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第三章 化物侍女は化物に出会う
57. 化物侍女は無自覚
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「ヨルさん。前方の小部屋に反応が三つあります」
「…そうですね。左隅で固まっているようです。如何なさいますか?」
一度小部屋の手前でヨルが立ち止まり、対応をエセルに尋ねる。ヨルの察知が確かならば、今回の敵は全て陸に出ている。つまり先手による奇襲はあまり意味をなさない可能性があった。
「…ティアラ、いけそう?」
「まだ見えないから何とも言えないけど…まぁ頼られたなら応えるわよ?」
「ん。なら私が土魔術で拘束するから、攻撃をお願い」
「りょーかい」
「ヨルさんには万が一に備えてフェリシアの護衛をお願いします」
「かしこまりました」
指示を受けてヨルが後ろへと下がる。ヨルは基本的に主であるティアラの命令しか聞かないが、そのティアラの旧友で信頼を置いている存在であるエセルならば、命令を聞いても問題は無いと判断していた。
ヨルが後ろに下がったのを確認して、エセルが気配を殺しながら部屋を覗き込む。予想通り部屋の左隅にはうつ伏せで寝転がったアーヴァンクの姿があった。
しっかりとその全てを視界に収めつつ、エセルが地面に手を着いて魔術を行使する。
「…《泥濘》」
その言葉が紡がれた瞬間、異変に気付いたアーヴァンクが不快な鳴き声を上げる。だが時すでに遅くアーヴァンク達は突如足元を泥に奪われ、身動きが取れなくなっていた。
「ティアラ」
「ええ。《風刃》!」
止まっている相手ならば当てることも容易い。放たれた《風刃》は泥濘に嵌った一体のアーヴァンクの首筋を切り裂いた。
「ギィィ!!」
「じゃあ私も…《水槍》!」
エセルの突き出した掌の先に、水が渦巻く一本の槍が現れた。
水属性は一見攻撃力に乏しいように思えるが、実際はそうでは無い。他の属性よりも制御が難しいが、圧縮した水は鉄すらも容易に切り裂ける。
放たれた《水槍》はアーヴァンクの目を貫き、その命を確実に刈り取った。
「ギィィィ!!」
ここで残った最後の一体が泥濘から抜け出し、その瞳に強い怒りと憎悪の焔を滾らせて一気にエセルの方へと詰め寄った。
しかしエセルはその様子に慌てる事無く次なる魔術を行使する。
「《岩弾》!」
土属性の派生系である岩。
握り拳程の岩をまるで弾丸の様に撃ち出すと、頭に血が上った状態のアーヴァンクはそれを躱す事が出来ず地面に沈んだ。
最後に魔力をもう一度放って索敵。近くに魔物や冒険者の反応は無かった。
それを確認して、エセルが肩の荷を下ろす。
「ふぅ…」
「お見事です」
「ありがとうございます…ヨルさんが居ると分かっていても、やはり緊張してしまいますね」
「適度な緊張感を持って戦闘する事はとても重要な事ですので、気になさる必要は無いかと思いますよ」
ガチガチになって動きが鈍くなるのは看過できないが、気を緩めて油断するのもまた許される事では無い。何事も適度であるのが良いのだ。
「あ、そうですフェリシア様。よろしければ投げナイフの練習でも致しますか?」
ふと思い付いたかのように、ヨルが後ろを振り返ってフェリシアに提案する。
「投げナイフ…ですか?」
「はい。魔術師は非常時に備えてそういった遠距離武器を準備していることもあるそうです。フェリシア様は魔術による攻撃が難しいので、そういった攻撃手段を会得する事も今後役に立つのでは無いでしょうか」
「成程…確かにそれはあるかもしれません」
アーヴァンクは毛が硬い為にしっかりとナイフを投げられないと刺さらない。だがそれ故に練習相手としてはうってつけではないかとヨルは思ったのだ。
「やってみたら? 折角安心出来る護衛がいるんだし」
「…はい。やってみたいです」
