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第五章 自殺未遂
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「本当にすまなかった」
朝日が照らす中、雅秀は、目の前にいるアズサへ頭を下げた。
アズサを助け、意識を失った後、目を覚ました雅秀のそばで、彼女は茫然自失の状態で佇んでいた。
空はすでに白みがかり、日の出の時刻だったが、駐車場はいまだ他に車はなかった。そのため、明らかに自殺現場であるレンタカーを目撃される恐れがないのは幸いと言えた。
起き上がった雅秀は、依然、状況が飲み込めないでいるアズサに対し、説明を行った。
自身の気が変わってしまったため、自殺を中止し、アズサも一緒に助けたことについて。
説明を聞いたアズサは、最初は曖昧模糊な様子で、きょとんとしていたが、理解の兆しが訪れるに従い、彼女は表情を変化させた。
怒りの形相へと。
「謝ってすむ問題じゃないでしょ!? せっかくの覚悟をどうするつもり?」
アズサは切れ長の整った目を、吊り上げ、ヒステリックにそう叫んだ。
雅秀は何も言わず、その場で俯いた。抗弁のしようがなかった。悪いのは完全に自分なのだ。気が変わり、裏切った自分が。
雅秀は、これから畳み掛けられるであろう、アズサの罵倒を覚悟した。下手をすると警察への通報もあるかもしれない。しかし、それも受け入れようと思った。
じっと地面を見つめ、アズサの非難の言葉を待つ。しかし、続きは発せられなかった。
怪訝に思い、雅秀は顔を上げてアズサを見る。
アズサは、自分の体をかき抱き、しゃがみ込んでいた。
「ア、アズサどうしたの?」
雅秀は、慌ててアズサの肩に触れる。アズサの華奢な肩は、小動物のように震えていた。
「大丈夫?」
雅秀は、アズサの顔を覗き込んだ。
アズサは叱られた子供のように、ぎゅっと目を瞑っていた。顔色が蒼白だ。
具合でも悪くなったのだろうか。救急車を呼んだほうがいいのもしれない。
雅秀がそう思った時、アズサが口を開いた。
「……った」
「え?」
何と言ったかわからず、雅秀は聞き返す。アズサは、再度同じ言葉を口に出した。
今度は、はっきりと聞き取れた。
「良かった」
「良かった?」
雅秀は訝しむ。自殺を阻止され、恨みを抱いているのではなかったのか。
「うん」
アズサは頷き、顔を上げる。アズサの目には、涙が浮かんでいた。
雅秀は、はっとしながら訊く。
「どういうこと?」
雅秀の質問に、アズサは自身の体をかき抱いたまま、首を振った。
「私、本当は……」
そう言うなり、アズサは俯き、泣き出してしまった。感極まったように、さめざめと。
雅秀は悟った気がした。
アズサも本心では、死にたくなかったのだ。自殺したい願望はあるものの、心の奥底では、死への恐怖が共存していたのだろう。
助かったことで、決壊したように、その恐怖が噴出したのだ。
朝日が照らす駐車場に、アズサの泣き声が、いつまでも響き渡っていた。
その後二人は、ワンボックスカー内の片付けを行い、再び奥多摩駅へと戻ってきていた。
二人共疲れた顔をしているが、雅秀のほうは疲弊はしていなかった。気分も爽やか。それは、アズサも同じらしかった。
「またここに戻ってくるなんて……」
通勤や通学のための利用客が増え始めた奥多摩駅を眺めながら、アズサはポツリと呟く。
雅秀も同じ気持ちだった。まるで、黄泉の国から舞い戻ってきた気分だ。目の前の日常風景が、どこか別の世界のように感じる。
古い旅館のような外観の駅舎に、利用客が次々に吸い込まれていく。彼らと、自分たちに大きな隔たりを覚えた。
そこで、雅秀は、ふと思い当たる。
「そういえば、アズサ。学校は?」
確か今日は平日だ。学生なら、登校する時間である。
アズサは一瞬、ばつの悪そうな顔をしたが、すぐに悪戯っ子のようにニッコリと笑い、舌を出した。
