46

ウカ様のお守りと癒やしの光

しおりを挟む
「ウカ様、ただいま戻りました」

宇迦之御魂神は稲荷神社の前で私を出迎えてくれた。
私の姿を頭からつま先まで眺めて言う。

「おかえり~。うん、輝きが違うね。これなら簡単には浸食されることもないでしょ」

「あの滝って穢れを落とすだけじゃないんですか?」

「禊ぎ巫女がいたでしょ、ただの禊ぎじゃ無いの。今あなたの周りに神気の強い流れが巡ってるの。試しに夜刀神に近づいたらあの子、弾き飛ばされると思うわ」

「ほぇぇ、凄いですね。効果はどのくらい続くんですか?」

ウカ様は私の身体をじっくり見て言った。

「ふーん、あしたの朝ぐらいか。普通の神は一週間ぐらいなの。やっぱり違うのねぇ」

「明日の朝? 時間が無いですね。ともかくこの状態になると悪い物が近寄れないのはわかりました」

「せっかく禊ぎの力を纏ってるんだから、明日の朝までに八十七神社をなんとかしてちょうだいね」

「はぁぁあ?」

私は宇迦之御魂神の勝手ぶりに驚いた。まだ八十七社神社のナニカをどう攻めたら良いのかも考えていない。前みたいに夜刀神を連れていこうにも彼も私に近寄れない。

「あ、山神比売、山神様と行けばいいか」

「それは無理。山神比売はあなたより神格が低いから夜刀神とおんなじ」

これってうちの神社にも帰れないということだ。逃げ場を無くしたのはウカ様の策略か、天然の行き当たりばったりなのか。

「わかりました。私一人で行ってきますよ」

私はあきらめ顔で上空に上がろうとした。

「ちょっとまって。渡す物があるってば。これ、呑み込んでから行きなさい」

同じく空中に上がってきたウカ様から手渡されたのは綺麗なビー玉だった。
良くみると、ガラス玉の中には黄金色の稲穂がはるか先まで埋め尽くしている景色が見える。ちゃんと青空と風も吹いているのか黄金色の絨毯は所々波打っている。玉の中は生きているようだ。

「綺麗……」

「はい、呑み込んで」

「えっもったいない。飾っておきたい」

「いいから呑み込むの。私の力を分けるんだから」

もったいない、部屋に置いていつでも眺めたいと残念に思いつつ、宇迦之御魂神の力を貰えるならと一気に稲玉を呑み込んだ。

「なんの変化もありませんが」

「大丈夫。あとは相手の本体をよく見極めて対処してね。あなたなら出来るわ」

そのままウカ様に見送られ、私は八十七社神社へ飛んだ。

すぐに本殿の上空に着いた私はまだ明るい時間なのもあって参拝者が行列を作っているのを見下ろしている。

「夜にした方がよかったかな。正面からはやめておこう。このまま本殿に直行だね」

本殿の屋根に降り立った私は、足裏から悪寒が登ってくるのを感じる。

「うわわ、なんだこれ本殿がナニカに取り込まれてるみたい。穢れが詰まってるって事だよねこれは。困ったなぁ」

屋根をすり抜けて中へ降り立つのを諦めて、本殿の周りを調べてみることにした。
立派な本殿はことのほか大きく、ご祈祷待合所などを通路で繋げてあった。神体の私の目には、中に黒々とした泡のようなものがぎっしりと詰まって見えた。

「ひぇぇ、どこも穢れで一杯だよ。あとは正面か。あっちは人が沢山いるんだよなぁ、でも前来たとき本殿の扉は開いてたよね」

人に見られはしないものの、こそこそと正面に回り本殿の中を覗き込んでみた。
すると参拝者に気取られないようにしているのか、明るい場所が苦手なのか開け広げられた扉の先は普通の神社に見える。
しかし、神饌台にはなにも供えられておらず、鏡だけが鈍く光って見える。そして物陰には天井までびっしりと黒い泡が張り付いていた。

「うわぁ、こんなところに隠れていたのか。夜刀神が睨んでいたわけだ」

「あの、もし、なにをなさっているのですか?」

振り向くと巫女が近くに立っていた。
人には見えていないつもりだったのに、この巫女は私の姿が見えている?

