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58話
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先程の問答で気になった事。それは紫乃が空腹を訴えたという事だ。身体は別で精神だけこちらに来たのであれば、空腹を感じる事も、そもそも食事を口に出来る事もおかしい。
(…いや、モンスターは物理的に触れられたのう)
となればレイス等の霊体としてではなく、仮初の身体に精神―――魂を詰め込んでいるのだろうか。
恐る恐る食事を口にする紫乃に手を伸ばし、身体の詳しい情報を魔力を通じて抜き取っていく。……普通身体に魔力を流されれば違和感の一つや二つ覚えるものだが、その様なヘマを瑠華がする訳も無かった。
そうして抜き取って分かった事は――――
「うむ、分からん」
「えっ」
「いや、確かにここに紫乃が肉体を持っておるというのは分かるのじゃ。ただそこに不明瞭な点も無いのじゃよ」
「えと…それはつまり?」
「紫乃がこの世界で生きておる事が当然となっておるという事じゃ」
だから今目の前の紫乃が異世界から魂だけ連れてこられ、仮初の身体に入れられた存在なのか、それとも紫乃という記憶だけを持ってダンジョンで生まれた存在なのかは厳密には断定出来ないのだ。
「一応繋がりのようなものは確認しておるし、引き戻そうとする力も確認はしたのじゃが…」
「それが例の妨害したという…?」
「うむ。まぁもしそれで本当に引き戻されたのであれば、今頃紫乃の精神は崩壊していたじゃろうな」
「へっ!?」
「世界を渡るというのは、それだけ負荷が掛かるという事じゃよ。妾でさえも覗くだけならば簡単じゃが、そう易々と世界の壁は越えられん」
故に咄嗟に瑠華がその引き戻す力を妨害したのだ。もし連れ戻されたとしても死ぬことは無かっただろうが、記憶はおろか自我を保てるかもあやふやだ。
「身近な存在に心当たりはないかの? 例えばずっと空を見つめていたり、気力を失っていたり…」
「……先代は、確かに無気力な方ではありました。しかしそれが祈祷のせいかどうかは分かりかねます」
「む……まぁほぼ死人に口なしとも呼べる状況じゃし致し方あるまいて。して紫乃はどうするのじゃ?」
「? どうする、とは…」
「帰るのかどうかと言う事じゃよ」
「え、しかし戻るには精神が」
「確かに個人の力ではそうじゃ。じゃが妾が手を貸せば造作もない事じゃよ。元々妾は輪廻を司っていた事もあるからのぅ」
「…本当に神様なんですね」
しみじみとした様子でそう呟く紫乃に、瑠華は苦笑を零した。
「まぁ神より上じゃがの」
「へ?」
「神とは世界に住まう生き物が願う事で生まれた精神生命体。その世界に対し多少干渉する力は持つが、妾には遠く及ばんのじゃ」
神はその世界で生まれた存在。対して瑠華―――レギノルカは世界の外で生まれた存在。故に格がそもそも異なっている上、レギノルカは世界の管理者としての序列は二位に当たる。それだけ力を持つ存在であり、本当に比べるまでも無い程の差があるのだ。
「なんだか途方も無い話を聞きました…」
少し呆然とした様子の紫乃に、クスクスと瑠華が笑う。確かに関わりようが無い話ではあるし、その反応も理解出来た。
「帰るのであれば妾が送り届けよう。どうするのじゃ?」
「……許されるのであれば、このままこの世界で過ごしてみたく思います」
てっきり帰るかと思っていた瑠華は、その予想外の返答に目を瞬かせた。
「してその心は?」
「……私達は代々生まれながらの鬼人として、祈祷を捧げる事を里長から義務とされました。しかし瑠華様のお話が事実であるとすれば、それは鬼人という力を封じ込めたいという思惑が働いていると思われます。元より里の者から良い目はされてきませんでしたから……」
「経験を積まずして鬼人になる事を妬んだ者もおろうな。それが嫌になったという訳か?」
「……包み隠さず言うのであれば、そうなります。常に役目を、義務を課せられ、今思えば食事も満足に食べられてはおりませんでした。それが当たり前であったが為に苦ではありませんでしたが…。なのでこの世界で縛られる事無く生きてみたいのです」
「……一つ訂正しておこう。この世界はそこまで自由な世界では無い。妾や紫乃のような存在は、言ってしまえば異質じゃ。過ごす中でその様な眼差しを向けられる事も多くあろう。それでもか?」