「さぼっちゃう。どっち道、死んじゃうつもりだったから、登校する予定はなかったし」
そもそも、アズサは私服で、通学鞄や制服の類も持ってきていない。簡単に登校の準備などできないだろう。
雅秀も、今日は出勤日だったが、仕事をする気にはなれなかった。後で会社に欠勤の連絡をしようと思う。
「二人共サボりだね」
アズサは潤んだ目をこちらに向けながら、はにかんだ。
「仕方ないよ。俺たちは死の淵から生還したんだから。それくらいは許されるさ」
「そうだね」
アズサが頷く。同時に、雅秀はアズサと共に笑い合った。
はじめて、車内に笑い声が生まれた瞬間であった。
雅秀は訊く。
「だけど、本当にいいの? 自殺しなくて。後悔しない?」
雅秀のほうは、依然、女子高生と自殺したい願望は存続しているが。
アズサは髪をかき上げ、首を捻る。左手首からは、相変わらず、リストカットの跡が見え隠れしていた。
「うーん、なんだかもう自殺する気分じゃないんだよね」
アズサは、クラブに行く予定をキャンセルでもしたような、軽いノリでそう言う。
雅秀は頷くと、時計を確認した。時刻は、八時過ぎ。
「どうする? もう帰ろうか。家まで送るよ」
アズサは首を振った。
「家に帰りたい気分でもないから。帰ったらお母さんうるさいだろうし」
「でも、これレンタカーだし、いつまでもここにはいられないよ」
「うん。だからね」
アズサは、そう言うと、上目使いにこちらを見る。猫を思わせる大きな目だ。
アズサは続きを口に出した。
「だから、今日は二人で遊びに出かけよう」
唐突なアズサの提案に、雅秀は一瞬面食らった後、苦笑した。
このまま解散しても、待っているのは誰もいない寮の部屋だけ。
女子高生と自殺をするという目的は達成できなかったものの、せめて遊んで帰るくらいはやっても罰は当たらないだろうと思った。
「そうだね。行こうか」
雅秀が了承すると、アズサは、プレゼントを貰った子供のように、ぱっと表情を明るくさせた。
朝日が照らす中、雅秀は、目の前にいるアズサへ頭を下げた。
アズサを助け、意識を失った後、目を覚ました雅秀のそばで、彼女は茫然自失の状態で佇んでいた。
空はすでに白みがかり、日の出の時刻だったが、駐車場はいまだ他に車はなかった。そのため、明らかに自殺現場であるレンタカーを目撃される恐れがないのは幸いと言えた。
起き上がった雅秀は、依然、状況が飲み込めないでいるアズサに対し、説明を行った。
自身の気が変わってしまったため、自殺を中止し、アズサも一緒に助けたことについて。
説明を聞いたアズサは、最初は曖昧模糊な様子で、きょとんとしていたが、理解の兆しが訪れるに従い、彼女は表情を変化させた。
怒りの形相へと。
「謝ってすむ問題じゃないでしょ!? せっかくの覚悟をどうするつもり?」
アズサは切れ長の整った目を、吊り上げ、ヒステリックにそう叫んだ。
雅秀は何も言わず、その場で俯いた。抗弁のしようがなかった。悪いのは完全に自分なのだ。気が変わり、裏切った自分が。
雅秀は、これから畳み掛けられるであろう、アズサの罵倒を覚悟した。下手をすると警察への通報もあるかもしれない。しかし、それも受け入れようと思った。
じっと地面を見つめ、アズサの非難の言葉を待つ。しかし、続きは発せられなかった。
怪訝に思い、雅秀は顔を上げてアズサを見る。
アズサは、自分の体をかき抱き、しゃがみ込んでいた。
「ア、アズサどうしたの?」
雅秀は、慌ててアズサの肩に触れる。アズサの華奢な肩は、小動物のように震えていた。
「大丈夫?」
雅秀は、アズサの顔を覗き込んだ。
アズサは叱られた子供のように、ぎゅっと目を瞑っていた。顔色が蒼白だ。
具合でも悪くなったのだろうか。救急車を呼んだほうがいいのもしれない。
雅秀がそう思った時、アズサが口を開いた。
「……った」
「え?」
何と言ったかわからず、雅秀は聞き返す。アズサは、再度同じ言葉を口に出した。
