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39 友だちがいるだけで
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「芽衣!」
ショートカットの女子──美咲が鉄棒からパッと手を離して、私のほうへ駆けてくる。
私は肩で息をしながら、美咲に歩み寄った。
「美咲……ゴメン。遅く、なっちゃった」
「ぜーんぜん、まだ6時前だよ。芽衣のおばさんから電話あったけど、『一緒に鉄棒してる』って言ったら『6時半までには帰らせて』だって」
「そっか、よかった……」
のんびり家へ帰っても充分お釣りがくる。ひざに手をついて、大きく息を吐き出した。
すると美咲が、体を傾けて私の顔を覗きこんできた。
「それで、友だちには謝れた?」
言われて、ユウマくんの泣き声が頭をよぎった。
「うん……」
ひざから手を離して、けれどうなだれたまま私は答えた。自分のスニーカーを見つめていると、バシン! と勢いよく肩を叩かれる。
びっくりして、よろめきながら前を向くと、目をすがめた美咲が私を見つめていた。
「どうしたのさ、なんかパッとしないじゃん」
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何? その友だちにイヤなことでも言われた?」
美咲はなぜか腕まくりをして、私に詰め寄ってくる。私はブルブルと首を振った。
「違う、違う! 中途半端な感じでお別れしてきたから、どうしてるかなって、気になって」
「でも、謝れたんでしょ? ……あ、許してもらえなかったの?」
「ううん。むしろ、向こうのほうが謝ってた」
また首を振ると、美咲は目をすがめたまま眉を寄せた。顔の上半分がしわだらけだ。
「じゃあなんで落ちこんでるの? ていうか、何したわけ? 芽衣も、その友だちも」
「友だちは、謝る必要はなかったんだけど……私は、友だちを助けたかったのに、ぜんぶ空回りに終わっちゃったから」
言葉にすると、みじめな気持ちが湧いてきた。
必死になって自転車をこいだのに、すぐにはアパートにたどり着けなかった。安いご飯をスーパーで探してみたけれど、何の役にも立たなかった。ユウマくんと同じように空腹でいようとして、だけど結局食べてしまった。
思い出すうちに、私のやったことが、何もかも無駄だったように思えてくる。それどころか、ユウマくんの家族をバラバラにするきっかけをつくってしまった。何もしなかったほうがマシだったかもしれない。
重苦しいため息をつくと、美咲は「バカだねえ!」と言った。顔を上げると、晴れやかな笑みが輝いていた。
「芽衣は、その子を助けたいって思ったんでしょ?」
「うん……」
「つまり、その子は困ってたわけだ?」
「……うん」
「じゃあ、芽衣が会いに来てくれて、うれしかったと思うよ。困ってる時とか落ちこんでる時とか、友だちがいるだけで、なんとなくホッとするじゃん」
「そう、かな?」
「そうそう!」
力強くうなずかれると、どんよりとした気分が、あっという間に薄れていく。
本当だ、美咲の言う通りだ。友だちといると、心が晴れる。
「そうだね……私が美咲みたいにしっかりしてたら、もっと元気づけてあげられたかもしれないけど」
肩をすくめると、美咲はまた「バカ」と言った。
「もう忘れたの? 芽衣と一緒にいると、ホッとするんだってば! 何回も言わせないでよ!」
やたら大きく腕を振り回す美咲は、少し顔が赤らんでいる。私もだんだん恥ずかしくなってきて、「ごめん」と「ありがとう」をくり返した。
それから、少しだけ一緒に鉄棒の練習をして、私たちは公園をあとにした。
家へ帰ると、6時17分。お母さんは、私が約束通りに帰ってくると思っていなかったらしく、目を丸くしていた。その目つきはすぐにやわらいで、お母さんは安心したように笑ったけれど、それもつかの間、
「何もかもいつも通りの1日だったわね……パート、休むんじゃなかったわ」
と、ため息をついた。
