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第二章
10 盗撮は犯罪です
しおりを挟む直後、メルたんが甲高い悲鳴をあげた。
「やめてぇ! お願いだから、やめてくださいっ!」
やめてくださいと言いながらも、メルたんは保の頭を両腕で抱えて離れられないようにしている。言葉と行動が全然一致していない。
やめて欲しいのはこっちの方だ。乳圧で窒息死するとか、本当に笑えない。ダーウィン賞(愚かな死に方をした人に与えられる賞)で上位入賞できる死因だぞ。ぶよぶよと押し付けられる胸を感じながら、薄れゆく意識の中でそんなことを考える。
そろそろ酸欠で失神しそうになったとき、不意に、ゥギッ、と尻尾を踏まれた猫のような声が聞こえてきた。同時に、顔面に押し付けられた胸が離れていく。
はぁっ、と大きく胸を上下させて息を吸い込みながら、ぼやけた視線を頭上へと向ける。すると、メルたんの長い髪を片手で鷲掴んでいる藍人の姿が見えた。
「お前さぁ、保さんに汚いものを押し付けるなよ」
普段は穏やかな藍人らしかぬ、吐き捨てるような粗雑な口調だった。だが、口元には柔らかな笑みが浮かんだままだ。その貼り付いたような笑顔が余計に恐ろしい。
メルたんがジタバタと四肢を暴れさせながら叫ぶ。
「ぃ、痛いっ、痛いってばッ!」
「五月蠅(うるさ)いなぁ」
うんざりした口調で呟くと、藍人は放るようにメルたんの髪を離した。頭を押さえてうずくまるメルたんを無視して、保の前にしゃがみ込んでくる。
「保さん、大丈夫?」
問い掛けながら、藍人が保の頬をそっと撫でてくる。その掌からかすかに香る藍人の匂いを感じて、無意識に息がほっと漏れた。
「だ、いじょうぶ、です」
「ごめんね、証拠押さえるまで泳がせた方がいいかと思って、助けるのが遅くなって」
「証拠?」
怪訝に繰り返すと、藍人はゆっくりと立ち上がって、テーブルに背面スタンドで立てられていたスマホを手に取った。スマホには、うさぎ耳がついたベビーイエローのケースがつけられている。藍人がスマホを取るのを見て、うずくまっていたメルたんが、あっ、と焦った声をあげた。その様子から見ても、それはおそらくメルたんのスマホなのだろう。
藍人はカメラ部分をじっと眺めてから、片手に持ったスマホをメルたんへと向けた。
「録画していたよね? 消して?」
お願いというよりも、もう『そうすることが決まっている』と言わんばかりの確定的な口調だった。
向けられたスマホを見て、ぐぐっとメルたんが口を噤む。その様子を見て、藍人は面倒臭そうに肩をすくめた。
「今の様子を録画して、保さんを脅すつもりだったんだろう? でも、もう無駄だよ。君の浅はかな計画は上手くいかない」
淡々とした口調でそう告げると、藍人は障子の方へと視線を向けた。
「スマホの暗証番号は?」
そう声をかけた直後、障子がゆるゆると開かれた。その隙間から顔を覗かせたのは、バツが悪そうな表情をしたミミリンだった。
「えー……へへっ、私のじゃないからな~……何番だったかなぁ~……」
へらへらと薄笑いを浮かべたまま、ミミリンが誤魔化すように言う。目を泳がせるミミリンをまっすぐ見据えたまま、藍人がゆったりと微笑む。
「この業界で生き残りたいなら、どっちについた方がいいか分かるよね?」
「あっ、はい、すんませんっ。すぐ開きますんで、マジで申し訳ないっす」
優しく脅しかける藍人に、ミミリンは途端ゆるゆるな口調から部活の後輩みたいなキビキビとした口調になった。藍人が差し出すスマホに、素早く暗証番号を打ち込んでいく。それを見たメルたんが、驚愕した様子で目を見開いた。
「あんた、何してんのよっ!」
「いやぁ~……だって、藍人さんを敵に回したら、私まで潰されちゃうしぃ~」
