化物侍女の業務報告書〜猫になれるのは“普通”ですよね?〜

家具屋ふふみに

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第三章 化物侍女は化物に出会う

48. 化物侍女は見つけ見つかる

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「─────そこまでですよ」

 透き通る声が宵闇に響いた瞬間、ドロリとヨルが夜に解けてその姿を失う。
 そこには何も残らない。

「……やはり、難しい、ですか」

 ヨルが膝を着く。口元を拭えば、その袖にはドス黒い血が延びた。

 ふらつく足取りで立ち上がり、その身体を後ろの木に預けてふぅ…と息を吐く。消耗は、激しい。

「人手不足は…辛い、ですね」

 今回のヨルに対する指令はギルドマスターの指示に従いそれを遂行する事。しかしその間ヨルはティアラから離れる事になり、ティアラの護衛が居なくなる。
 本来であれば補欠の【黒蝶】が影からその護衛の任に着くのだが、元々少数精鋭である【黒蝶】には人的余裕はあまりない。今回は運悪く動かせる【黒蝶】が居なかった。
 ティアラの護衛が厳命されているヨルとしては、護衛無しという事態は極力避けねばならないものだ。

 ───故に。ヨルは自身を事を思い付いた。

 だが結果は安定性に欠け、結局が出てくる他無くなってしまった。

「……大分、されてきていますね。これ以上は厳しそうです」

 冷静に現在の自身の身体機能の状態を把握し、結論を出す。
 が無い現状、これ以上身体に負荷をかける事は出来ない。

 少しして何とか動ける状態まで回復すると、ヨルは地面に落ちた外套を拾い上げてその身に羽織った。
 夜は、まだ深い。

「早く死体から離れなければ…」

 ナイフを構えて警戒しつつ、バークベアーの死体から距離を取り始める。
 バークベアーの死体が放つ血の匂いは、ヨルの予想通り魔物を寄せ集め始めていた。けれどそれらは、ある一定のラインからその歩みを止めている。
 それはまるで───ヨルを中心として離れているかのように。
 その事に気付いたヨルが、その瞼を下ろして集中を高める。しかし暫くして瞼を上げたヨルの表情は曇っていた。

「……駄目ですね。上手く制御出来ません」

 自身のを書き換えて闇夜に溶けようと模索しても、上手くいかない。何かしらの後遺症の様な状態に陥っていた。

 ヨルの戦闘スタイルは超至近戦だ。こうも魔物が自身から離れられてしまうと、戦いづらい。それに身体も本調子では無く、動きがまるで水の中のような抵抗感を受けている状態になっていたので、従来の戦い方は出来そうになかった。

「……アレ使いますか」

 ナイフを仕舞い、次に懐から取り出したのは、一丁の拳銃。その先端に消音器サプレッサーを取り付けて、弾倉マガジンを込める。
 ヨルの遠距離攻撃手段は投げナイフとこの拳銃の二つだ。勿論これも備品である。

「使うのは久しぶりですね」

 手順を思い出すかのように少し遅く射撃準備を整えていく。スライドを下げてコッキング。ロックは外し、トリガーガードに指を置く。
 装填数は七発。予備の弾倉マガジンは二個。無駄撃ちは出来ない。

 最早無駄にはなるが出来る限り気配を埋没させる意識を持ちながら、ヨルが更に奥へと進む。元より魔物を倒す事が目的では無いので、動きが鈍っていてもその進みはそこまで遅くはならなかった。

 暫く進むと魔物とは異なる匂いを察知したヨルが、木の影に身体を滑り込ませる。その耳に届くのは、微かな話し声。

「…手筈は…」
「問題……設置は……」

 聞こえてきた会話の内容は風の音によって聞こえづらいが、その声の低さから性別は男である事が窺い知れる。
 ここで笛を吹くべきかとヨルが思案していると、一足先に向こうから笛の音が聞こえた。音の大きさからして、距離としてはそこまで離れていない。
 返事をするかのようにヨルが笛を吹き返せば、先程よりも相手の笛の音が近付いた。

「……そちらも見つけていたか」
「はい」

 声を潜め、二人が合流する。どうやらメルヒの要件はヨルが見付けていた男共の事だったようだ。

「どうする」
「生きて捕らえたいですね」
「同感だ」

 夜も深い時間、森の中、男二人。これで疑わない方が無理というものだ。
 ヨルは敵を基本殺す事を命令されているが、時として捕縛を行うこともある。だがそれは身体が本調子であった時の話。接近して気付かれる前に相手の意識を刈り取る事は、現状難しい。

「私が先行する。警戒を頼む」
「かしこまりました」

 ヨルの得物がナイフから銃へと変化しているのを視認したメルヒが、そう告げる。ヨルの体調不良を看破した訳では無いが、何かしら遠距離攻撃手段に頼る理由があるとは察しがついていた。

 気配を殺しメルヒが行動を開始する。その後ろ姿を視界に収めつつ、ヨルが拳銃を構えた。投げナイフの精度が高いヨルは、その射撃の腕も一流だ。だが万が一狙い澄ました弾が相手が動いた事でずれ、致命傷になる可能性も否定出来ない。
 構えはするがその引き金に指は掛けない。あくまで目的は警戒。無理に援護する必要は無い。

「───終わったぞ」
「お見事です」

 結局ヨルが手出しする事もなく、メルヒが無事に制圧しヨルを呼んだ。
 声が聞こえたのは二人だったが、その場に転がっていた人影は三人居た事にヨルが首を傾げた。先程まで気配は無かったように思ったからだ。

「三人も居たのですか?」
「ああ。この時間だからな。どうにも離れて休んでいたようだ」
「成程」

 ヨルの気配察知は動く音を頼りにしている部分が大きく、心拍数も下がり音が小さくなる寝ている存在は察知しにくいのだ。

 地面に倒れ込む男は意識を失っているだけで呼吸は安定している。それを確認して、ヨルがテキパキとロープを取り出して手足を縛った。

「彼らが何をしていたのかは分かりますか?」
「分からん。だが何かしようとしていたのは明白だろう」

 そう言ってメルヒが顎で指し示した方向へとヨルが目線を向ける。そこにあったのは大小様々な鉄製の檻と、何かを燃やした跡。
 檻の中は全て空で、扉は開かれたままの状態。床や檻に付いた傷跡から、元々何かが入っていたと思われる。

「……密猟、という訳では無さそうですね」

 魔物はその全てが人間に対して害とされている訳では無い。ヨルの勤めるカーナモン家に配備された魔法植物のように、調教して味方として扱う事が出来る魔物も存在する。
 だがその魔物を捕獲し調教するには国から許可を得る必要があり、それで収益を得る場合は税金を支払う必要がある為違法な密猟が後を絶たないのだ。
 だがそれならば檻が開いたままなのは不可解だ。繰り返し檻を使っているからと言って檻が開いているのはおかしいのだから。
 それはまるで、元々入っていた物を出したかのような────

「「っ!」」

 突如首筋に感じたピリリとした痛みに、二人が反射的にその場を飛び退く。すると次の瞬間───捕縛した一人の男の首が吹き飛んだ。

「…どうやら、ただでは帰して頂けないようですね」


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