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第三章 化物侍女は化物に出会う

56. 令嬢は戦う(保護者付)

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 ダンジョンによっては階層ごとに出現する魔物が変化する事があるが、此処【泉のダンジョン】には元よりアーヴァンクしか生息していない為、変化は無い。

「ティアラ様。前方三時の方向、八メートル程の距離にアーヴァンクが二体水中に潜んでおります」
「分かったわ」

 的確にアーヴァンクの位置を割り出し、その場所を指差してティアラへと伝えれば、ヨルがティアラに場所を譲る。無論不測の事態に備えて銃は構えたままだ。
 ティアラが魔力を練り上げて、魔術を行使する。

「《風刃》!」

 生み出された風の刃は二枚。一度に生み出せる《風刃》の数は魔術の練度に依存する。学生で同時に二枚の刃を操る実力を持つ者は少ない。
 ティアラの手から放たれた《風刃》は真っ直ぐに水面へと叩き付けられ、一拍置いて金切り声を上げながら一体のアーヴァンクが飛び出した。

「外しちゃったわね」

 元々見えない敵を狙っていたのだから、外すのも無理は無かった。とはいえヨルの索敵通りならば二体居たはずだ。それが一体しか出てこなかったということは、少なくとも一体には《風刃》が命中し、そのまま倒し切れた事を示していた。

「ギィィィ!!」

 耳障りな鳴き声を上げてアーヴァンクがティアラへと怒りを露わにする。だがヨルが手を出す素振りは無い。アーヴァンクの間合いまで詰められれば対処はするが、それ以外では干渉するつもりは無かった。

「じゃあ次は…《風弾》!」

 次にティアラが行使したのは、風の塊を放つ《風弾》と呼ばれる魔術。《風刃》は切断性に優れ攻撃力が高いが、風を薄く圧縮して放つ性質上躱されやすいという欠点がある。
 対して《風弾》はただの風の塊である為貫通力は無く攻撃力は《風刃》に劣る。だが《風刃》の攻撃が“線”だとすれば《風弾》は“面”と呼べる。攻撃面積が大きいので《風刃》よりも躱しづらく当たりやすいのだ。

「ギャギャ!」

 放たれた《風弾》をまともに受けたアーヴァンクが、後ろに吹き飛ばされる。倒すには威力が足りないが、それでいい。が目的なのだから。

 戦闘において最も隙になる状態は何か。それは、地面に足を着けていない状態。つまり────空中に飛んでいる時だ。

「《風刃》!」

 中に浮いた状態のアーヴァンク。その首目掛けティアラの《風刃》がその鋭利な切っ先を持って襲い掛かった。

「ギュ…」

 潰れた声を残して、アーヴァンクが事切れる。硬い毛と厚い皮下脂肪で覆われた身体はそれに恥じぬ防御力があり流石に首を切り飛ばす事は叶わなかったが、無事に倒し切ることが出来ティアラが安堵の息を吐いた。

「お見事です」
「…ヨルさんの活躍の後だと霞むわね」
「エセル。余計な事言わない」

 見えない敵全てをここまで銃一撃で屠ってきたヨルと比べる事がそもそも間違っている。

「次はエセルがやってみる?」
「ええ。…ここまで安心感のある実戦もそう無いわね」

 もし魔術を外してアーヴァンクに詰め寄られたとしても、その攻撃が届く前にヨルによって倒される事が分かっているので怪我をする可能性は低くく、安心して攻撃に専念できる。
 エセル自身実戦は何度か経験しているが、ここまで“ヌルい”実戦は経験した事が無かった。

「アーヴァンクの位置や数はお教えした方がよろしいでしょうか?」
「そうですね……一旦は教えないでもらえますか? 攻撃する前に私からヨルさんに確認させてください」
「かしこまりました」

 せめてもの特訓として索敵だけは行おうとエセルがそう提案する。…まぁヨルは敵が居た場合横に捌けるので敵が近くにいる事自体は分かってしまうが、そこは護衛として仕様がないと諦めている。

 魔術師は後衛職であるが故に索敵を担当することはない。だが魔術師にしか出来ない索敵方法は存在していた。
 それは属性を持たない純粋な魔力を波状に広げる事によって、その“歪み”から対象を察知するという方法だ。
 しかしこれは場合によっては此方の場所が敵に知られてしまうという欠点が存在する。だがこれは相手が魔法を扱える魔物であった場合だ。今回の敵であるアーヴァンクは魔法を扱えない為、此方の位置を逆探知される可能性は低かった。

 歩みを進めながらエセルが魔力を打ち出す。すると前を進んでいたヨルが、ピクリと肩を上げて反応を示した。

「今のは…」
「あぁすいません。私の魔力です」

 気配に敏感な人であればこの索敵方法は微かな違和感として感じ取れてしまう。斥候として気を張っていたヨルが気付いてしまったのも無理は無かった。

 返ってきた魔力の波に残された“歪み”を精査すれば、三つの反応を確認出来た。だがそのうちの一つは近くにあったにも関わらず、ヨルは反応していない。その事を疑問に思ったエセルが、ヨルに声を掛ける。

「ヨルさん。この先に何かが…」
「この先……あぁ、護衛の冒険者ですので問題ありませんよ」
「護衛…?」
「はい。学園側が手配している方々ですね。ミレーナにある全てのダンジョンにおいて待機していると聞き及んでおります」
「待ってヨル。私その話知らない」
「それは無理もありません。これは学生には通達されておりませんから」
「なら何故ヨルが知っているの?」
「私の立場の関係上、知り得た情報ですので」

 ヨルはティアラの護衛だ。そしてギルドマスターとも浅からぬ関係を持っている。それならば学年行事の“裏”を知っていても不思議は無いかとティアラは納得した。
 ……最も、その“護衛の冒険者”にヨルが含まれているとは微塵も思っていないのだが。




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