いきり立つメルたんに向かって、ミミリンが「ごめ~ん」と言いながら両手を合わせる。見るからに、全然申し訳ないと思ってなさそうな態度だ。
「そもそも、なんであたしの暗証番号知ってんの!」
「えっ、だって、メルたんって彼氏の誕生日を暗証番号にしてるよねぇ? メンバーみんな知ってるよぉ~。てか、うちらのグループ恋愛禁止なんだから、周りに彼氏いるのバレちゃダメじゃ~ん。そういうとこを上手くやれてないから、人気最下位なんだぞ~」
注意してるのか煽ってるのか分からない。たぶん煽りが九割だと思う。というかメルたん、彼氏がいるのに枕営業してるのか。
ケタケタと笑うミミリンを見て、メルたんは怒りで顔面を真っ赤にしていた。ミミリンを指さして、メルたんが喚き散らす。
「というか、あんたも共犯者でしょ! あんただって、あたしの計画に乗ったくせにっ!」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わないでよぉ。奇跡のカメラマンとお話したいから二人っきりにして欲しい、とは言われたけど、セクハラでっちあげて脅すなんて聞いてなかったしぃ~。そんな怖いことするって分かってたら、ちゃんと止めてたよ~」
「なっ……!」
ミミリンののんきそうな返答を聞いて、メルたんは顔を真っ赤にして言葉を失っていた。わなわなと身体を震わせながら、血走った目でミミリンを睨み付けている。
藍人はそんな二人を無視して、メルたんのスマホを操作していた。目的の動画を消し終えたのか、スマホをメルたんに差し出す。
「はい。バックアップもしてないみたいだから返してあげる」
穏やかな口調で言う藍人を気味悪そうに見上げて、メルたんがスマホを手に取る。だが、スマホを渡す直前、藍人が笑い混じりに続けた。
「万が一にでも、今後君が保さんの不利になるような『でっち上げの噂』を流したら、こっちの『正しい動画』の方がバラ撒かれることになるから注意して」
言いながら、藍人がもう片方の手に持っていたスマホをメルたんの前に掲げる。藍人が親指で再生ボタンを押すと、スマホのスピーカーから音声が流れ始めた。
『芦名さんが撮ってくれるなら、あたし、何でもしますから』
『俺があなたにして欲しいことは何もないです』
それは先ほどのメルたんと保とのやり取りだ。藍人のスマホ画面に映し出された映像は、ぐいぐいと詰め寄ってくるメルたんを保視点で撮したものだった。それを見て、保はギョッと身体を跳ねさせた。
「はっ、えっ、な、ど、どこにっ……」
上擦った声をあげながら、両手でバタバタと自身の身体を触る。すると、シャツの胸ポケットに普段はない感触があった。視線を落とすと、シャツの胸ポケットに見覚えのないペンがささっているのが見える。そういえば、先ほどトイレに行く前に、藍人が保の胸に掌を当ててきたことを思い出す。
ボールペンを引き抜いて、クリップ部分を凝視する。そこに小さなカメラ穴が見えた瞬間、保はぐりんっと勢いよく藍人を見ていた。
「あ、あんた……」
「ごめんね。なんだか嫌な予感がしたから、ちょっと仕込んでおいたんだ」
「これ盗撮! 犯罪!」
驚愕と動揺のあまり、単語しか出てこなかった。
愕然としたように畳に拳を打ち付ける保を見て、藍人が朗らかな声で言う。
「でも、助かったでしょう?」
「結果論!」
そう叫び返して、保は両手で頭を抱えた。この人、なかなかヤバい人だとは思っていたが、平然とペン型の隠しカメラを仕込むなんて、完全にストーカー一歩手前じゃないか。助かったのは事実かもしれないが、やってることが危なすぎて全然素直に感謝できない。
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