次の日も、その次も、いつもと同じ毎日が続いた。テレビから流れてくるニュース以外は。
ショートカットの女子──美咲が鉄棒からパッと手を離して、私のほうへ駆けてくる。
私は肩で息をしながら、美咲に歩み寄った。
「美咲……ゴメン。遅く、なっちゃった」
「ぜーんぜん、まだ6時前だよ。芽衣のおばさんから電話あったけど、『一緒に鉄棒してる』って言ったら『6時半までには帰らせて』だって」
「そっか、よかった……」
のんびり家へ帰っても充分お釣りがくる。ひざに手をついて、大きく息を吐き出した。
すると美咲が、体を傾けて私の顔を覗きこんできた。
「それで、友だちには謝れた?」
言われて、ユウマくんの泣き声が頭をよぎった。
「うん……」
ひざから手を離して、けれどうなだれたまま私は答えた。自分のスニーカーを見つめていると、バシン! と勢いよく肩を叩かれる。
びっくりして、よろめきながら前を向くと、目をすがめた美咲が私を見つめていた。
「どうしたのさ、なんかパッとしないじゃん」
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何? その友だちにイヤなことでも言われた?」
美咲はなぜか腕まくりをして、私に詰め寄ってくる。私はブルブルと首を振った。
「違う、違う! 中途半端な感じでお別れしてきたから、どうしてるかなって、気になって」
「でも、謝れたんでしょ? ……あ、許してもらえなかったの?」
「ううん。むしろ、向こうのほうが謝ってた」
また首を振ると、美咲は目をすがめたまま眉を寄せた。顔の上半分がしわだらけだ。
「じゃあなんで落ちこんでるの? ていうか、何したわけ? 芽衣も、その友だちも」
「友だちは、謝る必要はなかったんだけど……私は、友だちを助けたかったのに、ぜんぶ空回りに終わっちゃったから」
言葉にすると、みじめな気持ちが湧いてきた。
必死になって自転車をこいだのに、すぐにはアパートにたどり着けなかった。安いご飯をスーパーで探してみたけれど、何の役にも立たなかった。ユウマくんと同じように空腹でいようとして、だけど結局食べてしまった。
思い出すうちに、私のやったことが、何もかも無駄だったように思えてくる。それどころか、ユウマくんの家族をバラバラにするきっかけをつくってしまった。何もしなかったほうがマシだったかもしれない。
重苦しいため息をつくと、美咲は「バカだねえ!」と言った。顔を上げると、晴れやかな笑みが輝いていた。
「芽衣は、その子を助けたいって思ったんでしょ?」
「うん……」
「つまり、その子は困ってたわけだ?」
「……うん」
「じゃあ、芽衣が会いに来てくれて、うれしかったと思うよ。困ってる時とか落ちこんでる時とか、友だちがいるだけで、なんとなくホッとするじゃん」
「そう、かな?」
「そうそう!」
力強くうなずかれると、どんよりとした気分が、あっという間に薄れていく。
本当だ、美咲の言う通りだ。友だちといると、心が晴れる。
「そうだね……私が美咲みたいにしっかりしてたら、もっと元気づけてあげられたかもしれないけど」
肩をすくめると、美咲はまた「バカ」と言った。
「もう忘れたの? 芽衣と一緒にいると、ホッとするんだってば! 何回も言わせないでよ!」
やたら大きく腕を振り回す美咲は、少し顔が赤らんでいる。私もだんだん恥ずかしくなってきて、「ごめん」と「ありがとう」をくり返した。
それから、少しだけ一緒に鉄棒の練習をして、私たちは公園をあとにした。
家へ帰ると、6時17分。お母さんは、私が約束通りに帰ってくると思っていなかったらしく、目を丸くしていた。その目つきはすぐにやわらいで、お母さんは安心したように笑ったけれど、それもつかの間、
「何もかもいつも通りの1日だったわね……パート、休むんじゃなかったわ」
と、ため息をついた。
次の日も、その次も、いつもと同じ毎日が続いた。テレビから流れてくるニュース以外は。
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