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29 思案
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ナンシーは、忙しなく左右に目を動かすと、ガバッとお団子頭を下げた。
「……申し訳ございません、私からは、何も申し上げられません」
「いいのよ。オスカーに命じられたのなら、仕方ないわ」
私は微笑んで、肩の力を抜いた。
オスカーが離婚を決めたのなら、彼に仕えるナンシーにまで、邪険にされるかもしれない。そんな心配をしていたけれど、むしろ彼女は、私を気遣ってくれている。
ありがたいことだ。だけど──。
「自分でオスカーを探して、直接話すわ」
「あの、奥様、それは……」
「大丈夫。覚悟はできてるもの」
「覚悟?」
ナンシーが頭を上げて、聞き返してくる。
「オスカーが『リースマンさんと再婚したい』って言い出しても、心の準備はできてるから」
「はい……?」
ナンシーは眉根を寄せて、瞳の中に困惑をたたえ、10秒ほどしてから、こぼれそうなくらい目を見開いた。
「まあ……まあ! なんてこと! 奥様、それは違いますわ! ああ、でも、どう言えばいいのかしら」
ふっくらした頬をむぎゅっと寄せたり、高く結い上げたお団子をなで回したり、ナンシーはひとしきりオロオロしたあと、
「少々お待ちください! 旦那様に確認してまいります!」
と、寝室を飛び出してしまった。
あとに残された私は、豪快に閉められたドアを呆然と見つめた。が、すぐにまた開くわけもなく、ドアへ注いでいた視線を、青い花模様のカップへ移す。
(とりあえず……お茶を飲みながら待とう)
料理はまだワゴンの上。自分で並べようかと思ったけれど、そうしたらナンシーが「奥様の手をわずらわせた!」と、ものすごく落ち込みそうだ。
カップを手に喉を潤しながら、意味もなく寝室を見回した。
ふと、戸棚が目に入った。中には水色の小物入れがある。
(そういえば、懐中時計が2つあるのよね)
ごたごたしていて、すっかり忘れていたけれど、思い返すと不思議でならない。
綺麗な方の時計は、もちろん私のもの。
それなら、ベッドの中に落ちていた時計は、どこからやってきたのだろう。
使用人の落とし物だろうか。だけど、シーツを替えるのはメイドだ。彼女らが、懐中時計を愛用しているとは考えにくい。
残る可能性は1つ。
(やっぱり……最初の夜、オスカーが忘れていった?)
そういえば、彼は探し物をしていた。だけど、彼が探しているのは「黒っぽい宝石のついた大ぶりの首飾り」だ。
私の懐中時計は小ぶりで、濃紺の宝石──光が当たると青くなる──がついている。
(全然、別物だわ)
結局、汚れた方の時計の持ち主は謎のまま。
(ただ……それを言うなら、オスカーの首飾りもまだ見つかってないのかしら?)
そういえば先日、屋敷を案内してくれた時、オスカーは妙にあちこちを気にしていた。もしかすると、首飾りを探していたのかもしれない。
(使用人が拾って、くすねたとか? だけど大ぶりの首飾りなんて、私みたいに小物入れがあるならともかく、どこへ隠すの? 売ったんだとしても、頻繁に質屋を覗いていたら、すぐ見つかるわよね)
右へ左へ、首を傾けていると、ドアがノックされた。
「奥様、お待たせいたしました」
ナンシーだ。サッとドアを開いた彼女は、息を切らせて寝室へ入ってきた。
「あっ!」
小走りに近寄ってきた彼女は、ぴょんと飛び上がった。給仕が途中だったことを思い出したらしい。
すぐさまワゴンに飛びつき、大慌てで料理をテーブルに並べていく。
「ああ、私ったら……申し訳ございません! 本当に、お待たせいたしましたわ」
「ううん。お茶を飲んでいたから、あっという間だったわ。ナンシーは淹れるのが上手ね、ありがとう」
それに、考え事もしていたから。心で言い添えて微笑むと、ナンシーもホッとしたように笑った。そして、切れ切れの息が落ち着いてから、また口を開いた。
「先程、旦那様に奥様のお話をお伝えしました。旦那様は、『アリスの朝食が済んだら、仕事部屋に連れて来てほしい』と仰せでしたわ」
