【書籍化決定】カメラ越しのシリウス イケメン俳優と俺が運命なんてありえない!

野原 耳子

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第三章

18 置いていかないで

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 目線を逸らさず見つめていると、藍人が薄く唇を開いた。


「だって、運命なら、僕を置いていかないだろう」


 吐き出された言葉に、保は目を緩く瞬かせた。


「この世界にたった一人しかいない運命なら、僕を見捨てたりしない」


 泣く直前の子供みたいな口調で言う。その言葉に、藍人の心臓に深く刻まれた傷口が見えた気がした。それだけ置いていかれないことに固執するのは、おそらく昔、藍人が誰かに置き去りにされたということだ。


「藍人さんは、誰に置いて行かれたんですか?」


 唇が無意識に動いていた。保の問い掛けに、藍人は薄笑いを浮かべて視線を田んぼの方へ向けた。過去をせせら笑いながら、自分とは無関係なもののように振る舞おうとする仕草だと思った。


「両親かな」
「両親?」


 オウム返しに言うと、藍人は暗闇へと視線を投げたまま淡々とした口調で続けた。


「僕の両親は、二人ともアルファ同士だけど、好き合って結婚して僕が産まれた。すごく仲の良い夫婦だったし、僕のことも愛してくれた。休日には、父さんが庭に家族全員の布団を干すんだ。夕方ぽかぽかになった布団を取り込んで、その上に母さんと一緒に飛び込むのが好きだった。温かい日射しの匂いがする布団の上で、母さんとけらけら笑いながら、父さんの『干したばかりなのに』って呆れた声を聞くのが好きだった」


 幸福な思い出を語っているとは思えないほど、藍人の口調はひどく事務的だった。だが、その眉根はかすかに苦しげに顰められている。バッドエンドだと分かり切っている物語を話しているような表情だ。


「だけど、僕が小学校にあがったばかりの頃に、まさかの両親が同時に運命に出会ったんだ。この世界に唯一いる自分の番に出会った瞬間に、二人にとってそれまで何よりも大切にしていた家庭が、一瞬でゴミ以下の価値になった。愛し合っていた伴侶も、子供すらも、むしろ自分と運命の間を邪魔する、ただの障害物になったんだ」


 吐き捨てるように言うと、藍人は、はぁ、と小さくため息を漏らした。何十年も経っているのに、今更こんなところで愚痴っている自分自身に呆れ果てているような様子だ。

 保は身動ぎひとつできないまま、じっと立ち尽くしていた。藍人に何か声をかけたいのに、どう言えばいいのか分からなかった。


「そこからはお決まりの泥沼だよね。離婚は呆気なく決まったけど、どちらが子供を引き取るのかっていう話で会う度に言い争って。『運命と二人で暮らしたいのに、あんな子がいたら邪魔になる!』『運命に出会うって分かってたら、最初から子供なんか作らなかった!』『私のオメガの傍に、子供といえども別のアルファを置きたくない! あんな子はいらない!』とか、その当の本人である子供の前で堂々と叫びあってさ――信じられる? 昨日まで宝物みたいに大切にされてたのに、一瞬で邪魔もの扱いされるなんて」


 ははっ、と藍人が乾いた笑い声を漏らす。それは過去の出来事を無理やり笑い事にしようとしているような痛々しさがあった。


「結局、両親ともに子供の引き取りを拒否したから、僕は母方の遠縁のところに行くことになった。ただ、遠縁の家も金を渡されて無理やり僕を引き取らされたみたいなものだから、まぁ、邪魔者には変わりないよね。そこでは毎日のように『良い子にしなさい』って言われたよ。周りに迷惑をかけず、いつもにこにこ笑って、百点満点の良い子にしていなさい。じゃないと、この家からも放り出すよって」


 その言葉を聞いて、胸が針で刺されたように痛むのを感じた。無意識に眉がくにゃりと下がって、吐き出す息が小さく震える。


『完璧でいないと、簡単に捨てられる』


 先ほど藍人が言った言葉の理由が、ようやく分かった。子供の頃に染み付けられた呪いが、ずっと藍人の心に残っているのか。

 藍人は大きく肩をすくめると、泣き笑うような声で続けた。


「だから、思ったんだ。僕は、絶対に運命としか結ばれないって。大切にしていたすべてをゴミみたいに捨ててしまうくらいなら、最初から運命しかいらない」


 藍人がなぜあれほどまでに運命に固執するのかが理解できて、あぁ、と小さく声が漏れそうになった。

 視線を緩く伏せたまま、藍人が笑い混じりに言う。


「でも、今でも時々思うんだ。もし僕がもっと聞き分けがよくて、干したての布団に飛び込むような悪戯もしなくて、テストでも百点満点しか取らなくて、いつもニコニコ笑ってるような良い子だったら、父さんも母さんも僕のことを置いていかなかったのかもしれないって」


 もしもの話をすることすら馬鹿馬鹿しいと分かっているのか、藍人は小さな空笑いを漏らした。だが、その空笑いは自嘲じみた冷笑へと変わっていった。笑っているのに、藍人の眉が苦しげに寄せられている。

 その表情を見た瞬間、保はとっさに藍人の手を掴んでいた。外の空気は暑いというのに、藍人の手はまるで氷みたいに冷え切っている。

 藍人は少し驚いたような表情で、保を見つめている。渇いた琥珀色の瞳を見つめたまま、保はぽつりと呟いた。


「貴方のせいじゃない」


 ひどく簡素な一言を聞くと、藍人は困ったみたいに苦笑いを浮かべた。


「分かってるよ」
「貴方は、何も悪くないです」


 言い聞かせるような口調で、繰り返す。すると、不意に藍人の表情がはっきりと苛立ちを滲ませた。憎たらしいものでも見るように保を鋭く睨み付けている。その眼差しを見つめたまま、保はそっと呟いた。


「だから、もう自分のせいだなんて思わないでください」


 保がそう続けると、藍人は片手で自身の額を押さえた。


「……分かってる、から、もう何も言わないで……」


 弱々しい声で藍人が呟く。丸まった背を、もう片方の腕でゆっくりと抱き締める。その背を掌で緩く叩きながら、保は祈るような声で囁いた。


「子供の頃の貴方の傍にいてあげたかった」


 藍人の背中が小さく戦慄く。視界の端で、藍人の咽喉が震えながら大きく上下するのが見えた。そのまま、藍人が保の肩にそっと額を押し付けてくる。


「僕は、捨てられたくなかった」
「うん」
「いらない、なんて言われたくなかった」
「うん」


 柔らかく相づちを返していると、藍人の目元が当たった肩の部分がじわりと湿るのを感じた。

 不意に、藍人の両腕が保の背に回ってきた。ぎゅうっと強く抱き締めてくる腕が、縋り付いてるみたいに切実で、胸が苦しくなる。


「保さんは、どこにもいかないで……」


 懇願するような声音に何も応えることができず、保は藍人の背中を優しく撫で続けた。
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