「なぜ私の姿が見えるの? あなたは何者なの?」

焦って聞き返すと、不思議そうな顔をして巫女が答える。

「わたくしはこの神社の巫女です。あなたこそ何者なのですか、本殿に立ち入ってはいけません」

普通言うであろう答えに私は困惑する。

(この人は巫女というか神使なんだろうけど、八十七社神社の神使は神もろとも消えたはず)

「悪いけど、本殿を調べさせて貰うからね。邪魔しないで」

強い言葉で巫女を振り切ると、彼女はそこに尻餅をついて怯えていた。ナニカの依り代になった人間なのかと思ったけど、人では無い。
私の言葉に触れて神格に気づいたのだろう。ひれ伏したまま動かなくなってしまった。

その様子を見た参拝者が数人、巫女に近寄って心配そうに声をかけ始めている。

(騒ぎになる前にさっさとナニカを退治しますかね)

私は本殿に足を踏み入れた。
その瞬間、扉がバンッと大きな音を立てて閉じる。

「閉じ込められた?」

警戒しつつ薄暗くなった内部を見回すと、壁や天井に張り付いていた黒い泡が急激に増え始め、徐々に近づいてきた。黒泡はあっという間に社殿を埋め尽くし、私は逃げる間もなく視界を黒く覆われてしまった。

とにかく上空へ逃げようとしたが、黒泡に触れた身体は身動きが取れなくなっていた。身体の違和感に手で探ると、全身に無数の手が張り付き、私の身体を押さえていた。

「いやぁあああ」

そのおぞましい感覚に私は逃げようと必死に抵抗する。
そのとき私はナニカの声を聞いた。

(ハイリコミタイ……、トリコミタイ……、ナカマガホシイ……)

おおよそ人の声とは思えない、おぞましく陰鬱な言葉が全方向から聞こえてくる。
(このままじゃ入り込まれるっ! こんなやつ消してやる!)

「浄化っ!」

(イヤダァァ、ヤメテェェ、クルシイィィ、ヒドイヒドイヒドイ)

浄化の神威で一気に殲滅するはずが、私の周りだけ後退した黒泡は苦痛、哀しみ、呪い、あがき、怨念、断末魔……。地獄の亡者の叫びを上げて私の意識を揺さぶる。

「なんでっ、浄化で穢れが消えてなくなるはずなのに? 人の声で苦しまないでよっ」

ずるりと一気に黒い泡が近づき、私はまた視界が真っ暗になってしまった。

「だめっ、抜けない、いや、焦っちゃ駄目、相手を見極めるっ!」

ウカ様が言っていた相手を見極めろという言葉、気を持ち直してこの黒い泡の正体を読み取る。
ありとあらゆる怨嗟の声はすべて人間のものだ。

会社の同僚への妬み、上司への呪い、妻、夫への不満、憎しみ、病気の苦痛、家族を失った悲しみ……。

それだけではなかった。私が人間生活をしていたときの嫌なこと、悲しかったことも頭の中に強くフラッシュバックしてすべての嫌な記憶が鮮明に浮かび上がってくる。

「やめて、もう、終わってるんだから、もう苦しまなくていいのに、ずっと前のことなのに」

これは人間の苦悩が生んだ怨霊だ。神を穢すものであり、神敵だ。
それでも私は全力の浄化で穢れを消し去ろうという気持ちより、ここに集まった人々の苦悩に憐れみを感じていた。
私は涙を流しながら叫んだ。

「みんなもう苦しむ必要なんか無い!! もうあなたたちは解放されてるのよ
もう大丈夫、大丈夫だからぁぁぁ」

そのとき私は自分の輪郭が黒い泡より大きく広がってゆくのを感じた。
どこが自分なのかもわからない私の中で稲穂が一斉に揺れた。
私の身体は黄金色に輝きはじめ黒い泡をすべて光で包み込む。

