化物侍女の業務報告書〜猫になれるのは“普通”ですよね?〜

家具屋ふふみに

文字の大きさ
62 / 82
第三章 化物侍女は化物に出会う

60. 化物侍女は仲良くなる

しおりを挟む
 守る為にフェリシアの前に出たものの、ヨルは思案していた。
 ナイフは袖に仕舞ってあり、直ぐに取り出す事は可能だ。脂で切れ味は落ちているものの、刺突性に問題は無い。なので横から首を一突きすれば十分に倒し切れる。
 だがそれでは頸動脈を切る事になり、大量の血が吹き出すことが予想された。それでは駄目だ。
 ────だが、ヨルが心配しているのは眠気に襲われているアーヴァンク達を起こしてしまう事では無い。

(汚す訳には参りませんね)

 ヨル自身返り血を浴びる事は日常茶飯事でありさして気にするようなものではないが、すぐ後ろにいるフェリシアは違うだろう。
 ここまで来る中で血は何度か見ており多少耐性は付いたであろうが、それはあくまで遠くで流れる血だ。目の前で浴びるのとは訳が違う。


 だからこそ。ヨルは最前の選択肢としてその右手を突き出した。

「キキッ!?」

 飛びかかってきたアーヴァンクの首をそのまま鷲掴み、万力の様に締め上げていく。ミシミシと骨が悲鳴を上げ、アーヴァンクが苦しげな声を喉から捻り出す。抵抗しようと藻掻くが、既に手に力は入らず上に上がらない。
 そして───ゴキリという子気味良い音が響けば、アーヴァンクは地面に没した。

「えぇ……」

 握力だけで首の骨を折ったその異常な光景に、ティアラが呆れたような声を零した。
 残された魔術に抗っていたアーヴァンクはその惨状に恐怖を感じたのか途端にしおらしくなり、魔術の影響を受けてコテンと横になった。

「……ヨル様って何か特別なトレーニングをされていたりしますか?」
「いえ、特には。それがどうかなさいましたか?」

 その返答に、(あっ、これ無意識だわ)と直感したフェリシアは、それ以上尋ねても無駄になると思い口を閉ざした。
 目の前で首を折ったことに対しては、鶏を〆る所をかつて目撃していたのでそこまで恐怖心をフェリシアは感じなかった。
 ……意外とこの中(ヨル以外)で最も命を奪う行為を見る事に対する耐性が高いのがフェリシアであることを、未だ誰も知らない。

「起きる前に先へ進みましょう」
「……ええ、そうね」

 今ここで無防備なアーヴァンクを始末しても良いが、大量の血を流せばその匂いを嗅ぎ付けて第二第三の群れが押し寄せる可能性があるので、その対応は取るべきではないと判断し先へと急いだ。

 そして暫く進めば一体のアーヴァンクの音をヨルの耳が捉え、エセルもまた察知したので二人でその歩みを止める。

「フェリシア様。この先に一体アーヴァンクがおりますので、練習なさいますか?」
「あ、じゃあお願いします!」

 その返答を聞いてヨルが一本投げナイフを手渡し、フェリシアと二人で前に出る。

「居ましたね。見えますか?」
「は、はい」

 道の真ん中で欠伸を零すアーヴァンクの姿を捉える。油断している今ならば、狙いを付けるのも容易い。

「肩の力を抜いて、しっかりと目線を逸らさず狙いを付けてください」
「はい…!」

 ヨルの助言通りに、フェリシアが力を抜くように息を吐く。そのままギュッとナイフを握り、教えられた通りのフォームで真っ直ぐナイフを投げ飛ばした。

 ヒュッ!

