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山河 枝

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2章 魔王討伐

2-17 再生を止める方法

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 王都全体に、クモの糸みたいなものが張り巡らされている。
 ただ、クモの糸とは違って真っ黒だ。

 たぶん魔王のしわざだろう。
 根の一部かもしれない。

 それらが人々を捕らえ、縛っている。
 無事な人たちもいるようだが、逃げ惑っているらしく、路地の奥からいくつもの悲鳴が聞こえてくる。
 
 今の魔王に、穢れは──地に染みついた恐怖は必要ない。
 生きた人間から、恐怖がいくらでも湧いてくるのだから。

「なんてことを!」

 レオナルドが馬を繰り、近くにいる女性のもとへ駆ける。
 剣で魔王の根を斬り、女性を解放した。
  
 女性はその場に膝をつき、ガタガタと震えながら、それでもしっかりと何かを指した。

「あ、あっちに、子どもが……!」

 見ると、五歳くらいの男の子が根に捕まっている。
 ギデオンが男の子を助けると、その子は女性の方へと走り、

「お母さん!」

 と、抱きついた。
 すかさず親衛騎士の一人が馬を寄せ、母子を王都の外へ誘導する。

 その様子を眺めていたエリオットが、レオナルドに声をかける。
 
「陛下、王都全体がこの有様かと。民を救助し、避難を促しましょう。魔物もいつ襲ってくるかわかりません」

 空を見上げると、ガーゴイルのような魔物が飛び交っている。
 屋根には蜘蛛のような魔物もいて、木材を噛み砕いては、逃げ惑う人に吹きかけている。

 各地で魔物を見ないと思ったら、王都に集結させるためだったのか。

 まだ魔王が現れていないせいか、攻撃的とは言えないが、それでも人々のパニックを煽るのには十分だ。

「そうだな……僕とリリィ、親衛隊は、民を解放しながら周囲の村へ誘導しよう。近衛兵や貴族の私兵もいるだろうから、隊長がまとめてくれないか」

 手早く指示を出したレオナルドは、次に私を見た。

「アナベルは……」

「私は避難が終わるまで、魔王の攻撃が来そうになったらぶっとばす──こうやって!」

 頭痛をこらえて魔王を指差すと、ナギが光を帯びる。
 力を溜め始めた魔王の右手が、再び爆発する。

 王都の人たちを避難させるまで、こうやって魔王を止めておこう。
 そう思ったのに、突然、割れるような痛みが頭をつらぬいた。
 目の前が真っ暗になる。

「アナベル様……!?」

 イザークが、悲痛な声で私を呼んだ。
 おかしいな。
 どうして限界だってばれたんだろう。
 背後にいる彼には、私が目を閉じているとわからないはずなのに。

「アナベル、しっかりして!」

 リリィまで心配している。
 少し休めば大丈夫なのにな。

「ごめん……ちょっと眠いだけ……」

 消えそうな声でそう返すと、ルークが涙声で「よかった」と言った。

「アナベルさん、生きてたよ!馬から落ちかけたから、死んじゃったかと思った……」

 その言葉に、私は目を閉じたまま驚いた。

 私、落ちかけたの?
 一応、鞍の感触はあるけど。

 あ、そうか。イザークが支えてくれたんだ。
 びっくりしただろうな。

「ごめん……今、起きるから……」

 と、姿勢を正そうとすると、イザークが私を胸元に引き寄せた。

「アナベル様、これ以上は無理です。お休みください。リリィ様、ルーク様。睡眠魔法スリープをお願いします。魔王は私が何とかします」

「でも、それじゃあイザークが……」

「陛下、先程申し上げました。死んでもアナベル様をお守りすると。アナベル様を村へお運びしたあと、私が魔王を止めます。命に換えても」

 まずい。
 たしかに以前、リリィたちに「私が眠れなくなったらお願い」とは言ったけど。
 今は絶対に駄目だ。

 イザークなら、魔王の攻撃を剣で払い、被害を軽減できるかもしれない。
 その代わり、大ダメージを受けて命を落としかねない。

 それより、王都の人たちを避難させないと。
 そうしたら魔王が恐怖を食えなくなるから、再生が止まる。
 あとはレオナルドたちの総攻撃で何とかなるはずだ。

 王都の人たちの恐怖さえ消えれば……ん?

「ちょっと……待って。リリィ、ルーク。睡眠魔法スリープを、かけて……」

「わ、わかった!アナベルさん、いくよ!」

 ルークがやる気満々で叫んだ。
 違うんだってば。

 私は肩で息をしながら、首を横に振った。

「私じゃ、ない……」

「アナベルじゃない?じゃあ、誰にかければいいの?」

 リリィが困惑したように尋ねてくる。
 私は息を整え、どうにか答えた。

「王都の、人たち……みんなが寝たら、恐怖がなくなるでしょ……?」

 数秒、沈黙が下りた。
 遠くで悲鳴が響いて、レオナルドがハッとしたように言った。

「そうか、そうだな……まだ魔物は大人しいから、捕まっている民を眠らせる方が早い」

 レオナルドは少しの間黙り込むと、声を張った。

「作戦を変える!リリィとルークは王都の人たちを眠らせて回ってくれ。僕たちは兵士と協力して、魔物を警戒。避難中の者がいれば、王都の外の村へ誘導しよう」

「かしこまりました!」

 親衛隊員たちの声に続いて、馬が駆けていく音が離れていく。
 そのすぐあとに、

「アナベル、気を付けて!」

「無理はするなよ!」

 と、リリィとレオナルドの声がした。
 あたりから人の気配がなくなる。
 イザークと私だけが、馬に乗って佇んでいる。

「イザーク……魔王の近くへ連れて行って」

「なぜですか?」

「ここからじゃ、魔王の体が再生しても、屋根に隠れて見えにくいから……」

「……わかりました」

 イザークの返事が聞こえて、彼が私を抱きかかえたのがわかった。
 それから、イザークが地面へ飛び降りる。

「あれ?馬は……?」

「細い道を進む方が早いです。宿場に置いて行きましょう」

 イザークはそう言って歩き出し、宿場の主人らしき相手と何やら話をした。
 かと思うと、今度はパッと走り出す。

「ずいぶん、あっさり、魔王のところへ行ってくれるんだね……」

 また『なりません』と言うかと思ったのに。

「そうしなくては、アナベル様が勘で魔法を無駄打ちし、消耗なさるかもしれませんので」

「わあ、すごい……大当たりだよ」

「そのようなことで褒められましても、まったく嬉しくありません。それより──」

 体の揺れが止まった。
 頭痛も少し引いたので、薄く目を開ける。

 十メートルほど先に、黒々とした丘が盛り上がっている。
 そばで見ると、内側にもやのようなものが渦巻いていた。

「魔王のもとに着きました」

 イザークの声はほのかに硬い。
 かつて慕っていたヴェリクの分身だ。
 思うところがあるのだろう。
 
 でも、今はただの塊。
 イザークの心を乱す、余計なことを言うはずがない。

 そう思って再び目を閉じようとした時、黒い塊に亀裂が走った。
 それはゆっくりと動き、

「イザーク、助けてくれ……」

 と、かすれた声を漏らした。
 イザークは何も言わない。
 ただ、綺麗な形の口から、ギリッと歯噛みの音が聞こえた。
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