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やっぱりミミズもらいます

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「ジルー!ジル-!」

椿は必死で探した。
もうすでに日が暮れかけている。
近所の人が、昨夜から白と黒のぶち模様の犬がさまよっていると聞き、ジルに違いないと思いリードをひっつかむとアパートを飛び出したのだ。

あちこち探しまわっていると時々来ていた三毛猫をみかけた。
トコトコ歩いては椿を振り返り「付いて来い」と言われた気がした。
気が付くとフルーツ公園までやってきていた。
三毛猫は・・・居ない。どこだ?

「ジルーッ!!!!」
リードを握りしめ、大きな声で呼んだ。
すると、大きな木の後ろから白と黒のぶち模様の犬がよたよたと寄って来て椿の前で座り、右の前足を上げた。

「お手」をしているのだ。

「ジル!」

椿はジルの右前足を握って泣いた。
「ごめん、ジル。ごめんね。私、ジルのこと忘れたことなんてない。でもお母さんがジルは広い庭がある家の方がいいんだって・・・」

首輪があった場所がぐるっと一回り毛が短くなっている。

「首輪、自分ではずして私を探しに来てくれたの?」
ぼろぼろの身体で何度も何度もお手をするジルを抱きしめて椿は泣いた。
夕暮れの公園の大きな木の上からハツカネズミがじっとその少女を見ていた。

少女の足元で何かがキラリと光った。

※※※

「おやすみ」
ちやはアパートの小さい玄関に置いたサークルで丸くなって眠るジルに声をかけた。

玄関に腰を下ろすと1か月前のことが思い出された。

椿が公園からちやの勤める病院に電話してきた日のことを。

泣きながら「ママー!ジルが死んじゃう!早く来て」叫ぶ娘の声に、あわてて帰らせてもらったのだ。
タクシーで公園に着くと夫が先に着いていてジルを抱いて泣く椿の背を撫でていた。

「椿!!!」

「ちや!」「ママー!」

椿の足元にはジルがつらそうに横たわっていた。

「ジル!ジルが!」
椿はずっと泣いている。

「あなた、いったいジルに何を・・・」
「ママ、そんなこと後で良いから早く病院に!」

ちょうどすぐ近くに動物病院があった。初めて行った病院だったが、パニックになってしゃくりあげている娘を院長は優しくなだめ、夫からも丁寧に話を聞いてくれた。

検査の結果、いますぐ生命にかかわる状態ではないが2、3日は十分注意するようにとのことだった。

「ジルちゃんを綺麗にシャンプーしておきますからその間にご家族で食事でもなさって来たらいかがです?」
口調は穏やかで優し気だが、ちやを見る眼鏡の奥の瞳には有無を言わせぬ怒りに似た光が浮かんでいた。

「3人で話し合ってきます」
ファミリーレストランであったが、個室が空いていた。
3人で顔を会わせて食事をすのは何年ぶりだろうか。

泣きながら話す椿の言葉を夫と2人できちんと聞いた。 
椿は私と夫の別居でとても傷ついていたのだ。ジルが病気になったのも自分のせいだと椿は泣いた。

「全部パパとママだけが悪いんだ。もう椿は心配しなくていい」と夫と二人で椿を抱きしめた。

「ちや、椿。俺はここで」
「え!?」
レストランを出たところで夫は言った。
「ちや、椿とジルを頼む。椿、パパはいつでもあの家で待ってる。来たくなったらいつでもおいで」出会ったころのような晴れやかな顔で夫は笑った。

※※※

「ありがとうございました。」
動物看護師が病院の奥からジルを抱いてきてくれた。
椿は新しく買った首輪と使い慣れたリードをジルに付けた。

「これからジルちゃんは誰が?」

「管理人さんには当面の許可をいただきましたので、椿のことも含めてきちんと考えないと。私も覚悟しなきゃ」

「・・・そうですか。」
そう一言だけ言った院長の声がとてもとても優しかったので顔を上げずにお辞儀をして病院を後にした。

そうして椿とちやはジルを連れてアパートへ帰ってきたのだった。
ちやは靴箱の上に置いてある『パークサイド動物病院』の診察券を手に取った。
「佐伯美樹先生、か」

※※※

ざくろといちごはジャガイモ畑に来ていた。
もぐらのマンゴー隊長に会うためだった。

「ざくろ、いちご。今回は俺の願いを聞いてくれてありがとよ。あのババア元気になったっていうじゃねえか!」

「でも、寂しくなりますね・・・」

ざくろは薄い青の目をもぐらに向けた。

「良いんだ。アイツが元気でやってくれりゃ。俺には息子も嫁もいるしな!」
少しだけ寂しそうにマンゴーは笑った。

「これで良いんだ。借りを返せて良かった」

「あ、そのことなんですが、やっぱりミミズをいただけませんか?」

「お!受け取ってくれるか!」

いちごは驚きと嫌悪のあまり目を見開いて固まっていた。
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