「そんな物は慣れておりますので」
清々しいほどの物言いに、瑠華が思わず呆気にとられる。そうもハッキリと言われてしまえば、瑠華としては断る事も出来ない。
「……分かった、手続きは妾が行おう。幸い【柊】に空きはあるでの。そこを使うと良い」
「え…よろしいのですか?」
「良い。この世界を知らぬお主を野に放つ訳にはいかんからの」
「あっ、そういう……」
「それと…その容姿も隠さねばの」
瑠華が眼差しを向けたのは、紫乃の額から伸びる二本の真っ白な角。明らかに人外である事を示すそれを、流石にそのまま晒しておく訳にはいかないだろう。
「ふむ…作るかの」
ふと瑠華が立ち上がって、自身の机の引き出しから小さな木札を取り出す。それは【柊】の子たちに渡している物と同じ物だ。
「[偽装]か〖認識阻害〗…いや、〖人化〗が適当かの」
ブツブツと独り言を呟きながら指を振って光の玉を生み出し、木札へと吸い込ませる。そのまま四つほど玉を吸い込んだ木札に指を添えると、そこに金の文字が薄らと浮かび上がり、木札に染み込むようにして消え去った。
「これを渡しておこう」
「…凄まじいですね。技能を道具に込めるとは……」
「まぁ普通はかなり困難な技術じゃからの。この木札には〖人化〗のスキル…紫乃の言う技能じゃな。それが込められておる」
「どのように使えば…?」
「身に付けるだけで構わん。そうじゃな…首に掛けるのが良いか」
どこからとも無く革紐を取り出すと、木札に開けた穴に通して両端を結ぶ。それを紫乃の首に掛れば、額の角がパッと消え去った。ペタペタと紫乃が手を触れるも、手は額を触るだけで角に触れる事は出来なかった。
「[偽装]ならば見えなくするだけじゃが、〖人化〗はそもそも消し去る能力じゃからの。バレる事はなかろうて」
「何から何まで…ありがとうございます瑠華様。この御恩どうお返しすれば…」
「そのような事を考える必要は無い。救いを求める者に施しを与えるのも妾の役目じゃからの。ただ楽しんで自由に過ごしてくれる事こそ妾の望みじゃ」
「……かしこまりました。であれば私は瑠華様のお世話係を務めさせていただきます」
「……ん?」
「自由に過ごせばよろしいのでしょう? であれば自由にさせて頂きます」
「………」
瑠華は思った。自分の周りに集まる子達皆、ちょっと強情過ぎやしないかと。
(…いや、モンスターは物理的に触れられたのう)
となればレイス等の霊体としてではなく、仮初の身体に精神―――魂を詰め込んでいるのだろうか。
恐る恐る食事を口にする紫乃に手を伸ばし、身体の詳しい情報を魔力を通じて抜き取っていく。……普通身体に魔力を流されれば違和感の一つや二つ覚えるものだが、その様なヘマを瑠華がする訳も無かった。
そうして抜き取って分かった事は――――
「うむ、分からん」
「えっ」
「いや、確かにここに紫乃が肉体を持っておるというのは分かるのじゃ。ただそこに不明瞭な点も無いのじゃよ」
「えと…それはつまり?」
「紫乃がこの世界で生きておる事が当然となっておるという事じゃ」
だから今目の前の紫乃が異世界から魂だけ連れてこられ、仮初の身体に入れられた存在なのか、それとも紫乃という記憶だけを持ってダンジョンで生まれた存在なのかは厳密には断定出来ないのだ。
「一応繋がりのようなものは確認しておるし、引き戻そうとする力も確認はしたのじゃが…」
「それが例の妨害したという…?」
「うむ。まぁもしそれで本当に引き戻されたのであれば、今頃紫乃の精神は崩壊していたじゃろうな」
「へっ!?」
「世界を渡るというのは、それだけ負荷が掛かるという事じゃよ。妾でさえも覗くだけならば簡単じゃが、そう易々と世界の壁は越えられん」
故に咄嗟に瑠華がその引き戻す力を妨害したのだ。もし連れ戻されたとしても死ぬことは無かっただろうが、記憶はおろか自我を保てるかもあやふやだ。
「身近な存在に心当たりはないかの? 例えばずっと空を見つめていたり、気力を失っていたり…」
「……先代は、確かに無気力な方ではありました。しかしそれが祈祷のせいかどうかは分かりかねます」
「む……まぁほぼ死人に口なしとも呼べる状況じゃし致し方あるまいて。して紫乃はどうするのじゃ?」
「? どうする、とは…」
