あなたの血を飲み干したなら

佐久間 譲司

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説得

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 その日は一日ゴロゴロしていた。やる気が何も起きなかった。鬱病患者のように。無気力なまま、ベッドで寝て過ごす。

 変化があったのは、夕食を終え、夜になってからだった。

 スマートフォンのSNSメッセージに、着信があったのだ。

 確認してみると、達夫からだった。

 その内容は。極めてシンプルなものであった。
 
 『今から会おう。いつもの公園で待っている』
 
 広希は、しばらく、そのメッセージを前に、固まった。ここに来ての、突然の展開だ。少し、逡巡する。

 達夫にはこう返信した。
 
 『どうして?』
 
 送ると、すぐに返信が来る。
 
 『話したいことがある』
 
 『何?』
 
 『チャットではなくて、直接会って伝えたい』
 
 広希が返信を少しの間、躊躇っていると、再びメッセージが届いた。
 
 『もしかしたら、警戒しているかもしれないけど、俺を信じてくれ』
 
 広希はしばし悩む。達夫は親友とも呼べる存在だ。ずっと思っていたように、自身が非感染者だと発覚しても、血を狙わないほどの信頼があると信じている。

 一考した末、広希は達夫の誘いを受けることにした。
 
 『オッケー。今から行く』
 
 SNSチャットでのやりとりを終えた後、広希は、外出の準備を行った。

 家を出る際、祖父母達には、コンビニに行くと嘘をついた。正直に話すと、確実に引き止られるからだ。

 家を出た広希は、夜の住宅街の中を、達夫が指定した公園へと向かって歩く。まだ早い時刻なので、通行人も多い。

 やがてすぐに、祇園地区と清見台地区の境界にある、追越公園へと辿り着いた。この公園は、達夫と出会った公園であり、幼い頃、よく一緒に遊んでいた場所でもある。今でも、時々、達夫の部活がない下校時に立ち寄り、お喋りに花を咲かせることもあった。

 入り口の階段を登り、公園内へと足を踏み入れる。園内は、体育館を一回り小さくしたくらいの広さを持ち、設置されている遊具も、ブランコと滑り台程度と、こじんまりした規模で造られていた。

 広希は、公園の中央に向かう。そして、そこに設置されている古びたブランコに近付いた。

 ブランコの隣には、木製のベンチが備え付けられている。達夫と広希の馴染みの場所。

 そのベンチ側で、達夫が座って待っていた。少し離れた場所にある街灯の光に照らされ、精悍な顔と長身の体が、闇の中に浮かび上がっている。

 達夫はこちらを見つめていた。広希が公園内に入った時から、感知していたようだ。

 広希は、ベンチに歩み寄った。そして、達夫の直近まで行くと、達夫が先に口を開いた。

 「こんな時間に呼び出してごめんな」

 達夫は申し訳なさそうな顔をする。

 「いや、大丈夫だよ。それより、話したいことって、何?」

 広希は、ぎこちなく笑みを作って、返答を行う。つい昨日までは、当たり前のように接していたのに、何年も会っていないかのような、妙な錯覚を覚えた。

 「あの事について、お前が気にしていると思ってさ」

 達夫は立ち上がった。達夫は広希よりも背が高いため、少し見上げる形になる。

 達夫は続けた。

 「まさか、お前が非感染者だとは思わなかったよ。長い付き合いだけど、全く気が付かなかった」

 達夫は、朝見た夢と同じような言葉を吐いている。その時の光景と現在の光景が、広希の脳裏に重なった。

 「……騙されたと思っている?」

 広希は、おずおずと訪ねた。夢の中の皆は、そう受け取り、憤慨していたが。

 しかし、達夫は大きくかぶりを振った。

 「いや、思っていない。そんなことは一切な。俺だけじゃなく、クラスの皆も、誰一人、騙されたなんて受け取っていないぞ」

 達夫は真剣な目で、強く訴えた。街灯の光により、目が煌いている。

 「茂も早紀も、今日休んだお前のことを心配していたぞ。まさか、自分達から血を飲まれるのを危惧して、休んだんじゃないかって。そして、転校を考えているんじゃないかって」

 「……」

 図星であるため、広希は、思わず目を逸らした。実情を見透かされていたようだ。しかし、当然の帰結ではある。

 「広希」

 達夫は、広希に歩み寄った。そして、広希の両肩を掴む。

 広希は、目を正面に戻した。達夫の真剣な眼差しと目が合う。告白でもしているような、真に迫った表情だ。

 「俺達を信じてくれ。確かに俺達は感染者だ。だけど、同時にクラスメイトだ。お前は、大切な仲間なんだよ」

 達夫は言葉を一旦区切り、真っ直ぐ広希の目を見据えた。その目には、嘘ではなく、本心で言っていると思わせる、強い意志が込められているような気がした。

 「今日、クラスの皆で話し合ったんだ。これまでと同じように、お前と接しようって。そして、いざとなったら、皆で守ろうって。満場一致で決まったよ。皆、本気でそうするつもりだ。だから、心配せずに、学校に来てくれ」

 広希は、達夫の話を聞き、俯いた。達夫の様子を見ると、今の話が事実だと思わせる力があった。

 まさか、そんな話し合いが行われているとは、思いもよらなかった。てっきり、自分の血を狙う算段ばかり立てているのだと、そう邪推していた。

 広希は、クラスメイトを疑ったことに対し、少し、罪悪感を覚える。非感染者であるため、仕方がない部分はあったかもしれないが、もう少し、信頼した方がよかったかもしれない。

 俯いたままの広希の顔を、達夫が覗き込んだ。心配そうな表情だ。

 「不安か? 信じられない?」

 達夫が質問を行う。広希は答えなかった。クラスの皆は、自身の身を案じてくれているらしい。それはわかった。

 しかし、それでもこれまで通りに、高校生活を送れるのか疑問がある。そもそも鵜呑みにしていいものなのか。

 なおも俯いて、口を開かないでいる広希を達夫はしばし、見守る。

 やがて、達夫は、叱られている生徒に助け舟を出すような、諭すような口調で、こう言った。

 「じゃあ、こうしよう」

 広希は、顔を上げ、達夫の顔を見つめる。

 達夫は、掴んでいた広希の肩を離し、続けた。

 「俺だけは信じてくれ。クラスの他の皆は、初めは信じなくてもいい。ただし、俺は別だ」

 達夫は、自分の胸を叩いた。

 「約束するよ。必ずお前を守るって。もしも、誰かが、お前の血を狙うようだったら、その時は、俺が絶対助けるよ」

 達夫は、姫を守る騎士のような凛々しい表情で、そう言い切った。

 「ボディガードがいると、安心して学校に来れるだろ? そして、様子を見ればいい。もしも、本当に危なそうだったら、その時こそ、登校を拒否すればいいんだから」

 達夫は、端整な顔に、爽やかな笑みを浮かべる。広希を安心させるための、気を使った意識が見え隠れする。

 「とりあえず、明日は学校に来てくれ」

 達夫は、優しく、広希の肩に手を置く。

 広希は、固まったままだった。何も答えることが出来ない。

 「通学路の途中で待ってるぞ」

 期待を込めた口調で、達夫はそう言い放った。
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