今度は、はっきりと聞き取れた。
「良かった」
「良かった?」
雅秀は訝しむ。自殺を阻止され、恨みを抱いているのではなかったのか。
「うん」
アズサは頷き、顔を上げる。アズサの目には、涙が浮かんでいた。
雅秀は、はっとしながら訊く。
「どういうこと?」
雅秀の質問に、アズサは自身の体をかき抱いたまま、首を振った。
「私、本当は……」
そう言うなり、アズサは俯き、泣き出してしまった。感極まったように、さめざめと。
雅秀は悟った気がした。
アズサも本心では、死にたくなかったのだ。自殺したい願望はあるものの、心の奥底では、死への恐怖が共存していたのだろう。
助かったことで、決壊したように、その恐怖が噴出したのだ。
朝日が照らす駐車場に、アズサの泣き声が、いつまでも響き渡っていた。
その後二人は、ワンボックスカー内の片付けを行い、再び奥多摩駅へと戻ってきていた。
二人共疲れた顔をしているが、雅秀のほうは疲弊はしていなかった。気分も爽やか。それは、アズサも同じらしかった。
「またここに戻ってくるなんて……」
通勤や通学のための利用客が増え始めた奥多摩駅を眺めながら、アズサはポツリと呟く。
雅秀も同じ気持ちだった。まるで、黄泉の国から舞い戻ってきた気分だ。目の前の日常風景が、どこか別の世界のように感じる。
古い旅館のような外観の駅舎に、利用客が次々に吸い込まれていく。彼らと、自分たちに大きな隔たりを覚えた。
そこで、雅秀は、ふと思い当たる。
「そういえば、アズサ。学校は?」
確か今日は平日だ。学生なら、登校する時間である。
アズサは一瞬、ばつの悪そうな顔をしたが、すぐに悪戯っ子のようにニッコリと笑い、舌を出した。
「さぼっちゃう。どっち道、死んじゃうつもりだったから、登校する予定はなかったし」
そもそも、アズサは私服で、通学鞄や制服の類も持ってきていない。簡単に登校の準備などできないだろう。
雅秀も、今日は出勤日だったが、仕事をする気にはなれなかった。後で会社に欠勤の連絡をしようと思う。
「二人共サボりだね」
アズサは潤んだ目をこちらに向けながら、はにかんだ。
「仕方ないよ。俺たちは死の淵から生還したんだから。それくらいは許されるさ」
「そうだね」
アズサが頷く。同時に、雅秀はアズサと共に笑い合った。
はじめて、車内に笑い声が生まれた瞬間であった。
雅秀は訊く。
「だけど、本当にいいの? 自殺しなくて。後悔しない?」
雅秀のほうは、依然、女子高生と自殺したい願望は存続しているが。
アズサは髪をかき上げ、首を捻る。左手首からは、相変わらず、リストカットの跡が見え隠れしていた。
「うーん、なんだかもう自殺する気分じゃないんだよね」
アズサは、クラブに行く予定をキャンセルでもしたような、軽いノリでそう言う。
雅秀は頷くと、時計を確認した。時刻は、八時過ぎ。
「どうする? もう帰ろうか。家まで送るよ」
アズサは首を振った。
「家に帰りたい気分でもないから。帰ったらお母さんうるさいだろうし」
「でも、これレンタカーだし、いつまでもここにはいられないよ」
「うん。だからね」
アズサは、そう言うと、上目使いにこちらを見る。猫を思わせる大きな目だ。
アズサは続きを口に出した。
「だから、今日は二人で遊びに出かけよう」
唐突なアズサの提案に、雅秀は一瞬面食らった後、苦笑した。
このまま解散しても、待っているのは誰もいない寮の部屋だけ。
女子高生と自殺をするという目的は達成できなかったものの、せめて遊んで帰るくらいはやっても罰は当たらないだろうと思った。
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雅秀が了承すると、アズサは、プレゼントを貰った子供のように、ぱっと表情を明るくさせた。
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