「帰るのかどうかと言う事じゃよ」
「え、しかし戻るには精神が」
「確かに個人の力ではそうじゃ。じゃが妾が手を貸せば造作もない事じゃよ。元々妾は輪廻を司っていた事もあるからのぅ」
「…本当に神様なんですね」
しみじみとした様子でそう呟く紫乃に、瑠華は苦笑を零した。
「まぁ神より上じゃがの」
「へ?」
「神とは世界に住まう生き物が願う事で生まれた精神生命体。その世界に対し多少干渉する力は持つが、妾には遠く及ばんのじゃ」
神はその世界で生まれた存在。対して瑠華―――レギノルカは世界の外で生まれた存在。故に格がそもそも異なっている上、レギノルカは世界の管理者としての序列は二位に当たる。それだけ力を持つ存在であり、本当に比べるまでも無い程の差があるのだ。
「なんだか途方も無い話を聞きました…」
少し呆然とした様子の紫乃に、クスクスと瑠華が笑う。確かに関わりようが無い話ではあるし、その反応も理解出来た。
「帰るのであれば妾が送り届けよう。どうするのじゃ?」
「……許されるのであれば、このままこの世界で過ごしてみたく思います」
てっきり帰るかと思っていた瑠華は、その予想外の返答に目を瞬かせた。
「してその心は?」
「……私達は代々生まれながらの鬼人として、祈祷を捧げる事を里長から義務とされました。しかし瑠華様のお話が事実であるとすれば、それは鬼人という力を封じ込めたいという思惑が働いていると思われます。元より里の者から良い目はされてきませんでしたから……」
「経験を積まずして鬼人になる事を妬んだ者もおろうな。それが嫌になったという訳か?」
「……包み隠さず言うのであれば、そうなります。常に役目を、義務を課せられ、今思えば食事も満足に食べられてはおりませんでした。それが当たり前であったが為に苦ではありませんでしたが…。なのでこの世界で縛られる事無く生きてみたいのです」
「……一つ訂正しておこう。この世界はそこまで自由な世界では無い。妾や紫乃のような存在は、言ってしまえば異質じゃ。過ごす中でその様な眼差しを向けられる事も多くあろう。それでもか?」
「そんな物は慣れておりますので」
清々しいほどの物言いに、瑠華が思わず呆気にとられる。そうもハッキリと言われてしまえば、瑠華としては断る事も出来ない。
「……分かった、手続きは妾が行おう。幸い【柊】に空きはあるでの。そこを使うと良い」
「え…よろしいのですか?」
「良い。この世界を知らぬお主を野に放つ訳にはいかんからの」
「あっ、そういう……」
「それと…その容姿も隠さねばの」
瑠華が眼差しを向けたのは、紫乃の額から伸びる二本の真っ白な角。明らかに人外である事を示すそれを、流石にそのまま晒しておく訳にはいかないだろう。
「ふむ…作るかの」
ふと瑠華が立ち上がって、自身の机の引き出しから小さな木札を取り出す。それは【柊】の子たちに渡している物と同じ物だ。
「[偽装]か〖認識阻害〗…いや、〖人化〗が適当かの」
ブツブツと独り言を呟きながら指を振って光の玉を生み出し、木札へと吸い込ませる。そのまま四つほど玉を吸い込んだ木札に指を添えると、そこに金の文字が薄らと浮かび上がり、木札に染み込むようにして消え去った。
「これを渡しておこう」
「…凄まじいですね。技能を道具に込めるとは……」
「まぁ普通はかなり困難な技術じゃからの。この木札には〖人化〗のスキル…紫乃の言う技能じゃな。それが込められておる」
「どのように使えば…?」
「身に付けるだけで構わん。そうじゃな…首に掛けるのが良いか」
どこからとも無く革紐を取り出すと、木札に開けた穴に通して両端を結ぶ。それを紫乃の首に掛れば、額の角がパッと消え去った。ペタペタと紫乃が手を触れるも、手は額を触るだけで角に触れる事は出来なかった。
「[偽装]ならば見えなくするだけじゃが、〖人化〗はそもそも消し去る能力じゃからの。バレる事はなかろうて」
「何から何まで…ありがとうございます瑠華様。この御恩どうお返しすれば…」
「そのような事を考える必要は無い。救いを求める者に施しを与えるのも妾の役目じゃからの。ただ楽しんで自由に過ごしてくれる事こそ妾の望みじゃ」
「……かしこまりました。であれば私は瑠華様のお世話係を務めさせていただきます」
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