ティアラの後押しもあり漸くフェリシアが頷くと、早速とばかりにヨルが懐から一本のナイフを取り出した。
「こちらが私が使っている投げナイフです。それなりの重量がありますので、一度持ってみてください」
「は、はい!」
投げナイフの種類によっては先端にしか刃が無いものもあるが、ヨルが扱っているのは片刃のナイフだ。
おずおずとヨルから投げナイフを受け取ると、その掌に伝わる確かな重さにフェリシアが内心驚く。
握り心地を確かめるように持ち手を何度か握り直すと、その持ち手が比較的簡素な作りである事に気付いた。
「これは普通にナイフとして使えるのですか?」
「使う事は可能ですが、これは投げる為に作られているため、重心が刃の方に寄っています。お勧めは致しません」
その後はナイフの持ち方を教えて、一旦ナイフはヨルが預かる。懐にナイフが仕舞われるその様子を見て、エセルが首を傾げた。
「内ポケットなんてありましたっけ…」
「元は無いですね。既製品を少し改造させていただきました」
今ヨルが着ている制服のブレザーの裏側には多数の“小道具”が隠されている。これは受け取ったその日に改造しまくった結果である。
「エセル。ヨルに何か出してとか気軽に言わないでよ」
「何故?」
「……大抵の物は出てきちゃうのよ」
「…え?」
「例えば、そうね……ヨル、周囲に護衛の冒険者方は居らっしゃる?」
「いえ、おりません」
「じゃあお茶の用意をお願い出来るかしら」
そのお願いにエセルは懐疑的な眼差しをティアラに向ける。もし仮に用意出来たとしても革水筒に入れた物が出てくるだろうが、流石のヨルでもそれは用意して「こちらでよろしいでしょうか」……
ヨルの声に振り返ったエセルが絶句する。その手には湯気が上る、カップに入ったお茶があった。
「……は?」
「こういう事よ…エセル、フェリシア。これは誰にも言わないでよ」
「……言わないどころか気になり過ぎるんですけど?」
「好奇心は猫をも殺すわよ」
「猫「それ以上言わない」…かしこまりました」
ヨルの言葉をティアラが強い言葉で制止する。これ以上情報を落とすべきでは無い。
その様子にエセルは別の秘密がある事を感じ取りはしたが、それを追求するだけの余裕は無かった。
「…そうですね。左隅で固まっているようです。如何なさいますか?」
一度小部屋の手前でヨルが立ち止まり、対応をエセルに尋ねる。ヨルの察知が確かならば、今回の敵は全て陸に出ている。つまり先手による奇襲はあまり意味をなさない可能性があった。
「…ティアラ、いけそう?」
「まだ見えないから何とも言えないけど…まぁ頼られたなら応えるわよ?」
「ん。なら私が土魔術で拘束するから、攻撃をお願い」
「りょーかい」
「ヨルさんには万が一に備えてフェリシアの護衛をお願いします」
「かしこまりました」
指示を受けてヨルが後ろへと下がる。ヨルは基本的に主であるティアラの命令しか聞かないが、そのティアラの旧友で信頼を置いている存在であるエセルならば、命令を聞いても問題は無いと判断していた。
ヨルが後ろに下がったのを確認して、エセルが気配を殺しながら部屋を覗き込む。予想通り部屋の左隅にはうつ伏せで寝転がったアーヴァンクの姿があった。
しっかりとその全てを視界に収めつつ、エセルが地面に手を着いて魔術を行使する。
「…《泥濘》」
その言葉が紡がれた瞬間、異変に気付いたアーヴァンクが不快な鳴き声を上げる。だが時すでに遅くアーヴァンク達は突如足元を泥に奪われ、身動きが取れなくなっていた。
「ティアラ」
「ええ。《風刃》!」
止まっている相手ならば当てることも容易い。放たれた《風刃》は泥濘に嵌った一体のアーヴァンクの首筋を切り裂いた。
「ギィィ!!」
「じゃあ私も…《水槍》!」
エセルの突き出した掌の先に、水が渦巻く一本の槍が現れた。
水属性は一見攻撃力に乏しいように思えるが、実際はそうでは無い。他の属性よりも制御が難しいが、圧縮した水は鉄すらも容易に切り裂ける。