「私が、オスカーのところに?」
「ええ。リースマン様について、お話しになるそうです」
「……申し訳ございません、私からは、何も申し上げられません」
「いいのよ。オスカーに命じられたのなら、仕方ないわ」
私は微笑んで、肩の力を抜いた。
オスカーが離婚を決めたのなら、彼に仕えるナンシーにまで、邪険にされるかもしれない。そんな心配をしていたけれど、むしろ彼女は、私を気遣ってくれている。
ありがたいことだ。だけど──。
「自分でオスカーを探して、直接話すわ」
「あの、奥様、それは……」
「大丈夫。覚悟はできてるもの」
「覚悟?」
ナンシーが頭を上げて、聞き返してくる。
「オスカーが『リースマンさんと再婚したい』って言い出しても、心の準備はできてるから」
「はい……?」
ナンシーは眉根を寄せて、瞳の中に困惑をたたえ、10秒ほどしてから、こぼれそうなくらい目を見開いた。
「まあ……まあ! なんてこと! 奥様、それは違いますわ! ああ、でも、どう言えばいいのかしら」
ふっくらした頬をむぎゅっと寄せたり、高く結い上げたお団子をなで回したり、ナンシーはひとしきりオロオロしたあと、
「少々お待ちください! 旦那様に確認してまいります!」
と、寝室を飛び出してしまった。
あとに残された私は、豪快に閉められたドアを呆然と見つめた。が、すぐにまた開くわけもなく、ドアへ注いでいた視線を、青い花模様のカップへ移す。
(とりあえず……お茶を飲みながら待とう)
料理はまだワゴンの上。自分で並べようかと思ったけれど、そうしたらナンシーが「奥様の手をわずらわせた!」と、ものすごく落ち込みそうだ。
カップを手に喉を潤しながら、意味もなく寝室を見回した。
ふと、戸棚が目に入った。中には水色の小物入れがある。
(そういえば、懐中時計が2つあるのよね)
ごたごたしていて、すっかり忘れていたけれど、思い返すと不思議でならない。
綺麗な方の時計は、もちろん私のもの。
それなら、ベッドの中に落ちていた時計は、どこからやってきたのだろう。
使用人の落とし物だろうか。だけど、シーツを替えるのはメイドだ。彼女らが、懐中時計を愛用しているとは考えにくい。
残る可能性は1つ。
(やっぱり……最初の夜、オスカーが忘れていった?)
そういえば、彼は探し物をしていた。だけど、彼が探しているのは「黒っぽい宝石のついた大ぶりの首飾り」だ。
私の懐中時計は小ぶりで、濃紺の宝石──光が当たると青くなる──がついている。
(全然、別物だわ)
結局、汚れた方の時計の持ち主は謎のまま。
(ただ……それを言うなら、オスカーの首飾りもまだ見つかってないのかしら?)
そういえば先日、屋敷を案内してくれた時、オスカーは妙にあちこちを気にしていた。もしかすると、首飾りを探していたのかもしれない。
(使用人が拾って、くすねたとか? だけど大ぶりの首飾りなんて、私みたいに小物入れがあるならともかく、どこへ隠すの? 売ったんだとしても、頻繁に質屋を覗いていたら、すぐ見つかるわよね)
右へ左へ、首を傾けていると、ドアがノックされた。
「奥様、お待たせいたしました」
ナンシーだ。サッとドアを開いた彼女は、息を切らせて寝室へ入ってきた。
「あっ!」
小走りに近寄ってきた彼女は、ぴょんと飛び上がった。給仕が途中だったことを思い出したらしい。
すぐさまワゴンに飛びつき、大慌てで料理をテーブルに並べていく。
「ああ、私ったら……申し訳ございません! 本当に、お待たせいたしましたわ」
「ううん。お茶を飲んでいたから、あっという間だったわ。ナンシーは淹れるのが上手ね、ありがとう」
それに、考え事もしていたから。心で言い添えて微笑むと、ナンシーもホッとしたように笑った。そして、切れ切れの息が落ち着いてから、また口を開いた。
「先程、旦那様に奥様のお話をお伝えしました。旦那様は、『アリスの朝食が済んだら、仕事部屋に連れて来てほしい』と仰せでしたわ」
「私が、オスカーのところに?」
「ええ。リースマン様について、お話しになるそうです」
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