 静かな風切り音を響かせ、ナイフが真っ直ぐ鈍色の軌道を残しながら突き進む。その綺麗な流れにティアラが内心舌を巻いた。
 投げ飛ばされたナイフは、確かな威力を伴ってアーヴァンクの胴体へと吸い込まれるように命中した。

「キィ!?」

 突然の痛みにアーヴァンクが激しく暴れる。その拍子に突き刺さったナイフがカランと音を立てて地面に落ちた。

「あっ…」
「当たりはしましたが浅かったですね。しかし初めてであれば命中させただけでも合格点です」

 そう言ってヨルがナイフを投げ飛ばせば、スコンッと綺麗にアーヴァンクの脳天へと突き刺さりその命を刈り取った。
 ヨルの鮮やかな手捌きに、フェリシアの瞳がキラキラと輝く。

「凄い…!」
「恐れ入ります。見たところフェリシア様は筋も良いようですので、このまま鍛錬をお続けになりますか?」
「はい! お願いしますっ!」

 ヨルとフェリシアの仲がより深まる様子を微笑ましく眺めていたティアラだったが、少しばかり不服そうでもあった。
 その気持ちに気づいたエセルが、ティアラの顔を覗き込んで口を開いた。

「フェリシアがヨルさんと仲良くなるのが嫌?」
「そんな事ないわ。ヨルに友達が増えるのはとても嬉しいもの。ただ……」
「ただ?」
「……私とも、それくらい近かったらいいなぁって」
「無理でしょ」

 エセルが取り付く島も無く即答する。

「なんでよ」
「あのねぇ……貴族と平民っていうのは、生まれながらにして“立場”が違うのよ。つまり埋められない“差”があって、どう抗ってもそのしがらみからは逃れないから、平民と親しくなるなんてほぼ不可能よ。まぁティアラは昔から気さくだし身分も気にしないから、そんな実感はないでしょうけどね」
「それは分かってるわよ。分かってるけど…」
「うじうじ悩んでも仕方ないでしょ。今はダンジョン攻略に集中する。その過程でもしかすればより仲を深められるかもしれないでしょ?」

 あれみたいに、とエセルが目線を向けた先には、今までになく楽しげに会話するフェリシアと、いつも通り無表情で受け答えをするヨルの姿があった。

「ヨル様。このナイフって幾らするんですか?」

 すっかり緊張など解けてフェリシアがヨルに尋ねる。どうやら使った投げナイフが気に入ったようだ。

「そうですね……大体……」
「……へ?」

 ヨルが購入した物では無い為凡そにはなるが、大体間違っては無いだろうと金額を口にする。だがその告げられた金額の高さにフェリシアがポカンと口を開けた。
 投げナイフは比較的安価に手に入るからこそ扱う人が多い遠距離攻撃手段ではあるが、ヨルが扱う投げナイフは繰り返し使用する事を前提として作られたものだ。故にそれなりの値段がする。

「た、高いんですね…」
「ええ。まぁこれは研ぎ直して使うものですから。使い捨てであればそこまで高くは無いですよ」

 ……実際には何回もこの高いナイフを使い捨てているヨルだが、態々その事を口にはしなかった。

「成程…ミレーナにも売っているでしょうか?」
「売っているかは分かりかねますが、武器屋はございますよ。よろしければご案内致しましょうか?」
「是非っ!」

 その会話を聞いて、自分がプレゼントすれば仲が縮まるかもという考えが一瞬ティアラの脳裏に過ぎったが、その考えを看破したエセルに結構強めに肘打ちされたので仕方無く諦めるのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが

ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

異世界転生旅日記〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
 農家の四男に転生したルイ。   そんなルイは、五歳の高熱を出した闘病中に、前世の記憶を思い出し、ステータスを見れることに気付き、自分の能力を自覚した。  農家の四男には未来はないと、家族に隠れて金策を開始する。  十歳の時に行われたスキル鑑定の儀で、スキル【生活魔法 Lv.∞】と【鑑定 Lv.3】を授かったが、親父に「家の役には立たない」と、家を追い出される。   家を追い出されるきっかけとなった【生活魔法】だが、転生あるある?の思わぬ展開を迎えることになる。   ルイの安寧の地を求めた旅が、今始まる! 見切り発車。不定期更新。 カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...