放たれた《水槍》はアーヴァンクの目を貫き、その命を確実に刈り取った。
「ギィィィ!!」
ここで残った最後の一体が泥濘から抜け出し、その瞳に強い怒りと憎悪の焔を滾らせて一気にエセルの方へと詰め寄った。
しかしエセルはその様子に慌てる事無く次なる魔術を行使する。
「《岩弾》!」
土属性の派生系である岩。
握り拳程の岩をまるで弾丸の様に撃ち出すと、頭に血が上った状態のアーヴァンクはそれを躱す事が出来ず地面に沈んだ。
最後に魔力をもう一度放って索敵。近くに魔物や冒険者の反応は無かった。
それを確認して、エセルが肩の荷を下ろす。
「ふぅ…」
「お見事です」
「ありがとうございます…ヨルさんが居ると分かっていても、やはり緊張してしまいますね」
「適度な緊張感を持って戦闘する事はとても重要な事ですので、気になさる必要は無いかと思いますよ」
ガチガチになって動きが鈍くなるのは看過できないが、気を緩めて油断するのもまた許される事では無い。何事も適度であるのが良いのだ。
「あ、そうですフェリシア様。よろしければ投げナイフの練習でも致しますか?」
ふと思い付いたかのように、ヨルが後ろを振り返ってフェリシアに提案する。
「投げナイフ…ですか?」
「はい。魔術師は非常時に備えてそういった遠距離武器を準備していることもあるそうです。フェリシア様は魔術による攻撃が難しいので、そういった攻撃手段を会得する事も今後役に立つのでは無いでしょうか」
「成程…確かにそれはあるかもしれません」
アーヴァンクは毛が硬い為にしっかりとナイフを投げられないと刺さらない。だがそれ故に練習相手としてはうってつけではないかとヨルは思ったのだ。
「やってみたら? 折角安心出来る護衛がいるんだし」
「…はい。やってみたいです」
ティアラの後押しもあり漸くフェリシアが頷くと、早速とばかりにヨルが懐から一本のナイフを取り出した。
「こちらが私が使っている投げナイフです。それなりの重量がありますので、一度持ってみてください」
「は、はい!」
投げナイフの種類によっては先端にしか刃が無いものもあるが、ヨルが扱っているのは片刃のナイフだ。
おずおずとヨルから投げナイフを受け取ると、その掌に伝わる確かな重さにフェリシアが内心驚く。
握り心地を確かめるように持ち手を何度か握り直すと、その持ち手が比較的簡素な作りである事に気付いた。
「これは普通にナイフとして使えるのですか?」
「使う事は可能ですが、これは投げる為に作られているため、重心が刃の方に寄っています。お勧めは致しません」
その後はナイフの持ち方を教えて、一旦ナイフはヨルが預かる。懐にナイフが仕舞われるその様子を見て、エセルが首を傾げた。
「内ポケットなんてありましたっけ…」
「元は無いですね。既製品を少し改造させていただきました」
今ヨルが着ている制服のブレザーの裏側には多数の“小道具”が隠されている。これは受け取ったその日に改造しまくった結果である。
「エセル。ヨルに何か出してとか気軽に言わないでよ」
「何故?」
「……大抵の物は出てきちゃうのよ」
「…え?」
「例えば、そうね……ヨル、周囲に護衛の冒険者方は居らっしゃる?」
「いえ、おりません」
「じゃあお茶の用意をお願い出来るかしら」
そのお願いにエセルは懐疑的な眼差しをティアラに向ける。もし仮に用意出来たとしても革水筒に入れた物が出てくるだろうが、流石のヨルでもそれは用意して「こちらでよろしいでしょうか」……
ヨルの声に振り返ったエセルが絶句する。その手には湯気が上る、カップに入ったお茶があった。
「……は?」
「こういう事よ…エセル、フェリシア。これは誰にも言わないでよ」
「……言わないどころか気になり過ぎるんですけど?」
「好奇心は猫をも殺すわよ」
「猫「それ以上言わない」…かしこまりました」
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