(どういうこと? あぁウカ様だ。これは癒やしの力だ)

頭の中に自然に思い浮かぶのは癒やしと光だった。私はナニカを形成している穢れとなってしまった人々が癒やされるように強く念じる。

私の全身から発せられていた黄金色の光は一気に強くなり、黒い泡は急速に薄くなってゆく。
まばゆくも優しいその光は天照大神の光に似ていた。

「ありがとう……、苦しくない……、助かった……、やっと……」

怨嗟の声はすべて安堵の声に変わり、怨霊だった人達は消えていった。

私は自分の輪郭を取り戻し、本殿の床に降り立つ。

亡くなった人の心が穢れと化して寄り集まったナニカは、浄化で消し去ってはいけないものだった。それは私にもある悲しい記憶、やり直したいという気持ちにも通じる。
あの光が、人が願う神の癒やし効果を起こしたのは、私が人だったからかもしれない。

黒い泡がいなくなった本殿には白い紙で出来た人型が残っていた。
拾い上げようと端をつまむと、一瞬にして細かい塵になって消えてしまった。

「なんだいまの。すごい嫌な感じがした。あれが吸い寄せていたのかもしれない……。。しかしなんでそんな事を。んー結局原因はかわらないままか」

一応他に変なものは無いか調べたが特にみつけられなかった。神不在の本殿は最近まで掃除されていたのだろう。綺麗すぎるのが寂しく感じる場所だった。

「癒やしの光……。私の新しい神威なのかなぁ、いや、ウカ様の稲玉が無いと使えないのかも。まあ、あまり使う機会は無い方がいいや。浄霊は神様の仕事じゃ無いだろうしね」

 神体のまま本殿の上空に昇って境内を見ると、まだ参拝者が巫女の周りに集まっていたが、巫女は立ち上がって気遣ってくれた人となにか話していた。

あの人達の願いがまたナニカを産み出してしまうのかもしれないと、消えていった元人間達の苦痛を思い出して憂鬱な気分のまま稲荷神社へ向かった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

足手まといだと言われて冒険者パーティから追放されたのに、なぜか元メンバーが追いかけてきました

ちくわ食べます
ファンタジー
「ユウト。正直にいうけど、最近のあなたは足手まといになっている。もう、ここらへんが限界だと思う」 優秀なアタッカー、メイジ、タンクの3人に囲まれていたヒーラーのユウトは、実力不足を理由に冒険者パーティを追放されてしまう。 ――僕には才能がなかった。 打ちひしがれ、故郷の実家へと帰省を決意したユウトを待ち受けていたのは、彼の知らない真実だった。

知力99の美少女に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた

巫叶月良成
ファンタジー
「異世界転生して天下を統一したら元の世界に戻してあげる」 大学生の明彦(あきひこ)は火事で死亡した後、転生の女神にそう言われて異世界転生する。 だが転生したのはなんと14歳の女の子。しかも筋力1&武器装備不可! 降り立った場所は国は三国が争う中心地の激戦区で、頼みの綱のスキルは『相手の情報を調べる本』という攻撃力が皆無のサーチスキルというありさま。 とにかく生き延びるため、知識と口先で超弱小国オムカ王国に取り入り安全を確保。 そして知力と魅力を駆使――知力の天才軍師『諸葛孔明』&魅力の救国の乙女『ジャンヌ・ダルク』となり元の世界に戻るために、兵を率いたり謀略調略なんでもして大陸制覇を目指す!! ……のはずが、女の子同士でいちゃいちゃしたり、襲われたり、恥ずかしい目にあわされたり、脱がされたり、揉まれたり、コスプレしたり、男性相手にときめいたり、元カノ(?)とすれ違ったりと全然関係ないことを色々やってたり。 お風呂回か水着回はなぜか1章に1話以上存在したりします。もちろんシリアスな場面もそれなりに。 毎日更新予定。 ※過去に別サイトで展開していたものの加筆修正版となります。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

処理中です...